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ZAMAA JULY 2026  作者: 真好
Week 2

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13/16

私を殺したモラハラ上司。私が竜帝に溺愛される真の皇女と知らず、鑑定の儀で絶頂ですか?




――喉を焼き尽くすような劇毒の痛みを、私は今でも鮮明に覚えている。




「ふっ、ご苦労だったな、星鈴セイレイ。君が完成させた『神天の霊薬』は、この私が一人で創り上げたことにしておくよ」




 それは前世の記憶。




 薄暗く冷たい石の床の上で、血を吐きながらもがき苦しむ私を見下ろしていたのは、直属の上司であり、婚約者でもある蒼紫ソウシだった。




 軽薄な金髪に、傲慢さを隠そうともしない紫の瞳。




 厳格な身分制度が敷かれるこの国で、名門血統貴族の嫡男であることを鼻にかける彼は、私の研究成果をことごとく奪い、自分の手柄として立身出世を遂げてきた典型的なモラハラ暴君だ。




「ねえ蒼紫様ぁ、こんな薄汚い下働きの女、早く処分しちゃいましょうよ。これからは私が、貴方様の功績を支える妻になるんですから」


「ああ、麗美レイミ。君のその柔らかな体と愛嬌さえあれば、私の未来は盤石だ」




 可憐な栗毛をハーフアップにした麗美が、蒼紫の腕にねっとりと絡みつく。




 肉体関係を武器にして蒼紫に取り入った彼女もまた、私のすべてを横取りした計算高き泥棒猫だった。




 二人の下劣な嘲笑に包まれながら、私は絶望の中で無惨に命を落とした――はずだった。




 しかし、死の淵で目を覚ますと、私は三ヶ月前の世界に回帰していたのだ。






***




 そして今日。




 中華風の豪奢な紅と金の装飾が施された、後宮に隣接する「国家魔道鑑定祭壇」の控え室。




 封建階級社会であるこの国において、年に一度、己の能力と価値を神官たちの前で証明する最大の舞台である。




「おい星鈴! いつまでぼんやりしている! ぐずぐずするな!」




 鼓膜を劈くような蒼紫の怒鳴り声が、広々とした豪華な部屋に響き渡った。




「本当に役立たずな女だ。由緒ある我が伯爵家に拾われ、私の婚約者にしてやった恩を忘れたのか? お前のような薄汚い孤児がこの宮廷魔道局で働けるのも、すべて私のおかげなのだぞ!」




 私は、プラチナブロンドの髪を深く伏せ、儚げに震える振りをしながら恭しく頭を下げた。




 前世で何度も繰り返された、奴隷のような日々。




 彼に逆らえば暴力を振るわれ、精神を削られるような暴言を吐き捨てられる。




「……申し訳ございません、蒼紫様」


「ふん。今日こそ私の大出世が決まる日だ。なんせ、歴史上誰も作れなかった『神天の霊薬』を、この私の優秀な頭脳が完成させたのだからな!」




 得意げに胸を張る蒼紫の手に握られているのは、虹色に輝く美しい小瓶。




 もちろん、彼が作ったものではない。




 回帰した私が前世と同じように――いや、今回は意図的に致命的な細工を施して徹夜で調合し、彼が「盗みやすい場所」にわざと置いておいたものだ。




 案の定、彼はそれを躊躇いもなく自分のポケットに入れ、堂々と自作だと名乗るつもりらしい。




「蒼紫様、凄ぉい! 天才ですぅ!」




 胸元を大きく開けた扇情的な中華ドレス姿の麗美が、彼の背中から豊満な胸を押し当てて抱きついた。




「それに比べて星鈴さんは、毎日煤まみれで本当に惨めですねぇ。蒼紫様のお情けで助手として連れてきてもらえただけ、ありがたいと思いなさいよ?」




 クスクスと下品に笑いながら、私を見下す麗美。




 彼女は庶民派を気取っているが、その本性は自己の欲望のためなら他者を平気で蹴落とす毒婦だ。




 彼らは知らない。




 その霊薬が、私の「特別な魔力」なしでは成立しない、恐ろしい劇薬であるということを。




 そして――私自身が、ただの身寄りのない孤児などではないことを。




 私の本当の身分は、この国とは比較にならないほどの武力を誇る隣国、強大な『神竜帝国』の行方不明になっていた第一皇女・星鈴。




 伝説の聖鳥の加護を一身に受け、国宝級の錬金術の才能を持つ至高の血筋だ。




 幼い頃に政争に巻き込まれて記憶を封じられ、この国に流れ着いていたが、前世で毒殺された瞬間に、私はすべての記憶と真の力を取り戻したのである。




 (断罪されるまで、あと三十分……)




