第15話 似た者同士
数日後。
ネクシアの事務所に、二人の男がやってきた。
「お邪魔します」
「どうぞ」
先に入ってきたのは、佐伯直人。
その後ろから、少し遅れて若い男が入ってくる。
「桐生陸です」
短い挨拶。
愛想が悪いというほどではない。
ただ、必要以上に笑うつもりがないことだけは分かる。
「神谷優真です。よろしく」
「よろしくお願いします」
優真が手を差し出すと、陸も素直に握り返した。
「こっちが妻の澪」
「神谷澪です。本日はありがとうございます」
「よろしくお願いします」
四人がテーブルを囲む。
優真の隣に澪。
向かいに直人と陸。
なんとなく面接のような配置になった。
「では」
澪がノートパソコンを開く。
「いくつか確認させてください」
「はい」
「佐伯さんから、桐生さんは非常に優秀なプログラマーだと伺っています」
「非常にとは言ってない」
「俺より書けるって言ってたでしょ」
「それは言った」
「同じようなものでしょ?」
「違う」
直人が即座に否定する。
陸が横を見る。
「佐伯さん、俺より書けるって言ったんですか?」
「言った」
「そうですか」
それだけ。
謙遜もしない。
優真は少し驚いた。
「否定しないんだ」
「事実なら、否定する必要ないですよね?」
「ああ……うん」
直人が小さく笑った。
「こういう奴だ」
「なるほど」
「何がなるほどなんですか?」
「いや、こっちの話」
優真は笑ってごまかした。
澪は気にせず話を進める。
「これまで、主にどのような開発を?」
そこからは完全に仕事の話になった。
陸が過去に担当した案件。
使用してきた技術。
開発経験。
直人が時折補足し、澪が確認していく。
優真には半分も分からない。
いや。
三割くらいかもしれない。
「……優真さん」
「はい」
「分かっていますか?」
「半分くらい」
直人が笑う。
「絶対分かってないだろ」
「三割」
「減ったな」
「正直に言っただけ」
陸が優真を見る。
「社長、プログラム分からないんですか?」
「分からない」
「全然?」
「全然」
「……」
陸が少し意外そうな顔をした。
「だから、できる人が必要なんだよ」
「なるほど」
「俺が分からないところは、直人と陸くんに任せたいと思ってる」
「まだ入るって決めてませんけど」
「あ、ごめん」
優真が笑う。
「そうだったね」
「……」
陸が一瞬、優真を見る。
何か言いたそうだったが、何も言わなかった。
「では、次に」
澪が資料へ視線を落とした。
「佐伯さんから、現在の職場で何度か上司と衝突していると伺っています」
「何度か?」
陸が直人を見る。
「四人だろ」
「人数の話ですか?」
「そこじゃない」
澪は淡々と続ける。
「組織で働く以上、上司の指示に従うことも必要だと考えています」
「間違っててもですか?」
即答だった。
「……」
澪が止まった。
優真が横を見る。
「内容によります」
「じゃあ、明らかに間違ってる場合は?」
「まず、指示を出した方へ確認します」
「確認して、それでもやれって言われたら?」
「その指示によって会社に不利益が発生すると判断できるのであれば、再度説明します」
「それでも聞かなかったら?」
「……」
澪が少し考える。
「上位の責任者へ報告します」
「その上位の責任者が、指示した本人だったら?」
「……」
「澪?」
「少し待ってください」
優真は思わず口元を押さえた。
直人と目が合う。
直人も笑いをこらえている。
似てる。
ものすごく似てる。
「最終的には」
澪が答える。
「会社に重大な損失が発生すると判断した場合、私は従いません」
「ですよね」
「はい」
「俺も同じです」
「……」
「……」
優真は横を向いた。
駄目だ。
笑いそうになる。
「優真さん」
「何?」
「なぜ笑っているのですか?」
「笑ってないよ」
「笑っています」
「気のせい」
直人が余計なことを言った。
「神谷さん、陸のこと、あんまり強く言えないんじゃないですか?」
「……どういう意味でしょうか」
澪の視線が直人へ向く。
「いや……」
「佐伯さん?」
「何でもないです」
「そうですか」
「はい」
直人が優真を見る。
優真も直人を見る。
二人とも、静かに目を逸らした。
「……?」
陸だけが分かっていない。
優真は思う。
言えるわけがない。
澪も似たような理由で前の会社をクビになった。
なんて。
「もう一点」
澪が続ける。
「桐生さん」
「はい」
「ご自身の意見が正しいとしても、伝え方には改善の余地があると思います」
「例えば?」
「先日、部長に対して『部長が間違っています』と発言したそうですね」
陸が直人を見る。
「そこまで話したんですか?」
「事実だろ」
「そうですけど」
「桐生さん」
澪が続ける。
「その場合、『この方法では後から修正が必要になる可能性があります』など、別の伝え方ができます」
「でも、間違ってるのは部長ですよね?」
「はい」
「じゃあ、間違ってるって言った方が早くないですか?」
