「化け物公爵への生贄」と私を追放した実家ですが、毎日のお弁当で彼の呪いが解けたので、今さら泣きつかれても手遅れです
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「ゴミ魔力しか持たない出来損ないのお前など、我が侯爵家の恥だ。化け物公爵への生贄として、今すぐ嫁いで行け!」
実の父親であるロア侯爵の冷酷な声が、冷え切った大広間に響き渡った。
私の前に投げつけられたのは、一枚の婚姻届。
相手は、北方の果てに佇む「黒鉄城」の主、ディラン公爵。
戦場での呪いによって全身を醜い黒鱗に覆われ、正気を失った「化け物公爵」と恐れられている男だ。
「お父様、お姉様をそんな恐ろしい場所に追いやるなんて可哀想ですわぁ。クスクス……」
義母の連れ子である妹のエマが、扇子で口元を隠しながら下卑た笑みを浮かべている。
彼女が持っているのは、触れるものすべてを黄金に変えるという、華やかで強力な『黄金の錬金魔法』。
対して私、クロエが持つのは、お茶の不純物を取り除く程度しかできないと言われた『微小浄化魔法』。
家畜以下の扱いを受け、毎日家族の残飯処理と、広大な侯爵邸の雑用だけを押し付けられてきた。
「化け物公爵は、これまで送られた花嫁を全員食い殺したという噂だ。お前のような無能な生贄にはお似合いの末路だろう」
「ふふ、お姉様。お体に気をつけてね? まあ、明日までもつかは分かりませんけれど」
二人の嘲笑を浴びながら、私は静かに婚姻届を拾い上げた。
(……やっと、この地獄から抜け出せる)
悲鳴をあげるどころか、私の胸は歓喜で震えていた。
毎日朝から晩まで怒鳴られ、暴力を振るわれる生活に比べれば、化け物に食い殺される方がまだマシだ。
それに、私の魔法は本当に「ゴミ」なのだろうか?
私が毎日、侯爵邸の排水溝や井戸、果ては家族の食事の毒素を『微小浄化』で消し去っていたからこそ、この屋敷が保たれていたことに、この愚かな家族は気づいてすらいない。
「わかりました。喜んでディラン公爵家へ嫁ぎます」
「ふん、強がりを。荷物はそれだけか? 二度と我が家の敷居を跨ぐなよ!」
手切金代わりに渡されたのは、小さなボロトランク一つ。
私は一礼すると、一度も振り返ることなく侯爵邸を後にした。
翌日、馬車に揺られて到着した北方の城は、噂通り不気味な黒い霧――瘴気に包まれていた。
案内された最奥の部屋。暗闇の中で、鎖に繋がれた巨大な影が、獣のような低い唸り声をあげる。
「……死にに、来たのか……。人間など、信用、しない……!」
赤く光る眼。全身を覆う、禍々しい黒い鱗。
確かにそれは「化け物」の姿だった。しかし、私には分かった。彼が放つその瘴気は、あまりにも痛々しく、苦しみに満ちているということが。
「初めまして、ディラン様。私はクロエ、あなたのお嫁さんになるために参りました」
私は恐怖を感じるどころか、愛おしさすら覚えて微笑んだ。
何せ、私の『微小浄化』が、彼の苦しみを和らげたいと、激しく脈打ち始めたのだから。
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「……クロエ、今日のお弁当はなんだ?」
「ふふ、今日はディラン様の大好きな、特製ダレの唐揚げ弁当ですよ」
黒鉄城の美しい庭園で、私は一人の絶世の美青年と並んで座っていた。
夜空を溶かしたような深い黒髪に、神秘的な紫の瞳。引き締まった強靭な体躯。
かつて「化け物」と恐れられていたディラン様は、今や見る影もないほどの超絶美男子だった。
私が毎日、彼の好物を作っては、お弁当箱に『微小浄化魔法』を限界まで注ぎ込んで食べてもらった結果だ。
実は私の魔法は、対象の『穢れや呪いだけ』を分子レベルで消滅させる、神話級の神聖魔法だったらしい。
毎日の食事を通じて、彼の体を蝕んでいた国家級の「神の呪い」は、たった一ヶ月ですべて消滅した。
「美味い……。クロエの作る飯は、体が芯から軽くなる」
「よかったです! 毎日たくさん食べてくださいね」
すっかり私に胃袋を掴まれ、優しく微笑むディラン様に胸がキュンとする。
呪いが解けた公爵家は、本来の強大な軍事力と富を取り戻し、私たちは新婚生活を満喫していた。
一方その頃。私を追い出したロア侯爵邸は、地獄と化していた。
「な、なぜだ……! なぜ屋敷の中にこれほど瘴気が満ちている!?」
