第27話 面接
指定された時間の十分前。
澪はMilky Caféの前に立っていた。
「……」
スマートフォンで時刻を確認する。
早すぎず、遅すぎない。
問題ない。
店の外観は、求人ページで確認した通りだった。
白を基調とした明るい入口。
窓には、パフェやオムライスの写真。
そして。
メイド服姿の女性が描かれた看板。
「……」
澪は看板を見る。
改めて確認する。
間違いない。
ここだ。
扉を開ける。
ベルが鳴った。
「おかえりなさいませ、ご主人さ――」
店員が途中で止まった。
「あ、面接の方ですか?」
「はい。神谷澪です」
「ですよね。少々お待ちください」
「分かりました」
澪は店内を見回す。
求人ページの写真より、実際の方が明るい。
テーブル。
カウンター。
厨房。
そして、働いている女性たち。
全員、メイド服。
「……」
澪は視線を戻した。
制服だ。
問題ない。
「神谷さん、お待たせしました」
「はい」
奥から三十代くらいの女性が出てきた。
「採用担当の高橋です。今日はよろしくお願いします」
「神谷澪です。よろしくお願いいたします」
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、店の奥にある小さな事務スペースだった。
向かい合って座る。
履歴書を渡すと、高橋は目を通し始めた。
「以前は、秘書をされていたんですね」
「はい」
「現在は……会社勤務?」
「はい。管理業務を担当しています」
「それで、アルバイトを?」
「はい」
高橋が履歴書から顔を上げた。
「転職ではないんですよね?」
「違います」
「副業ということですか?」
「はい」
「差し支えなければ、理由を聞いてもいいですか?」
「調理経験を増やしたいからです」
「……調理?」
「特に菓子作りです」
高橋が一度、履歴書を見る。
そして、澪を見る。
「料理人を目指しているとか?」
「いいえ」
「では、趣味ですか?」
「……」
澪が少し考える。
以前なら、違うと答えていた。
料理は生活に必要な作業。
栄養摂取の手段。
効率化すべき家事。
ただ、最近は少し違う。
「……趣味に近いと思います」
「なるほど」
「料理教室にも通っています」
「それで、もっと経験したいと」
「はい」
「うちを選んだ理由は?」
「自宅から徒歩圏内です」
「はい」
「週一日から勤務可能」
「はい」
「短時間勤務にも対応」
「はい」
「調理補助とスイーツ製造に関われる可能性があり、時給も周辺店舗より高いです」
「……」
「以上です」
高橋が少しだけ笑った。
「ずいぶん具体的ですね」
「比較しましたので」
「何店舗くらい?」
「十二件です」
「十二件?」
「条件に合わない店舗を除外し、こちらが最も適切だと判断しました」
「……ありがとうございます」
「いえ」
高橋は履歴書を置いた。
「神谷さん」
「はい」
「確認なんですけど」
「何でしょうか」
「うち、普通のカフェじゃないのは分かってますよね?」
「はい」
「メイドカフェです」
「把握しています」
「本当に?」
「求人ページに記載されていました」
「そうなんですけど……」
高橋が少し困ったように笑う。
「接客もありますよ?」
「承知しています」
「『おかえりなさいませ、ご主人様』って言ったり」
「はい」
「オムライスに絵を描いたり」
「はい」
「場合によっては、お客様と一緒に簡単な掛け声をしたり」
「……」
澪が少しだけ止まった。
「掛け声?」
「ああ、そこは見てなかった?」
「具体的な記載はありませんでした」
「例えば……」
高橋が少し言いにくそうにする。
「『おいしくなあれ』とか」
「……」
「ハートを作ったり」
「……」
「こういう感じで」
高橋が両手で小さなハートを作る。
澪は真剣に見る。
「なるほど」
「大丈夫ですか?」
「業務であれば」
「……業務です」
「では、問題ありません」
「抵抗とかは?」
「制服や定型の接客動作と認識しています」
「そうですか……」
高橋は少しだけ考え込んだ。
「じゃあ、ちょっとやってみます?」
「今ですか?」
「嫌ならいいですよ」
「必要であれば行います」
「じゃあ……」
高橋が姿勢を正す。
「私がお客さんだと思って」
「はい」
「入店しました」
澪も姿勢を正した。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「……」