「早いですが、相手を不快にさせます」
「事実なのに?」
「事実でもです」
「非効率ですね」
「人間関係には、必要な非効率もあります」
「……」
優真は思わず澪を見た。
その言葉。
以前の澪なら、言わなかった気がする。
「何ですか?」
「いや」
「また笑っていますか?」
「笑ってないって」
澪は少しだけ怪しむように優真を見てから、陸へ視線を戻した。
「桐生さんの意見そのものを否定しているわけではありません」
「……」
「正しい意見であれば、採用すべきです」
「じゃあ、言い方だけ?」
「はい」
陸が少し黙った。
「……分かりました」
直人の眉が上がった。
「陸」
「何ですか?」
「お前、今、素直に聞いた?」
「聞きましたけど」
「俺以外に言われると、いつも反論するだろ」
「神谷さんの言ってることは、筋が通ってるんで」
「……」
今度は澪が少しだけ驚いた。
「ありがとうございます」
「いえ」
優真は二人を見る。
やっぱり。
似ている。
その後。
今度はネクシアの仕事内容について説明することになった。
「今は、受注した開発を全部外にお願いしてる」
優真が言う。
「全部ですか?」
「全部」
「じゃあ社内にエンジニア、本当にゼロなんですね」
「ゼロ」
「よくそれで仕事取ってますね」
「それ、澪にも似たようなこと言われた」
「仕事はどれくらいあるんですか?」
今度は直人が聞く。
澪が現在の案件数を説明する。
外注している案件。
これから始まる案件。
相談を受けている案件。
話を聞いていくうちに、直人の表情が変わっていった。
「……思ったよりあるな」
「だから困ってる」
「これ、優真が全部取ったのか?」
「うん」
「設立してまだそんなに経ってないよな?」
「そうだけど」
陸も資料を見る。
「これだけ仕事あるなら、二人入っても普通に回せますよ」
「本当?」
「むしろ、外注してる分を戻すだけでも結構あります」
「じゃあ、直人と陸くんが来たら、もう少し仕事増やしても大丈夫?」
「え?」
「優真さん」
澪がすぐに止める。
「まだ採用も決まっていません」
「あ、そうだった」
「なぜ、すぐ仕事を増やそうとするのですか」
「取れるなら取った方がいいかなって」
「今、それで困っているところです」
「はい」
陸が小さく笑った。
初めて。
少しだけ表情が崩れた。
一通り話を終えると、直人が陸を見る。
「どうする?」
「俺ですか?」
「お前の人生だろ」
「佐伯さんは?」
「俺は来たいと思ってる」
「じゃあ俺も」
「軽いな」
「佐伯さんが行くなら、今の会社に残る理由ないんで」
直人は苦笑した。
「そういう決め方するなよ」
「それだけじゃないです」
陸が優真を見る。
「社長」
「俺?」
「はい」
「何?」
「本当に、技術のこと分からないんですよね?」
「何回確認するの?」
「全然?」
「全然」
「分からないのに、俺たちに任せるんですか?」
「うん」
「なんで?」
優真は首をかしげた。
「だって」
少し考えて。
「俺より、直人と陸くんの方が詳しいんでしょ?」
「そうですけど」
「だったら、詳しい人に任せた方がいいじゃん」
「……」
「もちろん、お客さんが困ることなら俺も言うよ」
優真は続ける。
「俺は作り方は分からない。でも、お客さんと話して、何に困ってるか聞くのは俺の仕事だから」
「……」
「だから、作ることは二人に任せる」
陸は黙っていた。
「変?」
「いや」
少しだけ間を置いて。
「変じゃないです」
「ならよかった」
優真は笑った。
陸が直人を見る。
「佐伯さん」
「何だ?」
「俺、ここがいいです」
「……早いな」
「今の会社よりいいです」
「比較対象が悪すぎるだろ」
「それでもです」
直人が笑った。
「だそうです」
優真は澪を見る。
「澪は?」
「条件面の調整は必要です」
「うん」
「ですが」
澪は直人と陸を見る。
「お二人に来ていただけるのであれば、私は賛成です」
「じゃあ……」
「まだです」
「え?」
「給与、勤務条件、入社時期、担当業務。決めることがあります」
「……はい」
「当然です」
澪はもうノートパソコンを開いていた。
陸が、その姿を見る。
「……佐伯さん」
「何だ?」
「神谷さん、仕事できそうですね」
「できるぞ」
「でも前の会社、クビになったんですよね?」
「……」
「……」
優真は吹き出した。
澪の手が止まる。
「優真さん」
「ご、ごめん」
「なぜ笑うのですか?」
「いや、だって……」
耐えきれなかった。
「澪と陸くん、やっぱり似てるなって」
「どこがですか?」
「どこがですか?」
二人の声が綺麗に重なった。
「ほら」
「……」
「……」
澪と陸が互いを見る。
直人が笑い出した。
「確かに似てるな」
「佐伯さん」
「佐伯さん」
また重なった。
「もう駄目だ」
優真も笑った。
澪は納得していない。
陸も納得していない。
それでも。
夫婦二人で始めた小さな会社に。
ようやく。
一緒に働いてくれる仲間ができようとしていた。




