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第17話 電話が鳴る

 ネクシアの仕事は、順調だった。


 優真が仕事を取る。


 直人と陸が作る。


 澪が契約や経理、進行を管理する。


 最初は外注に頼っていた開発も、少しずつ社内へ切り替わっている。


 売上に対して残る利益も増えた。


 会社として。


 ようやく形になり始めていた。


 ただし。


 別の問題も生まれていた。


 プルルルル――。


 電話が鳴る。


「……」


 澪がパソコンから顔を上げた。


 優真はいない。


 営業に出ている。


 直人と陸は、揃ってパソコンに向かっている。


 プルルルル――。


「……」


 澪が受話器を取った。


「はい。株式会社ネクシアです」


『いつもお世話になっております。山崎商事の田中です』


「お世話になっております」


『神谷社長はいらっしゃいますか?』


「いません」


『……あ、そうですか』


「はい」


『ええと……何時頃お戻りになりますでしょうか?』


「分かりません」


『……』


「……」


 直人の手が止まった。


 陸も顔を上げる。


『では、戻られましたら、お電話いただけますか?』


「承知しました」


『よろしくお願いします』


「失礼します」


 電話が切れた。


「……」


「……」


 直人と陸が澪を見る。


「何でしょうか」


「いや」


 直人が視線を戻した。


「別に」


 陸も画面へ戻る。


「俺も何も」


「そうですか」


 澪も仕事へ戻った。


 数秒後。


 直人が小声で言う。


「怖いんだよな……」


「はい」


「聞こえています」


「すみません」


 また電話が鳴った。


 今度は直人と陸が同時に澪を見る。


「……なぜ私を見るのですか?」


「電話」


「鳴ってますよ」


「分かっています」


 澪が受話器を取る。


「はい。株式会社ネクシアです」


 陸が小声で直人に聞く。


「佐伯さん」


「何だ?」


「神谷さんって、前の会社で秘書だったんですよね?」


「そうらしいな」


「電話対応も仕事じゃないんですか?」


「お前、本人に聞いてみろよ」


「嫌ですよ」


「聞こえています」


「すみません」


 電話が切れる。


 澪が二人を見る。


「何か問題がありますか?」


「ありません」


「ないです」


 二人とも即答した。


 その時。


 インターホンが鳴った。


「……」


 三人が止まる。


 直人と陸が。


 ゆっくり澪を見る。


「なぜ私なのですか?」


「俺たち、作業中なので」


「俺もです」


「私も作業中です」


「……」


「……」


 もう一度。


 インターホンが鳴る。


 澪が立ち上がった。


「はい」


 ドアを開ける。


「こんにちはー! 宅配便です!」


「そこに置いてください」


「え?」


「荷物です」


「あ、はい」


「受領印は必要ですか?」


「サインお願いします」


「分かりました」


 必要事項だけを確認し。


 必要なことだけを済ませ。


 ドアを閉める。


 完璧だった。


 業務としては。


「……」


 直人が陸を見る。


 陸も直人を見る。


「何でしょうか」


「何でもありません」


 しばらくして。


 優真が帰ってきた。


「ただいま」


「おかえりなさい」


「疲れたー」


 鞄を置いたところで。


「優真」


 直人が呼んだ。


「何?」


「人、雇わない?」


「……え?」


 あまりに唐突だった。


「誰を?」


「まだ決めてない」


「じゃあ何で?」


「電話とか来客対応してくれる人」


「……」


 優真が澪を見る。


「澪じゃ駄目なの?」


「……」


 直人と陸が黙った。


「何、その沈黙」


「俺は何も言ってない」


「俺も」


「澪?」


「業務は問題なく行っています」


「だよね?」


「はい」


 直人が小さく息を吐いた。


「問題なくやってるのが問題なんだよ」


「どういうこと?」


「優真」


「うん」


「お前なら客から電話来て、相手が『神谷社長いますか』って聞いたら何て言う?」


「外出しております。戻り次第こちらからご連絡いたしましょうか、かな」


「だよな」


「うん」


「神谷さん」


 直人が澪を見る。


「さっき何て言いました?」


「いません」


「それ」


「事実です」


「間違ってはいないんですけど」


「では問題ありません」


「あるんですよ」


「どこにでしょうか」


「……」


 直人が優真を見る。


「任せた」


「俺?」


 優真は澪を見る。


 澪も優真を見る。


「澪」


「はい」


「もうちょっと柔らかく言ってもいいんじゃないかな」


「不在であることに変わりはありません」


「うん。そうなんだけどね」


「なら問題ないのでは?」


「……」


 優真は理解した。


「ああ」


「何でしょう」


「これ、無理だ」


「なぜですか?」


 陸が吹き出した。


「笑うところではありません」


「すみません」


 優真は空いている椅子に座る。


「でも確かに、人は欲しいかも」


「だろ?」


「澪も本来の仕事あるしね」


 経理。


 契約。


 請求。


 進行管理。


 会社の資金管理。


 それだけでも仕事は増え続けている。


「最近、澪ずっと忙しいでしょ?」


「問題ありません」


「問題あるかじゃなくて」


 優真は苦笑した。


「澪にしかできない仕事を、電話で止めるのもったいなくない?」


「……」


 澪が少し考える。


「確かに、電話や来客によって作業が中断される頻度は増えています」


「でしょ?」


「はい」


「俺も会社にいる時は出られるけど、営業で外にいること多いし」


 直人と陸は開発を止めたくない。


 澪には管理業務がある。


 優真は外にいる。


 となれば。


「事務の人、雇う?」


 優真が言った。


「正社員ですか?」


「いきなり一人増やすのは、ちょっと怖いかな」


 澪も頷く。


「現状では、固定費を必要以上に増やすべきではないと思います」


「じゃあ……」


 直人が言う。


「派遣は?」


「派遣?」


「最初はそれでいいんじゃないか?」


 電話対応。


 来客対応。


 書類整理。


 備品管理。


 簡単な入力作業。


 日程調整。


 そういった仕事をまとめて任せる。


「なるほど」


 優真が頷いた。


「それなら必要なくなれば契約を見直せるし」


「はい」


 澪もすぐに調べ始める。


「業務内容を整理して、派遣会社へ依頼しましょう」


「決まりだね」


「はい」


 陸が小さく息を吐いた。


「これで電話に怯えなくて済む」


「桐生さん」


「はい?」


「私は電話に出ていただけですが」


「そうですね」


「何か問題でも?」


「ないです」


「では、なぜ安心したのですか?」


「……佐伯さん」


「俺に振るな」


 優真は笑った。


 会社が大きくなれば。


 仕事だけが増えるわけではない。


 人が増え。


 電話が増え。


 客が訪ねてくる。


 そして。


 誰かがやらなければならない仕事も増えていく。


 ネクシアに必要なのは。


 もう一人のプログラマーではなかった。


 次に必要なのは。


 この会社の入口に立ってくれる人だった。


 そして、その役目を担うことになる女性と。


 優真たちは、もうすぐ出会うことになる。

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