 私は床を見つめたまま、誰にも気づかれないように冷たい笑みを浮かべた。




 前世ではただ泣き寝入りし、利用されるだけ利用されて無惨に殺された。




 しかし、今の私は違う。




 彼らが最も栄光に輝くその絶頂の瞬間を狙って、すべてを根底から叩き潰す完璧な罠を仕掛けてある。




「さあ、麗美。いよいよ鑑定の儀が始まるぞ。私の歴史的瞬間に立ち会わせてやろう」


「はいっ、蒼紫様! 終わったら、たぁっぷりご褒美をあげますね」




 卑劣な男と、欲望にまみれた女。




 二人は腕を組み、勝ち誇った顔で祭壇へと続く巨大な観音扉へ向かって歩き出した。




 私のことなど一瞥もせず、まるで路傍の石ころのように扱いながら。




 (ええ、行ってらっしゃい。存分に絶頂を味わうといいわ)




 時計の針が、破滅へのカウントダウンを冷酷に刻む。




 彼らは気づいていない。




 私がすでに、隣国に君臨する冷徹な竜王陛下――私を狂おしいほどに探し求め、見つけ出した途端に私にだけ甘く激しい溺愛を向ける「彼」に、すべての通信を送り終えていることに。




「次! 宮廷魔道局長、蒼紫・ランチェスター! 並びに麗美! 祭壇へ!」




 神官の厳かな呼び込みの声が響き渡る。




 重厚な扉が開かれ、まばゆい光の中に、傲慢な足取りで進んでいく二人の背中。




 周囲の貴族たちが、蒼紫の手にある虹色の小瓶を見てどよめいているのが聞こえる。




 私はゆっくりと顔を上げ、これまで隠していたプラチナブロンドの髪を優雅にかきあげた。




 ただの無能な下働きを演じる時間は、もう終わりだ。




 (さあ、極上の『ざまぁ』の始まりよ)




 私は静かに、自らの本当の居場所と、彼らの地獄が待つ祭壇へと足を踏み出した。






***




「刮目せよ! これぞ我がランチェスター家の至宝にして、歴史上初の完全なる『神天の霊薬』である!」




 厳粛な空気に包まれた、国家魔道鑑定祭壇の中心。




 王族や高位の血統貴族たちが居並ぶ中、蒼紫は祭壇の最も高い場所に立ち、虹色に輝く小瓶をこれ見よがしに高く掲げた。




「おお……見事な魔力の輝きだ」


「なんと美しい。若き局長は間違いなく、世紀の天才錬金術師だ!」




 列席する貴族たちから、感嘆のどよめきと万雷の拍手が巻き起こる。




 麗美もまた、得意満面の笑みを浮かべて胸を張り、周囲の賞賛をまるで自分のもののように浴びていた。




 私は祭壇の隅の影に控えたまま、静かに秒数を数え始めていた。




 (残り一分……三十秒……)




「さあ、大神官殿。この歴史的な霊薬の鑑定を!」




 蒼紫が傲慢な笑みを浮かべ、鑑定を司る大神官へと小瓶を差し出す。




 大神官が震える手で、その奇跡の霊薬を受け取ろうとした、その時だった。




 (残り、ゼロ)




 ズドォォォォォォンッ!!




