表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZAMAA JULY 2026  作者: 真好
Week 2

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/15

私の価値を知らない元婚約者の国、秘密の資産で買い取ります〜呪われた大魔術師に溺愛され生配信で爵位剥奪〜




 魔導機関の重低音が、帝都の夜を震わせている。




 蒸気と魔力が交差する魔導産業革命期の真っ只中。




 魔導列車の開通がもたらした資本主義の波は、貴族の夜会すらも「大衆への見世物エンターテイメント」へと変貌させていた。




 ここは帝都の中心、軍事特区に隣接する白亜の大広間。




 精霊石が眩い光を放つ豪奢なシャンデリアの下で、突如としてオーケストラの音楽が鳴り止んだ。




 衆人環視の中、私の元へと乱暴な足音が近づいてくる。




「ルーシア! お前のような冷酷で陰湿な女との婚約は、今この瞬間に破棄させてもらう!」




 広間に響き渡る、鼓膜を劈くような声。




 輝く茶髪に女たらし特有の甘い琥珀色の瞳を持つ男——私の婚約者であるジルベルト・フォン・クライス侯爵息子の顔は、軽薄な優越感に醜く歪んでいた。




 彼の腕の中にすっぽりと収まっているのは、派手な縦ロールの金髪を揺らす男爵令嬢、マリアベル。




 彼女は怯えた小動物のようにジルベルトの胸に顔を埋めているが、その実、私に向けてはあからさまな嘲笑の視線を送ってきていた。




「ジルベルト様、怖い……。お姉様、私をまたいじめる気なのね……っ。私のような平民上がりの身分卑しき者は、この場に相応しくないと……」


「案ずるな、愛しのマリアベル。僕がこの悪女から君を全力で守り抜く! 君こそが、次期侯爵夫人に相応しい純真無垢な天使だ!」




 マリアベルの震える涙声には、微弱だが確かな魔力が乗せられている。




 精神操作に近しい、他者の同情を強制的に惹きつけるサイコパス特有の擬態スキルだ。




 周囲の貴族たちは見事にその魔力にあてられ、私に向けて侮蔑と憎悪の視線を向けていた。




「おい見ろ、全域投影装置ブロードキャストが起動しているぞ!」


「生配信中だ! 空中に仮想コメントまで流れている!」


「あの悪逆非道な公爵令嬢の顔を全国民に晒してやれ!」




 広間の四隅に設置された浮遊型の生放送魔導カメラが一斉にまばゆい光を放ち、私の姿を捉える。




 大衆メディアの偏向報道によって、私の評判はすでに地に落ちていた。




『純真な男爵令嬢を虐げる、漆黒の髪の冷血女』


『特権階級にふんぞり返る傲慢な夜鳥』




 それが、SNSや魔導タブロイド紙で面白おかしく拡散された私の現在地だった。




 宙空に投影された光のパネルには、大衆からの罵詈雑言が次々とスクロールしていく。




『悪女引退キター!』


『ジルベルト様かっこいい!』


『ルーシアとかいう女、顔面蒼白じゃんww』


「聞け、愚民ども! そしてこの国すべての視聴者たちよ!」




 ジルベルトが魔導カメラに向かって大仰に両手を広げる。




 外面だけは無駄に良いこの男は、大衆の支持を背に受け、悲劇のヒーローを演じることに完全に酔いきっていた。




「このルーシア・ヴァン・フェルゼンは、嫉妬に狂い、愛らしいマリアベルの教科書を破り捨て、あろうことか魔導列車の線路に突き落とそうとすらした! これは明確な殺人未遂である!」




 ——事実無根にも程がある。




 教科書を破ったのはマリアベル自身の自作自演。




 線路の一件に至っては、酔っ払いの暴漢に絡まれていた彼女を、私が間一髪で引き戻して助けただけである。




 しかし、真実などこの場ではどうでもいいのだ。




 同調圧力に支配された大衆は、ただ消費するための刺激的な「悪役の公開断罪」を求めている。




「そんな……私、何も言っていないのに……っ。ジルベルト様が私のために怒ってくださるなんて……」




 マリアベルがこれ見よがしに嘘泣きを始める。




 その華奢な肩を抱き寄せながら、ジルベルトは決定的な一言を放った。




「有責はお前にある! よって婚約破棄に伴う違約金は一切支払わん! さらに、我がクライス家とマリアベルが被った精神的苦痛への莫大な慰謝料を請求する! 期日は明日だ! 支払えねば、フェルゼン家は破産し、お前は娼館行きだな!」




