第14話 誰か知らない?
仕事を終えたあと。
優真は駅前の居酒屋に入った。
以前、結婚と起業について相談した時にも、直人と来た店だった。
「お待たせ」
「おう」
奥の席では、すでに直人がビールを飲んでいた。
「早いね」
「仕事が早く終わっただけだ」
優真が向かいに座る。
「とりあえず」
「乾杯するか」
二人でグラスを合わせる。
優真は一口飲んで、息を吐いた。
「久しぶりだな」
「そうだな」
「会社作ってから、なんだかんだ忙しくて」
「で?」
直人が笑う。
「どうなんだ、社長」
「その呼び方やめて」
「社長だろ?」
「そうだけど、直人に言われると変な感じする」
「そのうち慣れる」
「慣れるかな」
「会社、順調なのか?」
「うーん……」
優真は少し考える。
「仕事は取れてる」
「いいじゃん」
「取れすぎて困ってる」
「……」
直人がグラスを置いた。
「喧嘩売ってる?」
「違うって」
「会社作ったばっかりの奴に、仕事が取れすぎて困ってるって言われるとは思わなかった」
「俺だって困ると思ってなかったよ」
「で、何が問題なんだ?」
優真は事情を説明した。
ネクシアには、まだ開発できる人間がいないこと。
受注した仕事は、すべて外部の会社やエンジニアへ依頼していること。
仕事は増えている。
売上もある。
だが。
外注費が想像以上に大きい。
それだけではない。
「お客さんから修正頼まれても、俺たちじゃ答えられないんだよ」
「まあ、そうなるな」
「できるか聞かれても外注先に確認。いつできるか聞かれても確認」
「自社に技術者がいないんだから当然だろ」
「分かってるんだけどさ」
優真はビールを飲む。
「やっぱり、自分たちで作れるようにしたい」
「それがいいだろうな」
「だからさ」
「うん」
「直人、誰かいいプログラマー知らない?」
「……」
直人の箸が止まった。
「それが相談?」
「うん」
「求人出せば?」
「澪にも言われた」
「なら出せよ」
「俺も澪も、プログラム分からないんだよ」
「ああ」
直人もすぐに気づいたらしい。
「応募してきた人が本当にできる人なのか、判断できないのか」
「そういうこと」
「なるほどな」
「だから、直人なら誰か知らないかなって」
直人は少し考える。
「条件は?」
「……」
「給料」
「まだそんなに出せない」
「安定性」
「ない」
「福利厚生」
「これから」
「会社の実績」
「ほぼない」
「将来性」
「俺はあると思ってる」
「お前」
直人が呆れたように優真を見る。
「それでよく人を雇おうと思ったな」
「だから困ってるんだよ!」
「胸張って言うな」
「でも仕事はあるんだって」
「どれくらい?」
「今の外注を減らせるなら、少なくとも一人は普通に仕事できると思う」
「営業は?」
「俺」
「管理は?」
「澪」
「開発だけいない?」
「そう」
「……」
直人が黙った。
さっきまでとは違う。
何かを考えているようだった。
「直人?」
「……いるよ」
「え?」
「プログラマー」
「マジで?」
「ああ」
「紹介して」
「いいよ」
「本当に?」
「うん」
思ったより簡単だった。
優真は身を乗り出す。
「誰?」
直人がビールを飲む。
そして。
「俺」
「……」
「……」
「は?」
「だから、俺」
「いやいやいや」
優真は思わず手を振った。
「待って待って」
「何だよ」
「俺は、誰か紹介してって言ったんだけど」
「だから俺」
「直人、今の会社どうするの?」
「辞める」
「軽いな!」
「別に今日思いついたわけじゃない」
直人は平然としていた。
「前から考えてた」
「会社辞めるの?」
「ああ」
「なんで?」
「いろいろある」
「雑だな」
「話すと長い」
「今日は時間あるよ」
「……」
直人は少し黙った。
それから。
「現場を知らない奴が、勝手に納期を決める」
「ああ……」
「無理だって言っても、やれって言われる」
「きついね」
「それだけなら、まあどこにでもある話だ」
「あるの?」
「ある」
直人は苦笑する。
「最近は、技術的に意味のない指示まで増えてきた」
「意味がない?」
「後から全部作り直すことになるって分かってるのに、上が決めたからやれ、とかな」
「それ、直人は言わないの?」
「言うよ」
「じゃあ?」
「俺は言い方を選ぶ」
「……普通じゃない?」
「普通だな」
「何の話?」
「言い方を選ばない奴がいる」
「……」
嫌な予感がした。
「誰?」
「桐生陸」
「桐生……」
「開発の後輩」
「優秀なの?」
「優秀」
即答だった。
「かなり?」
「俺より書ける」
「マジ?」
「ああ」
「じゃあ、その人紹介してよ」
「問題がある」
「何?」
「上司と喧嘩する」
「……」
「一人?」
「三人」
「多いな!」
「昨日、四人目が増えた」
「増えてるじゃん!」
優真は思わず笑った。
「何したの?」
「部長が決めた仕様に、意味がないって言った」
「それだけ?」
「『これ誰が決めたんですか?』って聞いたらしい」
「うん」
「部長が『俺だ』って答えた」
「うん」
「『じゃあ部長が間違ってます』って」
「……」
優真はしばらく黙った。
「すごいね」
