「身の程を知れ」と私を捨てた傲慢王子、聖女の力が消えて国ごと干からびた後に泣きついてももう手遅れです
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「アイリス・ラインハルト! 貴様との婚約を破棄し、国外追放を言い渡す!」
王城の大夜会。煌びやかなシャンデリアの下、第二王子カイルの怒号が響き渡った。
満座の貴族たちの視線が、一斉に私へと突き刺さる。
カイル王子の隣には、私の異母妹であるエルマが寄り添っていた。
エルマは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、カイル王子の腕にしがみついている。
「殿下、本当にろくな成果も出せない無能を追放されるのですね。これで我が国も安泰ですわ」
「ああ、エルマ。お前のような真の聖女こそが、我が妃にふさわしい。アイリス、地味で無能な貴様は、我が国に寄生するだけの害虫だ。身の程を知れ!」
カイル王子が私に投げつけたのは、泥のように汚れた私の魔導書だった。
床に転がるそれを、私は無表情で見つめる。
私はラインハルト公爵家の長女であり、宮廷魔導師として働いてきた。
私の担当は、国境の結界維持と、国内の土地の豊かさを保つ地脈の調整。
華やかさとは無縁の、泥臭い裏方仕事だ。
「無能、ですか」
「そうだ! 毎日毎日、庭いじりのような魔法ばかり使いおって。エルマは一度の祈りで枯れた花を咲かせる奇跡を見せたぞ。貴様の代わりなど、いくらでもいる!」
カイル王子は何も分かっていない。
エルマの魔法は、周囲の生命力を一時的に前借りして見栄えを良くするだけの「見せかけ」だ。
私が毎日、地道に地脈を整えていなければ、この国の土はとっくに死んでいたというのに。
「分かりました。殿下の仰せの通り、婚約破棄と追放を受け入れます」
「ふん、潔いな。言い訳すらできぬか。さあ、今すぐ我が国から出て行け!」
私は静かに頭を下げ、夜会会場を後にした。
背後から、貴族たちの嘲笑と、エルマのくすくす笑いが聞こえてくる。
誰も、私がこの国のすべての「均衡」を支えていたことに気づいていない。
私はその足で屋敷に戻り、あらかじめ用意していた荷物を掴んだ。
この国には、もう何の未練もない。
翌朝、私は一人で馬車に乗り、隣国との国境へと向かった。
国境の検問所に到着したとき、周囲の空気が一変する。
凄まじい、肌を刺すような魔力の圧。
見れば、国境の向こう側に、黒い馬車が停まっていた。
その周囲の草木は、まるで強大すぎる力に当てられたかのように、黒く変色して震えている。
「……誰かしら」
馬車の扉が開き、一人の男が降りてきた。
夜の闇を溶かしたような黒髪に、凍てつく氷河を思わせる冷徹な青い瞳。
隣国の最高権力者にして、『呪われた公爵』と恐れられるサイラス・ヴァレンティン公爵だった。
サイラス公爵は、自身の膨大すぎる魔力を制御できず、周囲の万物を破壊してしまう「呪い」を持っていると噂されていた。
「そこの娘。……いや、お前は」
サイラス公爵が私を見た瞬間、彼の瞳が驚愕に揺れた。
彼の身体から溢れ出ていた、狂暴なまでの魔力の奔流が、私の姿を捉えた瞬間にピタリと静まったのだ。
私の持つ「地脈調整」と「維持」の魔法。
それは、暴走するエネルギーを完全に受け流し、最適化する、世界で唯一の『器』の力だった。
「私の魔力が……静まる? お前、一体何者だ」
「私はアイリス。たった今、祖国を追い出された、ただの無能な魔導師です」
私がそう告げると、冷徹で知られる公爵の唇が、妖艶に吊り上がった。
「無能、だと? ふっ……面白い冗談だ。我が国へ来い、アイリス。お前を国賓として迎えよう」
こうして私は、私を捨てた国を後にし、隣国へと足を踏み入れた。
その時、すでに元祖国の足元から、パキパキと不穏な音が響き始めていたことなど、私は知る由もなかった。
***
隣国、ヴァレンティン公爵領。
そこは「呪われた土地」などではなく、あまりに濃密な魔力が満ち溢れる黄金の地だった。
「アイリス、本当に君には驚かされるばかりだ」
サイラス公爵は、私の隣で穏やかな笑みを浮かべていた。
かつて周囲の万物を破壊していた彼の魔力は、私の『器』の魔法によって完全に制御され、今や領地全土を潤す純粋な祝福へと変換されている。
彼と手を重ねるたび、私の内からも溢れ出るものがあった。
眠っていた私の魔力が、サイラス様の莫大なエネルギーと共鳴し、真の『聖女』として覚醒したのだ。
私たちが歩く場所には大輪の聖花が咲き誇り、領民たちは私を「奇跡の聖女」と崇めた。
一方、私を追い出したカイル王子の国は、文字通り「干からび」始めていた。
私が地脈の維持をやめた瞬間から、大地の栄養は急速に枯渇。
穀物は植えたそばから腐り、川の水は干上がり、結界が薄れたことで魔獣が多発した。
エルマの「見せかけの魔法」など、本物の危機の前には何の役にも立たない。
わずか数ヶ月で、国力はどん底まで落ちぶれていた。
そして、近隣諸国が集まる国際和平式典の夜。
美しく着飾った私とサイラス様が会場に姿を現すと、周囲の貴族たちから感嘆の溜息が漏れた。
そこへ、血走った目をし、ひどく窶れた男が掴みかからんばかりの勢いで突進してきた。
カイル王子だ。
その後ろには、かつての傲慢さを失い、泥のように顔色を悪くしたエルマもいる。