 広間が割れんばかりの歓声に包まれた。




 正義の鉄槌が下されたと、誰もが信じて疑わない。




 魔導カメラの無機質なレンズが、漆黒の長い髪を揺らす私の顔をこれでもかと大写しにする。




 絶望に染まった、惨めで哀れな女の顔を期待して。




 だが、私は笑いそうになるのを必死に堪えていた。




 表情筋を総動員して、ただ無表情を貫く。




 (……いいわ、ジルベルト。




 もっと、もっと大きな声で宣言しなさい。




 その言葉のすべてが、あなた自身を縛る鎖になるのだから)




 私は無自覚なチート級の加護を持つ、高位精霊と神獣に愛されし者。




 そして何より——この国の魔導産業を裏で牛耳る巨大匿名商会のトップ「孤高の夜鳥」その人である。




 彼が次期当主を気取るクライス家。




 その家門が依存している軍事特区の防衛機構も、最新鋭の魔導列車のインフラも、実はすべて私の個人資産による秘密裏の融資で成り立っているというのに。




 この男は、自分の足元の地面がすべて私の所有物であることにすら気づいていない。




「……ルーシア。震えて声も出ないか? 何か言い残すことはあるか? 今すぐこの場で地べたに這いつくばり、マリアベルの靴を舐めて謝罪するなら、娼館ではなく下働きくらいにはしてやってもいいぞ?」




 勝ち誇るジルベルト。




 毒の笑みを隠しきれないマリアベル。




 全国民が見つめる生配信。




 これ以上ない、完璧な舞台装置だった。




 私はゆっくりと顔を上げ、漆黒の瞳で彼らを真っ直ぐに射抜く。




「ジルベルト様。そのお言葉、決して後悔なさいませんね?」


「はっ! 後悔などするか! お前のような身の程知らずのゴミ女、こちらから永遠に願い下げだ!」


「……マリアベル様も、私から受けたという『被害』について、訂正はありませんか?」


「うぅ……お姉様が怖いよぉ……っ。嘘なんて、ついてないのに……っ」




 完璧だ。




 彼らは自ら、二度と後戻りのきかない断頭台への階段を、満面の笑みで駆け上がってくれた。




 名誉毀損と不当な婚約破棄の証拠はすべて、この全域投影装置が全国民の記憶に焼き付けた。




 私は胸元に下げた冷たいペンダントにそっと触れる。




 そこには、もう一人の役者の強大な気配が、今か今かと待ち構えていた。




「——ええ、承知いたしました。では、婚約破棄を『喜んで』お受けいたしますわ」




 私の静かで凛とした宣言が、マイクを通じて全国へと響き渡る。




 さあ、この国ごと買い取ってあげる。




 極上の反撃の始まりだ。






***




「——ええ、承知いたしました。では、婚約破棄を『喜んで』お受けいたしますわ」




 私のその言葉が広間に落ちた瞬間、空気が凍りついた。




 比喩ではない。




 物理的に、広間の気温が急激に低下したのだ。




 シャンデリアの輝きが揺らぎ、床から冷たい魔力の結晶が這い上がってくる。




「……酷い悪臭だ。下等な精神魔法の残滓が、この場の空気をひひどく汚している」




 広間の重厚な扉が吹き飛び、圧倒的な魔力の奔流とともに一人の男が現れた。




 透き通るような美しい白髪に、知性と冷酷さを孕んだ紫水晶アメジストの瞳。




 帝国が誇る「呪われた孤高の天才大魔術師」にして、その正体は伝説の神獣の化身である——ノア・ヴィンセント大公閣下だ。




「大、大魔術師閣下!? なぜ、このような夜会に……っ!」




 ジルベルトが狼狽の声を上げるが、ノア様は彼を一瞥だにせず、真っ直ぐに私の元へと歩み寄った。




 そして、マリアベルに向けてパチンと指を鳴らす。




 パリィィィンッ!