「いかがでしょうか」
「すごく丁寧です」
「ありがとうございます」
「ただ……」
「はい」
「もう少し笑顔があるといいかな」
「笑顔」
「はい。お客様を歓迎する感じで」
「分かりました」
澪は少しだけ口元を上げた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「……」
「?」
「もう少し自然にできますか?」
「自然の基準を教えていただけますか?」
「基準……」
「再現性が必要です」
「……真面目ですね、神谷さん」
「業務ですので」
高橋が吹き出した。
「?」
「ごめんなさい」
「何か問題がありましたか?」
「いえ。むしろ面白いかもしれません」
「面白い?」
「こっちの話です」
高橋は咳払いをした。
「じゃあ次。オムライスが来ました」
「はい」
「お客様の前で、おいしくなるようにお願いしてください」
「お願い」
「さっきのです」
「理解しました」
澪はテーブルにオムライスがあると想定する。
両手を胸の前へ。
「おいしくなあれ」
小さなハートを作る。
「……」
「終了です」
「はい」
高橋が口元を押さえている。
「何でしょうか」
「完璧なんですけどね」
「では、問題ないのでは?」
「そうですね」
高橋は笑いを堪えながら頷いた。
「慣れれば、たぶん」
「練習します」
「そこまで真剣に考えなくても大丈夫ですよ」
「給与が発生する以上、必要な業務は習得します」
「……なるほど」
高橋は履歴書に何かを書き込んだ。
「調理についてですが、最初からお菓子作りをお願いするわけではありません」
「はい」
「最初は接客と簡単な盛り付け。仕事を覚えてもらってから、仕込みや調理補助にも入ってもらいます」
「理解しています」
「それでも大丈夫?」
「問題ありません」
「本業もあるんですよね」
「はい」
「無理はしないでくださいね」
「スケジュールは管理しています」
「体力的にもですよ?」
「問題ありません」
「……」
高橋は一瞬だけ澪を見た。
「分かりました」
その後も、勤務可能日や時間帯について確認が続いた。
澪の回答に曖昧な部分はない。
週一日。
状況によっては週二日。
本業の勤務時間外。
休日も可能。
遅刻や無断欠勤はしない。
「神谷さん」
「はい」
「採用でいいですか?」
「……」
澪が瞬きをした。
「本日決定するのですか?」
「はい」
「選考期間は?」
「特に決めてません」
「他の応募者との比較は?」
「それはしますけど」
「では――」
「神谷さんなら大丈夫だと思います」
「……」
「仕事、ちゃんと覚えてくれそうですし」
「それは当然です」
「そういうところです」
「?」
高橋が笑う。
「接客は慣れていけばいいですよ」
「はい」
「それに……」
高橋が澪を見る。
「神谷さん、たぶんこの制服似合いますよ」
「それは採用基準に含まれるのでしょうか」
「……少しは」
「なるほど」
「そこ納得するんですね」
「業態を考えれば合理的です」
「本当に面白い人ですね」
「?」
「じゃあ、初出勤の日を決めましょうか」
「お願いします」
澪は予定表を確認する。
ネクシア。
料理教室。
ヨガ。
家事。
空いている時間。
「こちらであれば可能です」
「じゃあ、この日にしましょう」
「分かりました」
面接を終え、店を出る。
澪はスマートフォンの予定表を確認した。
新しく追加された予定。
Milky Café 初出勤。
「……」
採用された。
予定通り、週一日から始める。
本業への影響はない。
料理を覚えられる。
収入も増える。
「一石二鳥ですね」
澪は満足そうに小さく頷いた。
その日の夜。
「今日、どっか行ってた?」
夕食を食べながら、優真が何気なく聞いた。
「はい」
「料理教室?」
「違います」
「ヨガ?」
「違います」
「じゃあ買い物?」
「いいえ」
「何してたの?」
「……」
澪の箸が止まる。
面接。
採用。
アルバイト。
話してはいけない理由はない。
ただ、話す必要があるのか。
自分の空いている時間を使うだけ。
家計にも負担をかけない。
ネクシアにも影響させない。
「用事です」
「そっか」
「……」
優真は、それ以上聞かなかった。
澪は再び箸を動かす。
嘘は言っていない。
用事だった。
「澪」
「はい」
「納豆取って」
「どうぞ」
「ありがとう」
いつも通りの夕食だった。
澪も、それ以上は何も言わなかった。




