戦場にも立てない加齢臭消しの無能女」と私を捨てた竜騎士長ですが、私が調合していたオイルがないと、新恋人もあなたも全身シワだらけの悪臭魔獣に変貌することに気づいてももう遅い
王立竜騎士団の栄華を象徴する、年に一度の大晩餐会。
金糸の刺繍が施された軍服を着たエリートたちが集うその中心で、私の婚約者であるレオン竜騎士長は、私に向けて冷酷な言葉を放った。
「クロエ、貴様との婚約を破棄する。戦場にも立てず、ただ部屋で『加齢臭消しのオイル』をこねくり回しているだけの無能な女など、我が竜騎士長の妻に相応しくない!」
彼の逞しい腕には、燃えるような赤い髪をした美女、プリシラがぴったりと寄り添っている。
プリシラは王立魔導軍でも指折りの火属性戦闘魔導師で、その華々しい経歴は誰もが知るところだった。
「レオン様……それは、本気でおっしゃっているのですか?」
私が静かに問い返すと、周囲の竜騎士や貴族たちから、一斉に下卑たあざ笑いが沸き起こった。
「おいおい、あの『匂いフェチ令嬢』がまだしがみつこうとしてるぞ」
「竜騎士長の妻ともあろう者が、泥臭い薬草の調合ばかりで、軍の勝利に一切貢献していないからな」
「レオン様には、やはり同じ戦場を駆けるプリシラ様がお似合いだ!」
プリシラは勝ち誇ったように鼻を鳴らし、私の地味なドレスを見下しながら言い放った。
「そうよ、クロエ様。竜騎士団に必要なのは、竜の戦闘力を高める強力な攻撃魔法。あなたのような、男の機嫌を取るための化粧水や香水を作るしか脳がない『自称調合師』ではないの。毎日部屋に引きこもって、一体何の役に立っているのかしら?」
私は、彼らの言葉をただ静かに聞いていた。
私の固有魔法は『魔力循環の調香』
確かに戦闘魔法のような派手さはない。だが、彼らは致命的な勘違いをしている。
竜騎士たちが駆る飛竜は、強大な魔力を宿す反面、その体内には常に「魔力の澱み」である猛烈な瘴気を溜め込む。それが原因で、竜騎士も竜も、放っておけば全身の皮膚がひび割れ、獣のような悪臭を放ち、やがて正気を失って暴走するのだ。
私が毎日、一睡も惜しんで調合していた特製のバスオイルやマッサージ香水。
それこそが、彼らの「魔力の澱み」を完全に中和し、彼らの強靭な肉体と若々しい美貌、そして竜たちの絶対的な理性を保っていた『国家最高機密級の聖薬』だった。
地味? 貢献していない?
私が毎日、彼らの制服や竜の鞍にまでそのオイルを仕込んでいたからこそ、彼らは「爽やかで美しい最強のエリート集団」でいられたのだ。
「フン、言い返す言葉もないようだな。無能なクロエ、今すぐこの場から出て行け! 貴様の使っていた調合室は、明日からプリシラが戦闘用魔導具の保管庫として使用する!」
「わかりました。そこまでおっしゃるなら、私は喜んでこの婚約破棄を受け入れます。明日には荷物をまとめ、王都を去りましょう」
私のあまりにもあっさりとした態度に、レオンは一瞬、眉をひそめた。
しかし、すぐに隣のプリシラを引き寄せ、大声で笑った。
「ハハハ! プライドだけは高い女だ。追放された貴様など、誰も拾い上げはしない! プリシラ、これからはお前が私の隣だ!」
「はい、レオン様! 私の炎魔法で、あなたをさらに輝かせてみせますわ!」
私は完璧なカーテシーを見せ、喧騒の夜会会場を後にした。
背後では「これで竜騎士団もさらに強くなる!」「あの鬱陶しいハーブの匂いから解放されるぞ!」という歓声が響いていた。
翌朝、私は最低限の調合器具と、自分用のオイルだけをトランクに詰め、公爵邸を出た。
目指すは、王都から遥か遠く離れた、年中吹雪が吹き荒れる極北の辺境――通称『忘れられた古竜の谷』
そこには、あまりにも強大すぎる魔力の澱みに耐えかねて王都を追放された、荒くれ者の「はぐれ竜騎士」たちが住んでいるという。
「あの方たちなら、私のオイルの価値を、正しく理解してくれるかしら」
私が王都の結界を抜けたその瞬間、背後の竜騎士団本部から、目に見えない「黒い悪臭の霧」がじわりと染み出し始めていることに、愚かな元婚約者たちはまだ気づいていなかった。