「ひやあっ!?」




 目に見えないガラスが砕け散るような高い音が響き、マリアベルの周囲を覆っていた甘ったるい魔力のオーラが霧散した。




 彼女が展開していたサイコパス的な【精神操作】の擬態が、ノア様の圧倒的な魔力によって強制解除されたのだ。




「な、なんだ……? 俺はなぜ、あんな薄汚れた男爵令嬢に同情していたんだ……?」


「よく見れば、安っぽいドレスに下品な香水……。公爵令嬢であるルーシア様を差し置いて、あんな女を庇うなんて」




 魅了の魔法から覚めた貴族たちが、次々と正気を取り戻し、マリアベルに向けて冷ややかな視線を向け始める。




「あ、あれ……? ジルベルト様、みんなの様子が……っ」


「案ずるなマリアベル! 大魔術師閣下、これは私とこの悪女の個人的な問題でして——」


「黙れ、愚物が」




 ノア様の紫水晶の瞳が細められると、ジルベルトは目に見えない圧力に押され、無様に尻餅をついた。




 ノア様は私の隣に立ち、その大きな手で私の腰を抱き寄せる。




「私の愛愛しいつがいに、随分と吠えてくれたな。ルーシア、もう我慢する必要はない。君の描いた盤面通りに、この愚か者たちを盤上から掃討しよう」


「ありがとうございます、ノア様。……では、ジルベルト様。お望み通り、事務的な『清算』に入らせていただきますわ」




 私は指先で空間に魔力の陣を描き、空中に浮遊する全域投影装置ブロードキャストのアクセス権限を強制的に掌握した。




 空中に展開されていた生配信のコメントパネルの隣に、数々の分厚い契約書の束がホログラムとして投影される。




「有責は私にあるとおっしゃいましたね? ですが、帝国の法では、客観的証拠のない一方的な婚約破棄は、有責者側に違約金が発生します。その額、持参金の十倍……金貨五千万枚です」


「はっ! 払ってやるさ! 我がクライス侯爵家の資産を舐めるなよ! お前たちの家門など、違約金どころか経済制裁で潰してやる!」


「経済制裁? ……ふふっ、あはははは!」




 私はたまらず、優雅に扇で口元を隠しながら笑い声を上げた。




 ジルベルトの顔が屈辱で真っ赤に染まる。




「何がおかしい!」


「クライス家の資産? あなたがたの資産など、すでにどこにも存在しませんわ。——投影ディスプレイ




 私の合図とともに、空中のホログラムが切り替わる。




 そこに映し出されたのは、クライス侯爵家が極秘に結んでいた莫大な額の『借用書』だった。




「防衛機構への魔導兵器導入、軍事特区の維持費、そしてあなたがたが先月自慢げに発表した魔導列車の新路線敷設プロジェクト。これらすべてを融資していた『夜鳥商会』への借入金、総額で金貨五億枚。


すでに返済期日を過ぎておりますが?」


「なっ……なぜ、お前がその契約書を持っている!? 『孤高の夜鳥』は、決して表舞台に姿を現さない正体不明の巨大商会のはず……っ!」


「あら、ご挨拶が遅れましたわね」




 私は扇を閉じ、漆黒の髪をかき上げながら、最も残酷な事実を突きつけた。




「私こそが、『孤高の夜鳥』商会の総帥です。


 クライス家の軍事特権も、魔導列車のインフラ権利も、その足元の領地すらも……すべては私の秘密資産による融資で成り立っていたのですよ。


 つまり、私はあなた方の『所有者』です」




 広間が、そして生配信の画面の向こう側が、完全に凍りついた。




 数秒の沈黙の後、配信の仮想コメントが爆発的な勢いで滝のように流れ始める。




『え!? 侯爵家ってただの借金まみれのハリボテだったの!?』


『魔導列車の利権、全部ルーシア様のものじゃんwww』


『ていうか、夜鳥商会のトップってマジ!? 国買えるレベルの超絶金持ちだろ!』


『ジルベルト、自分のスポンサーを全国放送で追放したの!? バカすぎるwwww』


「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!! お前のような地味でつまらない女が、あの夜鳥商会の総帥なわけがない!! これは偽造だ!!」




