第13話 売上と利益
株式会社ネクシアを設立してから、しばらく。
優真が最初に訪問した会社から、正式に仕事を受注した。
さらに、紹介された会社からも一件。
そこから別の会社を紹介され。
少しずつではあるが、ネクシアに仕事が入り始めていた。
そんなある日の夕方。
「澪」
「はい」
「また一件、決まりそう」
「……」
「来週、先方に行って詳しい話を聞いてくる」
「……」
「澪?」
「優真さん」
「何?」
「仕事を取ってくるのを、少し止めてください」
「……え?」
優真は固まった。
「今、なんて?」
「新規案件の受注を、一度抑えてください」
「会社で言われる言葉じゃないよね!?」
「そうでしょうか」
「そうでしょ。普通はもっと仕事取ってこいって言われるところだから」
「現状では、増やす方が問題です」
「なんで?」
「こちらを見てください」
澪がノートパソコンを優真の方へ向けた。
画面には、現在進行している案件が並んでいる。
受注金額。
外注費。
その他の経費。
そして。
利益。
「……」
優真が黙った。
「どうしました?」
「いや……」
画面を見る。
もう一度見る。
「少なくない?」
「少ないです」
「売上は結構あるよね?」
「あります」
「仕事も取れてる」
「はい」
「なのに、なんでこんなに残らないの?」
「外注費です」
「……ですよね」
会社を作る前から、分かっていたことだった。
最初は開発を外注する。
その分、利益率は低くなる。
事業が安定したら、自社で開発できる体制を作る。
二人でそう決めていた。
分かっていた。
そのはずだった。
「予想以上だね……」
「はい」
澪も素直に認めた。
「私も、想定が甘かったと思います」
「澪でも?」
「私は万能ではありません」
「なんか意外」
「どういう意味ですか?」
「いや、澪って何でも最初から計算できそうだから」
「そんなわけありません」
少しだけ不満そうな顔をする。
「実際に事業を始めなければ分からないこともあります」
「そりゃそうか」
「はい」
澪が画面を切り替える。
「問題は、利益だけではありません」
「まだあるの?」
「あります」
「聞きたくないな」
「聞いてください」
「はい」
◇
澪が表示したのは、案件ごとの進行状況だった。
「現在、三社へ開発を依頼しています」
「うん」
「それぞれ得意分野も違えば、料金も違います」
「まあ、そうなるよね」
「見積もりを取り、条件を調整し、仕様を伝え、進捗を確認する必要があります」
「……それ全部、澪がやってるよね?」
「はい」
「大変?」
「大変です」
即答だった。
「ごめん」
「謝る必要はありません。私の担当業務です」
「でもなあ……」
「ただし、このまま案件数が増えれば対応できなくなります」
「だから仕事取ってくるなって言ったの?」
「正確には、少し抑えてください、と言いました」
「同じようなものでしょ」
「違います」
「そこ大事?」
「大事です」
優真は苦笑する。
「それと」
澪が一つの案件を開いた。
「こちらです」
「ああ、昨日の修正?」
「はい」
納品前の確認で、顧客から小さな修正依頼が入っていた。
「今日中にできるか聞かれたやつだよね」
「外注先からの回答は、早くても明日になるとのことです」
「修正自体は?」
「難しい内容ではないそうです」
「じゃあ、なんで明日?」
「現在、別案件を対応中だからです」
「……」
優真は黙った。
仕方がない。
外注先には、外注先の仕事がある。
ネクシアだけを優先してくれるわけではない。
「昨日さ」
優真が口を開いた。
「お客さんに聞かれたんだよ」
「何をですか?」
「今日できますかって」
「はい」
「俺、『確認します』しか言えなかった」
「……」
「いつできますかって聞かれても、『確認します』」
優真は頭をかいた。
「できるかどうか聞かれても、『確認します』」
「仕方ありません。私たちには判断できませんので」
「分かってるんだけどさ」
それが、どうにも気持ち悪かった。
客と直接話をして。
困っていることを聞いて。
仕事をもらった。
なのに。
いざ技術的な話になれば、自分では何も答えられない。
「俺が仕事取ってきたのに、肝心なところで何も答えられないんだよな」
澪は少し黙った。
「私も同意します」
「澪も?」
「はい」
澪が画面を見る。
「外注先へ確認しなければ、納期も修正内容も回答できません」
「だよね」
「それに、外注先によって同じ要望でも回答が異なります」
「ああ……」
「こちらでは可能と言われたことが、別の会社では難しいと言われることもあります」
「お客さんからしたら関係ないもんな」
「はい」
顧客が契約しているのは、ネクシアだ。
外注先ではない。
「これ」
優真が画面を見ながら言った。
「思ってたより早く限界来てない?」
「来ています」