***
王都を去った私がたどり着いた『忘れられた古竜の谷』は、荒涼とした極寒の地だった。
しかし、そこで私を待っていたのは、悲惨な生活ではなく、想像を超えるほどの極上の歓迎だった。
「おいおい、本当かよ……! このクロエ嬢の香水をひと吹きしただけで、俺の竜の狂暴化が完全に収まりやがった!」
「俺たちの肌のひび割れも消えたぞ! なんだこの極上の肌触りは!? 体の芯から魔力がみなぎってきやがる!」
そこにいたのは、魔力の澱みによる悪臭と皮膚の角質化に苦しみ、王都から「ならず者」として追放された辺境の竜騎士たちだった。
彼らは本来、王都市民など比較にならないほど強大な魔力を持つエリートだ。
私の『魔力循環の調香』を彼らの浴場や竜の兵舎に導入したところ、わずか一週間で彼らの全身の黒ずんだ皮膚は消え去り、誰もが息を呑むような超絶美男子へと変貌を遂げたのだ。
「クロエ、君は我が領地の救世主だ。こんな至高の聖女をドブに捨てるなど、王都の連中は正気か?」
そう言って私の手を引き、優しく微笑むのは、谷の主であり辺境伯のジェラード様だ。
銀髪に凍てつくような氷の瞳を持つ彼は、今や私の調合した「特製シトラスミントの男爵香水」を纏い、動くたびに周囲の女性たちを気絶させるほどの圧倒的な色気を放っている。
私の技術を国宝級の扱いでもてなしてくれるジェラード様に、私の心は日々深く満たされていった。
一方その頃、私が去って一ヶ月が経過した王都の竜騎士団本部は、文字通りの『地獄』と化していた。
「おい、レオン……! お前、最近やけに臭わないか……? それにその顔、どうしたんだ!?」
「うるさい! 人の心配をしている場合か! お前こそ、頭髪が随分と薄くなっているぞ!」
執務室で怒鳴り合うレオンと副団長たちの姿は、かつての「爽やかで美しいエリート集団」とは程遠かった。
全員の肌は乾燥したトカゲのようにガサガサにひび割れ、目元には深いシワが刻まれている。何より、部屋の中に充満する、腐った生ゴミのような強烈な体臭――『魔力の澱み』が、彼らの肉体を急速に老化させ、蝕んでいた。
「どういうことだ、プリシラ! お前の炎魔法で、この『不浄の臭い』を焼き尽くせないのか!?」
レオンが怒り狂って問い詰めると、部屋の隅で高級なファンデーションを厚塗りしていたプリシラが、ヒステリックに叫び返した。
「無理よ、無理に決まっているわ! 毎日毎日、香りの魔法なんていう地味で無意味なことに私の高貴な炎を使えるわけがないでしょ!? それに、私のお肌を見てよ!」
厚化粧の下のプリシラの顔は、二十代前半とは思えないほどシワだらけで、魔力の逆流による強いストレスで髪はバサバサ、加齢臭のような悪臭を放っていた。
彼らはようやく理解し始めていた。
クロエが毎日、どれほど異常な規模の瘴気を一人で中和し続けていたのかを。
彼女の調合していたオイルがなければ、自分たちはただの『悪臭を放つ老いさらばばった化け物』に成り下がるのだという恐怖が、彼らを支配した。
さらに最悪なことに、騎士団の飛竜たちが一斉に暴走を始めていた。
主たちの放つ不快な悪臭と魔力の澱みに耐えかねた竜たちは、レオンたちの指示を一切拒絶し、鞍を乗せようとするだけで牙を剥いて襲いかかってくる始末だ。
「報告します! 来週の『建国記念大査閲式』ですが、このままでは竜が出撃できません! 国王陛下や他国の使節団の前で、竜騎士団の行進を取り止めにするなど……国家の恥晒しです!」
青ざめた部下の報告に、レオンはガタガタと震えながら机を叩いた。
「クロエだ……! あの女が何か呪いを残していったに違いない! 今すぐ『古竜の谷』へ向かうぞ! あの女を力ずくで連れ戻し、毎日俺たちの体を洗わせるんだ!!」
自らの悪臭で正気を失いかけたレオンは、哀れな部下たちを引き連れ、王都を出発した。自分たちがこれから、世界で最も甘美で恐ろしい「ざまぁ」の舞台へ向かっているとも知らずに。
***
王都の命運を懸けた『建国記念大査閲式』の当日。
中央広場には国王陛下をはじめ、数多の隣国の使節団、そして数万の観衆が集まっていた。