 顔面を土気色に変え、滝のように冷や汗を流しながら絶叫するジルベルト。




 そこへ、静観していた他国の来賓たちが一斉に歩み出てきた。




「偽造ではありませんぞ。我々隣国ガルディア帝国の特使は、ルーシア殿が夜鳥商会の総帥であることをとうに存じておりました。かねてより、我が国へ拠点を移すよう交渉しておりましたのでな」


「ルーシア殿。このような愚かな男がいる国など見限り、ぜひ我が国へお越しください。大公位をご用意して歓迎いたしますぞ!」




 隣国の高位貴族たちが、私に対して深々と頭を下げる。




 その光景に、ジルベルトは完全に言葉を失い、ガチガチと歯を鳴らして震え始めた。




 状況をようやく理解し始めたマリアベルも、血の気を引いた顔でジルベルトの服の袖を必死に引っ張る。




「ジ、ジルベルト様……っ! どういうことですの!? 大金持ちで、私に贅沢させてくれるって言ったじゃないですかぁっ!」


「う、うるさいっ! 少し黙れ!!」




 さあ、舞台の反転は完了した。




 自分たちが立っていた絶対的な優位という足場が崩れ去り、絶望の淵に立たされた気分はどうかしら?




 だが、私の「ざまぁ」はこんな生ぬるいものでは終わらない。




 破滅のカウントダウンは、まだ始まったばかりなのだから。






***




「——さあ、ジルベルト様。金貨五億枚の一括返済、ならびに婚約破棄の違約金五千万枚。期日は『明日』でしたわね? きっちりと耳を揃えてお支払いいただきますわ」




 私の氷のような通告に、ジルベルトは泡を吹かんばかりの顔で後ずさった。




「ば、馬鹿なっ! 五億五千万枚など、払えるわけがないだろう! 国家予算の半分にも匹敵する額だぞ!?」


「ええ、存じております。ですから、払えない場合の『清算方法』も、すでに手配済みですわ」




 私が視線を向けると、ノア様が冷たい笑みを浮かべて頷いた。




 大魔術師にして、帝国の軍事と司法に絶大な影響力を持つ大公閣下。




 彼が軽く手を挙げると、広間の入り口から銀色の鎧に身を包んだ帝国近衛騎士団が雪崩れ込んできた。




「ジルベルト・フォン・クライス! ならびにその一族郎党!」




 騎士団長が、拡声の魔道具を用いて広間中に響き渡る声で宣告する。




「貴様らが夜鳥商会より詐取し、焦げ付かせた莫大な負債は、帝国防衛機構を根底から揺るがす国家反逆罪に等しい! 皇帝陛下の勅命により、今この瞬間をもってクライス家の大逆を認定! 爵位および全財産を没収し、一族全員を国家奴隷へ落とすものとする!」


「なっ……じゃ、爵位剥奪!? 待て、親父は!? 俺の家族はどうなる!?」


「侯爵夫妻ならびに親族一同は、先ほど別邸にて全員拘束した! もはやクライス家はこの世に存在しない!」




 その宣告は、決定的な死刑宣告だった。




 一族郎党の連座。




 クライス家は今、この空中の生配信を通じて、全国民の前で完全なる『空中分解』を遂げたのだ。




「あ、あああ……っ! 俺の、俺の輝かしい未来が……っ!」




 ジルベルトは膝から崩れ落ち、頭を抱えて絶叫した。




 だが、最高の喜劇ブラックユーモアはここからだ。




 隣で震えていたマリアベルが、突如として夜叉のような形相でジルベルトに掴みかかったのだ。




「ちょっと! どういうことよこの役立たず!! 私を次期侯爵夫人にして、一生贅沢させてくれるって約束したじゃない!! 借金まみれの極貧男だったなんて聞いてないわよ!!」


「ぐあっ!? や、やめろマリアベル! そもそもお前が俺をたぶらかさなければ、ルーシアを捨てることになんてならなかったんだ! 全部お前という泥棒猫のせいだ!!」


「はああ!? あんたが勝手に鼻の下伸ばして言い寄ってきたんでしょ! この見栄っ張りの無能豚!」


「なんだとこの性悪女!!」




 バシンッ! ドカッ!