ロア侯爵は、全身にかゆみを伴う黒い斑点が浮かび上がり、恐怖に震えていた。
妹のエマも、自慢の金髪がボロボロと抜け落ち、見るも無惨な姿で泣き叫んでいる。
「お父様、お肌が……私のお肌がボロボロですわ! 錬金魔法を使おうとしても、触れたものが全部黒い泥に変わってしまうの!」
彼らは知らなかったのだ。
侯爵家がこれまで繁栄していたのは、領地一帯の土地が内包する「大地の毒」を、私が毎日料理や雑用を通じて人知れず『浄化』し続けていたからだと。
そのストッパーである私がいなくなったことで、十数年分の呪いの残滓が一気に逆流し、屋敷ごと彼らを蝕み始めたのだ。
「ま、まさか……あの出来損ないのゴミ魔法が、この屋敷を保っていたというのか……!?」
ロア侯爵は、ガタガタと歯を鳴らしながらようやく気づいた。
だが、時すでに遅し。彼らの魔力回路は呪いでズタズタになり、侯爵家の資産はすべて、病に伏した領民への賠償と、屋敷の維持費で底を突きかけていた。
「ディラン公爵家だ……! あそこにいるクロエを連れ戻せ! 連れ戻して、また屋敷の泥を洗わせるんだ!!」
狂乱したロア侯爵は、残った私兵をかき集め、黒鉄城へと向かう馬車に飛び乗った。
自分たちがこれから、世界で最も怒らせてはいけない「神の呪いを克服した最強の公爵」の元へ向かっているとも知らずに。
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「クロエ! どこだクロエ! 今すぐ戻って私たちの呪いを解きなさい!」
黒鉄城の重厚な謁見の間。
不法侵入同然に押し入ってきたロア侯爵とエマは、見るも無惨な姿だった。
肌はどす黒く変色し、衣服はボロボロ。かつての傲慢な貴族の面影など微塵もない。
私はディラン様の隣の特等席で、高級な特製マカロンを食べながら、冷ややかな視線を彼らに向けた。
「お帰りください、元ご家族様。私はもう、ここの公爵夫人ですので」
「黙れ、この親不孝者が! お前は我が家の奴隷だ! エマの美しい肌を元に戻し、屋敷の瘴気を消すのがお前の義務だろうが!」
ロア侯爵が狂ったように私へ掴みかかろうとした、その瞬間。
ーーードンッ!!!
凄まじい重圧が部屋を支配し、ロア侯爵とエマはその場に激しく叩きつけられた。
「……私の妻に、その汚い手を伸ばすな」
隣に座るディラン様が、氷のように冷たい声を放つ。
呪いが完全に解け、本来の神をも凌ぐ魔力を取り戻した彼の放つ威圧は、それだけで並の貴族を失神させる威力があった。
「ひっ、あ、貴方は……化け物公爵……!? 呪いが、解けて……!?」
「あり得ませんわ! あんな地味女のゴミ魔力で、神の呪いが解けるはずが……!」
床に這いつくばったまま、絶望に顔を歪める二人。
「ゴミ魔力だと? 愚かな。クロエの魔法は、世界を救う【神聖浄化魔法】だ。それを奴隷のように扱い、挙句の果てに我が家に生贄として押し付けた罪、万死に値する」
ディラン様が冷酷に指をパチンと鳴らす。
すると、影から黒鉄城の精鋭騎士たちが現れ、二人を容赦なく拘束した。
「ロア侯爵。お前たちの領地はすでに瘴気で壊滅し、我が公爵家がすべての利権を格安で買い取った。本日をもって、ロア侯爵家は公式に潰家だ」
「な、何だと……!? 私の、私の侯爵家が……!」
「嫌よ! 私は黄金を生み出せる、選ばれた錬金術師なのよ! こんな泥まみれの奴隷みたいな生活、絶対に嫌ーーーっ!」
エマが発狂したように叫ぶが、彼女の『黄金の錬金魔法』はすでに自身の瘴気で完全に腐り果て、触れるものをただの汚物にしか変えられない。
「安心しろ。お前たちには、我が領地の最下層にある『瘴気汚染地帯』の清掃係を命じる。死ぬまでそこで、己の吐き出した毒に塗れて暮らすといい」
ディラン様の無慈悲な宣告に、二人は言葉を失い、血の涙を流しながら引きずられていった。
彼らはこれから一生、私がタダでやってあげていた『浄化』のありがたみを、その身が腐り落ちるまで痛感し続けるのだ。
「ーーー怖かったか、クロエ?」
静寂が戻った部屋で、ディラン様が心配そうに私を覗き込んできた。
私は首を振り、彼の手を優しく握り返す。
「いいえ。ディラン様が守ってくださるって、信じていましたから」
「ああ、一生かけて君を愛し、守り抜こう」
極上の美貌で微笑む旦那様に抱きしめられながら、私は最高に甘いマカロンを口に運んだ。