「だろ?」
「直人でも言わない?」
「言わない」
「言いたい?」
「……」
「言いたいんだ」
「まあな」
直人が苦笑した。
「正直、俺が言えないことを、あいつが全部言ってくれてるところはある」
「それ、陸くんを利用してない?」
「否定はしない」
「おい」
「でもな」
直人の表情が少し変わった。
「あいつの言ってること、だいたい正しいんだよ」
「じゃあ、なんでそんなに揉めるの?」
「言い方」
「そこ?」
「致命的に言い方が悪い」
「なるほど……」
「相手が上司だろうが役員だろうが関係ない。間違ってると思ったら、そのまま言う」
「直人の言うことは聞くの?」
「俺の言うことだけはな」
「なんで?」
「技術で負けてるから」
「……」
優真が直人を見る。
「それ、直人もかなりすごくない?」
「今そこはどうでもいい」
「はい」
直人は料理を一口食べる。
「ただ、陸は今、本気で切られそうになってる」
「クビ?」
「ああ」
「仕事できるのに?」
「会社は仕事ができるだけじゃ駄目だからな」
「まあ……そうだけど」
「俺も何度か間に入った。でも今回は厳しい」
「それで?」
「俺が辞めるだけなら簡単なんだよ」
直人はグラスを見ながら続ける。
「でも、あいつ置いていったら、多分本当にクビになる」
「だから連れてきたい?」
「本人が来るって言えばな」
優真は腕を組んだ。
「……直人」
「何?」
「本当にネクシアに来るつもり?」
「条件次第では」
「給料、今より上げられないと思うよ」
「分かってる」
「会社できたばっかりだよ?」
「知ってる」
「安定なんてないよ?」
「さっき聞いた」
「潰れるかもしれない」
「その可能性もあるだろうな」
「じゃあ、なんで?」
直人は少し笑った。
「お前、前にここで俺に相談しただろ」
「結婚と起業のこと?」
「ああ」
「覚えてるよ」
「俺、お前の背中押したよな」
「うん」
「だったら」
直人はグラスを置いた。
「人に行けって言っておいて、自分だけ安全なところにいるのもダサいだろ」
「……」
「それに」
「何?」
「仕事は取れてるんだろ?」
「うん」
「営業はお前がやる」
「うん」
「管理は奥さんがやる」
「澪ね」
「開発がいない」
「そう」
「だったら俺が入れば、とりあえず会社として回る」
「……」
「陸まで来れば、もっと回せる」
優真はしばらく何も言わなかった。
相談するつもりだった。
誰か一人。
優秀なプログラマーを紹介してもらえればいい。
それだけだった。
「でも」
優真が言う。
「俺だけじゃ決められないよ」
「分かってる」
「澪と話さないと」
「当たり前だ」
直人は頷く。
「俺も一回、奥さんと話したい」
「澪、直人の名前は知ってたよ」
「俺も神谷さんの名前は知ってる」
「澪でいいよ。二人とも神谷だからややこしいし」
「もう完全に夫婦だな」
「書類上はね」
「書類上は、ねえ」
「何?」
「別に」
直人が笑う。
「じゃあ、今度話すか」
「うん」
「陸も連れていく」
「いきなり?」
「本人を見ないで決められないだろ」
「まあ、それはそうだけど」
「先に言っとく」
「何?」
「驚くなよ」
「そんなに?」
「そんなに」
少しだけ。
不安になった。
◇
家に帰ると。
澪はリビングでノートパソコンを見ていた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「佐伯さんとは、お話しできましたか?」
「うん」
「紹介していただけそうですか?」
「見つかった」
澪が顔を上げる。
「本当ですか?」
「うん」
「どなたですか?」
「佐伯直人」
「……」
澪の動きが止まった。
「紹介していただいた方ではなく?」
「本人」
「……本人?」
「会社辞めるつもりらしい」
「初耳です」
「俺も今日聞いた」
澪は少し考える。
「ですが、佐伯さんが技術者として優秀なのであれば、私たちにとっては非常にありがたい話です」
「そうなんだけど」
「何か問題がありますか?」
「もう一人いる」
「もう一人?」
「桐生陸くんっていう、直人の後輩」
「その方もプログラマーですか?」
「うん。直人よりできるらしい」
「それは……」
澪の表情が少しだけ変わった。
「かなり条件のいいお話ですね」
「ただし」
「はい」
「上司四人と喧嘩してる」
「……」
沈黙。
「四人?」
「昨日一人増えたらしい」
「なぜ増えるのですか?」
「俺に聞かないでよ」
澪は黙った。
数秒。
本気で考えている。
「……優真さん」
「何?」
「一度、お会いしましょう」
「いいの?」
「会わなければ判断できません」
「まあ、そうだね」
「佐伯さんにも、桐生さんにも」
「分かった。直人に連絡する」
優真はスマートフォンを取り出す。
「ただ」
澪が言った。
「一つだけ確認があります」
「何?」
「上司四人と喧嘩している方を」
「うん」
「本当に連れてくるのですか?」
「……来ると思う」
「そうですか」
澪は小さく息を吐いた。
こうして。
夫婦二人だけだった株式会社ネクシアに。
初めて。
仲間が増えるかもしれない話が動き始めた。