 大衆の面前、それも全国ネットの生配信中で、元侯爵令息と男爵令嬢が互いの髪を掴み、顔面を平手打ちし合う醜悪な乱闘が始まった。




『うわぁ……(ドン引き)』


『さっきまでの純愛アピールどこいったwww』


『無能豚と泥棒猫のデスゲーム開幕!』


『ルーシア様、こんなクズと縁が切れて本当に良かったな』




 空中の仮想コメントは、もはや彼らに対する嘲笑と侮蔑で埋め尽くされている。




 先ほどまで私を断罪しようとしていたその同じシステムが、今や彼らを永遠の社会的死へと追いやる処刑台となっていた。




「……見苦しいな。これ以上、私の愛しいルーシアの視界を汚すな」




 ノア様が不快げに顔をしかめ、指先で軽く魔力を弾いた。




 見えない魔力の縛鎖が二人を簀巻きにし、無様に床に転がす。




 近衛騎士たちがすかさず二人の首に、魔力を封じる奴隷用の隷従首輪をガシャンと嵌めた。




「ひぃっ! 嫌だ、こんなの嫌ぁぁぁっ!」


「ルーシア! 頼む、俺が悪かった! やり直そう、な!? 俺にはお前しかいないんだ!」




 床を這いつくばりながら、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたジルベルトが私にすがりつこうとする。




 だが、ノア様が私の前に立ち塞がり、その絶対的な魔力圧で彼を虫ケラのように踏みつけ、近寄らせることすら許さない。




 私は冷ややかな見下ろす視線を向け、ただ一言、宣告した。




「ごきげんよう、名もなき元・婚約者様。どうぞ末長く、その方とお幸せに」




 私はノア様の差し出した手を取り、優雅に身を翻した。




 もう、この沈みゆく泥舟に用はない。




「行こうか、私の美しい夜鳥。こんなちっぽけな国、君の翼には狭すぎる。我が帝国の全てを挙げて、君を溺愛させてもらおう」


「ふふ、お手柔らかにお願いしますわ。ノア様」




 神獣の加護を纏う大魔術師のエスコートを受け、私は広間を後にする。




 その後ろ姿に向けられたのは、隣国特使たちの歓声と、莫大な富とインフラを失い、国家破綻の危機に顔面を蒼白にさせる帝国貴族たちの絶望の悲鳴だった。






***




 ——それから、数ヶ月後。




 隣国ガルディア帝国に拠点を移した私は、大公妃として、そして夜鳥商会の総帥として、忙しくも極上の日々を送っていた。




 休日の午後。




 陽光の差し込むテラスで、本来の姿である神聖な巨大狼の姿となったノア様の、極上のモフモフな尻尾に埋もれながら優雅に紅茶を傾ける。




「ルーシア、少し働きすぎではないか? もっと私に甘えてくれていいのだぞ」


「あら、ノア様ったら過保護ですわ。でも、そうですね……これを見終わったら、一緒にお昼寝でもいたしましょうか」




 私が魔導タブレットで流しているのは、旧帝国の『現在』を映すドキュメンタリー番組だ。




『——かつての軍事特区は崩壊し、夜鳥商会の撤退によって旧帝国の経済は完全にストップしました。現在、魔導列車の動力源には、罪人による強制労働が当てられています』




 画面の向こう。




 薄暗い魔導列車の機関室で、顔を真っ黒な煤に塗れさせながら、絶望的な表情で石炭をくべる男女の姿が映し出された。




「あつい……腕が、腕が折れるぅ……っ。なんで俺が、こんな下働きを……っ!」


「あんたの動かし方が遅いのよ! 熱い! 私の美しい金髪が焦げたじゃないのよぉっ!」




 互いに罵詈雑言を吐きながら、一生終わることのない重労働の無限地獄に落ちたジルベルトとマリアベル。




 彼らが血尿を流しながら動かしているその魔導列車すらも、すべて私の所有物であるとも知らずに。




「あらあら。随分と『お似合い』の二人になりましたこと」




 私は極上のダージリンティーを一口含み、ノア様の温かい毛並みに頬を擦り寄せながら、心底幸せなため息をこぼしたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