「まだ始めたばっかりだよ?」
「優真さんが予想以上に仕事を取ってくるからです」
「俺のせい!?」
「原因の一つです」
「褒められてるのか怒られてるのか分からないんだけど」
「褒めています」
「絶対違うよね?」
澪は答えなかった。
「澪?」
「次の話をします」
「逃げた」
◇
「結論として」
澪が画面を閉じる。
「予定を前倒しする必要があります」
「予定?」
「自社での開発です」
「ああ」
会社を作る時から。
いずれはそうすると決めていた。
「プログラマーを雇う?」
「はい」
「もう?」
「現状を見る限り、早いとは思いません」
「まあ……そうだね」
優真も同意だった。
仕事はある。
むしろ。
優真が営業を続ければ、まだ増やせる。
問題は。
作る人間がいないことだ。
「求人出す?」
「方法の一つです」
「じゃあ出してみる?」
「……」
「何?」
「問題があります」
「また?」
「はい」
「今日は問題ばっかりだな」
「会社経営ですから」
「そういうもの?」
「おそらく」
「澪も分からないんだ」
「初めて会社を経営していますので」
「俺も」
「知っています」
「はい」
澪が少し考えてから続ける。
「求人を出すこと自体はできます」
「うん」
「ですが、応募してきた方の技術力を、誰が判断するのですか?」
「……」
「……」
優真が黙った。
「あ」
「はい」
「俺、プログラム分からない」
「私もです」
「じゃあ面接で、この人すごいですよって言われたら?」
「判断できません」
「過去にこんなの作りましたって見せられても?」
「おそらく判断できません」
「……ダメじゃん」
「ですから問題だと言いました」
「確かに」
優真はソファにもたれた。
「じゃあ、どうする?」
「最も安全なのは、信頼できる方から紹介していただくことだと思います」
「紹介か……」
「はい」
「プログラマーの知り合いなんていたかな」
優真は考える。
営業時代に知り合った人。
取引先。
以前の同僚。
何人か顔は浮かぶ。
しかし。
その人物が本当に優秀なのかまでは分からない。
「澪は?」
「私ですか?」
「誰か知らない?」
「秘書課にいましたので、技術者との個人的なつながりはほとんどありません」
「だよね」
「ただ、以前の会社の開発部門であれば、何名か名前は把握しています」
「引き抜く?」
「いきなりですか?」
「冗談」
「優真さん」
「ごめんなさい」
澪は小さく息を吐いた。
「まずは、信頼できる技術者に相談するのが適切だと思います」
「相談?」
「はい」
「採用したいんだけど、誰かいい人知らない? って?」
「それでも構いません」
「なるほどね」
優真は腕を組む。
信頼できる。
技術が分かる。
できれば、こちらの事情も分かっている。
「……」
一人。
浮かんだ。
「あ」
「どうしました?」
「いる」
「プログラマーですか?」
「うん」
「お知り合いですか?」
「知り合いっていうか……友達」
優真はスマートフォンを手に取った。
「前の会社にいる」
「お名前は?」
「佐伯直人」
その名前を聞いて。
澪が少しだけ考える。
「佐伯さん……」
「知ってる?」
「名前だけは。同じ会社でしたので」
「やっぱり?」
「直接お話ししたことは、ほとんどありませんが」
「直人、結構できるよ」
「優真さんがそう評価するのであれば、相談してみてもいいと思います」
「俺、プログラム分からないけど?」
「……」
「……」
「それでは、技術力の評価になっていません」
「ですよね」
優真は笑った。
「でも、前の会社で頼られてたのは本当。システム関係で困ったら、とりあえず直人に聞けって感じだったし」
「なるほど」
「それに、あいつなら変な人は紹介しないと思う」
「信頼しているのですね」
「まあ、付き合い長いからね」
優真は連絡先を表示する。
佐伯直人。
以前。
結婚と起業について相談した相手。
あの時も。
迷っていた優真の背中を押してくれた。
今度は、仕事の相談だ。
「電話しますか?」
澪が聞く。
「いや」
優真は少し考えた。
「久しぶりだし、飯でも誘ってみる」
「その方がいいのですか?」
「こういう話は直接したいから」
「分かりました」
優真はメッセージを打つ。
『久しぶり。今度、飯行かない? ちょっと相談したいことがある』
送信。
数秒もしないうちに。
スマートフォンが震えた。
「早っ」
「佐伯さんですか?」
「うん」
画面を見る。
『いいよ。俺もちょうど話したいことがある』
「……」
優真は少しだけ眉を上げた。
「どうしました?」
「いや」
もう一度、メッセージを見る。
「直人も、俺に話があるって」
「そうですか」
「何だろうね」
この時の優真は。
まだ何も知らなかった。
ただ。
優秀なプログラマーを一人。
紹介してもらえればいい。
それくらいに考えていた。