しかし、大行進の主役であるはずの王立竜騎士団が登場した瞬間、広場は歓声ではなく、凄まじい悲鳴と困惑に包まれた。
「うっ……なんだこの猛烈な臭いは!?」
「おい見ろよ! 竜騎士たちの顔……まるで干からびたトカゲみたいじゃないか!」
先頭を歩くレオンとプリシラの姿は、哀れの一言に尽きた。
魔力の澱みが限界に達したレオンの皮膚はガサガサに剥がれ落ち、ひどい老人臭を撒き散らしている。プリシラにいたっては、ストレスと瘴気で髪の半分が抜け落ち、厚化粧でも隠しきれない深いシワが顔中に刻まれていた。
彼らの駆る竜たちも、主の悪臭に激怒して制御を失い、観客席に向かって咆哮をあげて暴れ狂っている。
「レオン! 貴様らその醜態は何だ! 我が国の威信を汚す気か!」
観覧席から国王陛下の怒号が飛ぶ。レオンはもはや言い訳の言葉もなく、広場の中心でガタガタと震え、酸っぱい汗と加齢臭を撒き散らすことしかできなかった。
その時だ。激しい吹雪と共に、上空の雲が割れた。
現れたのは、王都市民が何百年も見たことがない、伝説の『古代純血竜』の美しい巨体だった。
その背に乗って優雅に舞い降りてきたのは――気品溢れる純白のドレスを纏い、動くたびに極上の百合と爽やかなシトラスの香りを周囲に振りまく私、クロエだった。
私の隣には、氷の軍服を完璧に着こなし、見る者すべてを平伏させるほどの絶世の美貌を取り戻したジェラード様が立っている。
「国王陛下、お初にお目にかかります。『古竜の谷』を統べるジェラード・フォン・アルカディアです。本日は我が領地の新たな主、そして帝国の筆頭聖調合師となったクロエの御披露目に参りました」
ジェラード様が低く甘い声で告げると、広場全体から地鳴りのような歓声が上がった。
私の放つ『魔力循環の調香』の香りが風に乗って広場を満たした瞬間、暴れていた王都の竜たちが一斉に大人しくなり、まるで聖女を崇めるように私に向かって頭を垂れたのだ。
「ク、クロエ……!?」
泥塗れの地面にへたり込んだレオンが、信じられないものを見る目で私を見上げた。
「クロエ! 頼む、戻ってくれ! 俺が悪かった! 君のオイルがないと、俺たちの皮膚が、騎士団が本当に崩壊してしまうんだ! プリシラなんていうシワだらけの無能女はクビにする! だから、また俺の体をそのオイルで洗ってくれ!!」
「ちょっとレオン、何よそれ! 私を無能呼ばわりしないでよ! クロエ、あんたのその生意気な顔、私の炎で焼き尽くしてあげるわーーーっ!」
発狂したプリシラが魔法を唱えようとしたが、瘴気で汚染された彼女の魔力回路からは、黒い煙と凄まじい悪臭のガスが出るだけで、火花すら起きない。
「醜悪だな、王都の竜騎士団長ともあろう者が」
ジェラード様が冷徹な視線をレオンに向け、冷たく言い放った。
「国王陛下。この者たちは、国家の防衛要である竜たちのメンテンスを怠り、瘴気を撒き散らして王都を危機に陥れました。我が辺境領は、これ以上の悪臭汚染を拒絶し、王都との全交易を停止いたします」
「待て、ジェラード辺境伯! ……レオン、プリシラ! 貴様ら二人を即座に爵位剥奪、および騎士団から永久追放とする! 即刻、地下の最深監獄へ連行しろ! 二度とその悪臭を余の前に近づけるな!」
国王陛下の冷酷な宣告が下り、憲兵たちが鼻を厳重につまみながら、レオンとプリシラを文字通り「生ゴミ」のように引きずっていった。
彼らはこれから一生、陽の当たらない冷たい監獄の底で、自分たちの放つ強烈な体臭と、急速に老化していく恐怖に怯えながら、孤独に腐り果てていくのだ。
「素晴らしい香りだ、クロエ。君は本当に、世界を癒やす女神だね」
騒動が片付いた広場で、ジェラード様が私の腰を引き寄せ、観衆の前で私の額に優しくキスをした。
地鳴りのような祝福の拍手の中、私はかつて自分を虐げた者たちの哀れな末路を見届けて、クスリと微笑んだ。
「はい、ジェラード様。私、この香りと共に、あなたとずっと幸せに暮らしますわ」
こうして、王都の悪臭エリートたちは完全無欠に崩壊し、私は辺境の美しいイケメンたちと竜に囲まれて、至高のハッピーエンドを迎えたのだった。