「アイリス! 探したぞ……! こんなところにいたのか!」
「お久しぶりですね、カイル殿下」
私が冷ややかな視線を向けると、カイル王子は私のドレスの袖を乱暴に掴もうとした。
だが、その手はサイラス様の冷徹な視線によって遮られる。
「気安く私の婚約者に触れるな、羽虫が」
「こ、婚約者だと……!? ふざけるな! アイリスは我が国の臣民だ!」
カイル王子はなりふり構わず、会場中に響き渡る声で叫んだ。
「アイリス、今すぐ国に戻れ! お前が消えてから、我が国の畑は枯れ果て、魔獣の被害が止まらないのだ! エルマの聖女の力もなぜか調子が悪い! お前が何か呪いでもかけたのだろう!?」
「呪い、ですか? 心外ですね。私はただ、言われた通りに出て行っただけですが」
「黙れ! 貴様の義務を果たせと言っているんだ! 戻ってまた毎日地脈の管理をすれば、元の平民以下の宮廷魔導師として雇い直してやってもいい! ほら、ありがたく思え!」
あまりの身勝手な言い草に、会場中の他国の王族たちが軽蔑の視線をカイル王子に注ぐ。
カイル王子はそれに気づくこともなく、必死に私を睨みつけていた。
「殿下、私は『身の程を知れ』と言われ、正式に国外追放された身です。もう貴方の国とは何の関係もありません」
「な、何だと……!? 王族の命令が聞けないというのか!」
隣でガタガタと震えていたエルマが、ヒステリックに叫んだ。
「お姉様、ずるいですわ! そんなに綺麗なドレスを着て、隣国の公爵様に媚を売って……! 早く戻って、私たちが遊ぶためのお金を稼ぎなさいよ!」
本性を剥き出しにした妹と、傲慢に私を見下ろす元婚約者。
二人の哀れな姿を見下ろしながら、私はただ、静かに微笑んだ。
トラップは、もう完全に噛み合っている。
***
「おい、聞いていないぞ! アイリスが『真の聖女』だったなどと……!」
カイル王子の叫びが、静まり返った会場に虚しく響く。
私がそっと手を掲げると、私の指先から溢れ出た清らかな聖なる光が、会場全体を優しく包み込んだ。
その圧倒的な神聖さを前にして、カイル王子とエルマが「嘘だ……」とへたり込む。
「カイル殿下。私が毎日、どれほどの魔力をあの国に注いでいたか、これでご理解いただけましたか?」
「あ、ああ……アイリス、頼む、戻ってくれ! 私が悪かった! 婚約破棄は取り消しだ! お前を第一正妃にしてやるから!」
プライドをかなぐり捨て、床に膝をついて縋り付いてくるカイル王子。
その姿は、かつて私を泥虫のように見下していた男のものとは思えないほど無様だった。
「お断りします。私はもう、サイラス様の婚約者ですので」
私がそう告げると同時に、サイラス様が冷徹な一歩を踏み出す。
彼の放つ圧倒的な覇気と、完璧に制御された強大な魔力が、カイル王子を物理的に圧迫した。
「我が婚約者を侮辱し、あまつさえ拉致しようとするとは……我がヴァレンティン公爵家、ひいては我が帝国への宣戦布告と受け取っていいのだな? カイル・フォン・ロザリス」
「ひっ……!? あ、違う、私はただ……!」
カイル王子が恐怖でガタガタと歯を鳴らす。
そこへ、騒ぎを聞きつけたカイル王子の父である国王が、青ざめた顔で駆けつけてきた。
国王はサイラス様の前に出ると、躊躇なくその場に五体投地した。
「ヴァレンティン公爵、そして聖女アイリス殿! 我が愚息が大変な無礼を……! すべてはこの愚か者が仕出かしたことです! 我が国は、この者に一切の加担をいたしません!」
「父上!? 何を仰るのですか、私は次期国王で――」
「黙れ、この大馬鹿者がッ!」
国王の怒号がカイル王子に炸裂する。
「お前が聖女殿を追放したせいで、我が国は崩壊寸前だ! さらに帝国との戦争を引き起こす気か! 貴様を今この瞬間をもって王位継承権剥奪、および王族籍から除名する!」
「な……、王族、除名……?」
カイル王子の顔から完全に血の気が引いた。
「おい、お前たち! この大罪人を捕らえよ! 生涯、干からびた鉱山での強制労働に処す! それと、その横にいる偽聖女の女も同罪だ! 即刻地下牢へ叩き込め!」
「嫌ッ! 離して! 私は悪くないわ、全部カイル様がやったことよ!」
エルマはみっともなく叫び、カイル王子を突き飛ばした。
だが、冷酷な近衛兵たちによって、二人は引きずられていく。
「アイリス! アイリス! 助けてくれ! 私が悪かった、愛しているんだアイリス――!」
かつての婚約者は、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、床を這い回って私に手を伸ばした。
しかし、その手が私に届くことは二度とない。
私は、連行されていく二人の無様な背中を、ただ冷ややかに見送った。
胸の奥から、言葉にできないほどの極上の愉悦が込み上げてくる。
私を無能と罵り、すべてを奪った者たちが、自らの愚かさによって自滅していく。これ以上の快楽はない。
「終わったね、アイリス」
サイラス様が私の腰を引き寄せ、優しく微笑む。
「ええ。これからは、私を必要としてくれるこの国のために、すべての力を使います」
干からびて滅びゆく元祖国を背景に、私は最愛のひとと共に、真の聖女としての輝かしい一歩を踏み出した。
あの一族が、二度と這い上がってこれない暗闇の底で、永遠に後悔し続けることを確信しながら。




