第24話 豆乳プリン
次の料理教室の日。
「今日はデザートも作ってみましょうか」
ゆりがそう言って、材料を並べた。
卵。
豆乳。
ラカント。
材料は、それだけだった。
澪はレシピに目を通す。
「砂糖は使用しないのですか?」
「今日はラカントにしてみました」
「なるほど」
「澪さん、こういう方が好きかなと思って」
「なぜですか?」
「なんとなくです」
「……」
澪はもう一度レシピを見る。
砂糖を使わない。
豆乳と卵。
材料も少ない。
「合理的ですね」
「やっぱり」
ゆりが笑った。
「何でしょう」
「いえ、何でもないです」
今日作るのは、豆乳プリン。
材料を混ぜて。
濾して。
容器へ入れる。
「泡が入らないように、ゆっくりで大丈夫ですよ」
「はい」
前回の料理で、澪も少しだけ学んでいた。
書かれた手順だけを見るのではない。
状態を見る。
焦らない。
澪は液面を確認しながら、静かに容器へ注いだ。
「上手ですね」
「前回より工程が少ないですので」
「そういうことにしておきましょうか」
「?」
最後は蒸し調理。
準備を終えて、あとは待つ。
「……これだけですか?」
「これだけですよ」
「調理中に確認する必要は?」
「ほとんどないですね」
「火加減の調整は?」
「必要ありません」
「……」
澪の視線が調理器具へ向く。
「いいですね」
「プリンが?」
「調理方法です」
「そっちですか」
ゆりが笑った。
しばらくして。
完成したプリンを冷やし、二人で出来上がりを確認する。
澪がスプーンを入れた。
柔らかい。
一口食べる。
「……」
「どうです?」
もう一口。
「美味しいです」
「よかった」
「甘すぎません」
「ラカントだから、澪さんも食べやすいかなって」
「はい」
澪はプリンを見る。
これなら。
「持ち帰ることは可能ですか?」
「もちろん」
「では、一つ持ち帰ります」
「ご主人に?」
「……」
澪が止まる。
「はい」
以前より、答えるまでの時間は短かった。
「喜んでくれるといいですね」
「甘いものは食べますので、問題ないと思います」
「ふふっ」
「何でしょう」
「澪さん、最近ちょっと変わりましたね」
「……そうでしょうか」
「はい」
「具体的には?」
「それは自分で考えてください」
「なぜですか?」
「その方が面白いから」
「……」
澪には分からなかった。
教室が終わると、澪は豆乳プリンを一つ持ち帰った。
夕食後。
「優真さん」
「ん?」
「これを」
冷蔵庫から容器を取り出す。
「何?」
「豆乳プリンです」
「プリン?」
「今日、料理教室で作りました」
「へえ」
優真の顔が少し明るくなる。
「食べていいの?」
「そのために持ち帰りました」
「ありがとう」
「……はい」
優真がスプーンを取る。
一口。
「うまい」
「本当ですか?」
「うん」
「甘さは?」
「ちょうどいいよ」
「ラカントを使用しています」
「へえ」
「豆乳と卵ですので、タンパク質も摂取できます」
「プリン食べる時まで栄養の説明するんだ」
「重要です」
「はいはい」
優真はもう一口食べる。
「これ、家でも作れるの?」
「はい」
「じゃあ、また作ってよ」
「……」
澪は一瞬だけ止まった。
「分かりました」
「楽しみにしてる」
「はい」
優真は普通にプリンを食べ続ける。
その様子を見ながら。
澪は、少しだけ口元を緩めた。
翌日。
澪はキッチンに立っていた。
手元には、昨日もらったレシピ。
卵。
豆乳。
ラカント。
材料は揃っている。
混ぜる。
濾す。
容器へ入れる。
そこまでは問題ない。
「……」
澪はレシピを見る。
最後の工程。
蒸し調理。
自宅にある調理器具を確認する。
できないわけではない。
鍋を使えば蒸すことはできる。
電子レンジを使う方法もある。
しかし。
「……」
澪はスマートフォンを取り出した。
検索する。
蒸し調理。
調理家電。
いくつかの商品が表示された。
「……電子圧力鍋」
詳細を開く。
圧力調理。
煮込み。
無水調理。
蒸し料理。
機種によっては低温調理までできる。
「……」
澪の指が止まった。
一台で、複数の調理方法に対応する。
材料を入れたあと、火加減を見続ける必要もない。
その間に、別の作業ができる。
「……合理的です」
さらに調べる。
カレー。
肉じゃが。
角煮。
煮物。
スープ。
蒸し野菜。
プリン。
「……」
気づけば、三機種まで絞り込んでいた。
容量。
消費電力。
サイズ。
機能。
手入れのしやすさ。
価格。
比較表まで作る。
「……こちらですね」
一台に絞った。
商品ページを開く。
カートへ入れる。
購入手続きへ。
「……」
澪の指が止まった。
価格を見る。
買えない金額ではない。
家計に大きな影響が出るほどでもない。
ただ。
澪は別の画面を開いた。
家計管理シート。
今月の支出。
食費。
光熱費。
日用品。
そして。
骨董品。
「……」
金額を見る。
数日前に購入した壺だった。
「……壺」
澪はしばらく画面を見つめた。
今月はすでに、趣味にそれなりの金額を使っている。
電子圧力鍋まで購入しても、生活に困るわけではない。
それでも。
「使いすぎですね」
自分で決めた予算だ。
自分が管理している。
自分だけ例外にする理由はない。
澪は商品ページへ戻った。
カートに入った電子圧力鍋を見る。
「……」
購入ボタン。
その手前で。
画面を閉じた。
「来月にします」
そう口にする。
これで終わり。
そう思った。
数秒後。
もう一度、商品ページを開いた。
「……」
電子圧力鍋を見る。
レビュー。
レシピ。
機能。
「比較するだけです」
誰も聞いていない。
澪はそのまま、しばらく画面を眺めていた。