 天地を揺るがすような大爆発音と共に、強固な魔力障壁で守られていたはずの祭壇の巨大な観音扉が、紙切れのように吹き飛んだ。




「な、なんだ!?」


「敵襲か!!」




 悲鳴が上がり、舞い散る瓦礫と砂埃の中から、一人の男が悠然と姿を現す。




 金糸のように輝く眩い金髪に、すべてを氷点下に凍りつかせるような冷徹な碧眼。




 至高の太陽にも例えられる強大な神竜のオーラが、彼の全身から立ち昇っている。




 その場にいるだけで呼吸すら困難になるほどの、圧倒的なプレッシャー。




「な、なぜ隣国の『竜帝』陛下が我が国に……!?」




 列席していたこの国の王太子すらも顔を青ざめさせ、その場にいた全員が本能的な恐怖で震え上がり、床に這いつくばった。




 大陸最強の武力と権力を誇る神竜帝国の絶対君主が、なぜ他国の神聖な祭壇に単騎で乗り込んでくるのか。




 だが、己の虚栄心と出世欲で完全に盲目になっている男が一人だけいた。




 蒼紫だ。




「お、おお! 偉大なる竜帝陛下! 私の天才的な偉業の噂を聞きつけ、わざわざ国境を越えて祝賀に駆けつけてくださったのですね!」




 彼はひきつった作り笑いを浮かべながら、這いつくばる貴族たちを掻き分け、竜帝へとすり寄っていく。




「さあ、ご覧ください! これが私が一人で創り上げた――」




 しかし。




 竜帝は蒼紫のことなど、路傍の羽虫すら見るような目も向けず、完全に無視した。




 そのまま蒼紫の横を通り抜け、一直線にある人物の元へと歩みを進める。




 彼の冷たく残酷な碧眼は、祭壇の隅にひっそりと立つただ一人――私だけを、熱を帯びた眼差しで真っ直ぐに捉えていた。




 竜帝は長い脚で迷いなく私の前に立つと、マントを翻し、最も身分の高い者がする最上級の礼をもって、恭しく片膝をついたのだ。




 先ほどの冷徹な覇王の表情が、嘘のように甘く崩れる。




 周囲の誰もが耳を疑うような、優しく、熱に浮かされたような声が響いた。




「ああ……やっと見つけた。私の愛しい運命の人」




 竜帝の大きな手が、私の煤に汚れた手を取る。




「私を置いてどこに行っていたのだ。我が神竜帝国の真の第一皇女にして、唯一の伝説の聖女、星鈴よ。君がいない世界など、私には何の意味もない」




 その瞬間。




 広大な鑑定祭壇は、水を打ったような完全な静寂に包まれた。




「…………は?」




 間抜けな声を出したのは蒼紫だった。




「りゅ、竜帝陛下? 何を血迷っておられるのですか!? その女はただの薄汚い下働きの孤児で、私の奴隷のようなものでして――」


「黙れ、下賤な泥棒が」




 竜帝が鋭く睨みつけた瞬間、見えない刃が蒼紫の頬を切り裂き、鮮血が飛んだ。




「ヒッ……!?」と短い悲鳴を上げ、蒼紫が情けなく尻餅をつく。


「私の命より尊い皇女殿下を愚弄した罪、万死に値するぞ」




 私が竜帝の確かな庇護下に入ったこの瞬間。




 いよいよ、私が仕掛けておいた『第一の罠』が発動する。




 私は意図的に、あの虹色の小瓶へと遠隔で流し続けていた「聖鳥の加護」の魔力供給を、完全に断ち切った。




「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」




 突如、沈黙を破ったのは大神官の絶叫だった。




「なんだこれは!? 霊薬が……霊薬が腐っていく!!」




 全員の視線が祭壇の中央に集まる。




 そこにあったのは、もはや奇跡の霊薬などではなかった。




 虹色に輝いていた液体は、ドス黒い不気味なヘドロへと変貌し、ブクブクと毒々しい泡を立てていた。




 さらには強烈な酸となって小瓶を溶かし、祭壇の神聖な大理石を黒く腐食させながら、眼と鼻を突く猛毒の瘴気を撒き散らし始めたのだ。




「こ、これは『神天の霊薬』などではない! 触れただけで命を落とす、呪われた劇毒だ!! 蒼紫・ランチェスター! 貴様、この神聖な祭壇を汚すつもりか!!」




 高位の神官たちが一斉に青ざめ、蒼紫に非難の声を浴びせる。




「なっ!? ば、馬鹿な! 嘘だ! さっきまで完璧な霊薬だったはずだ!」




 蒼紫の顔から、さぁっと血の気が引いていく。




 傲慢に満ちていた紫の瞳が、今は見苦しいほどのパニックに見開かれていた。




 無理もない。




 あの薬は、超一流の錬金術師であり聖女である私が、常に浄化の魔力を注ぎ込み続けて初めて「霊薬」として安定する、極めて不安定な失敗作なのだから。




 私が手を離せば、一瞬で劇毒の汚泥に変わるよう、初めから計算して調合してあるのだ。




「あ、アタシは知りません! 全部蒼紫様が勝手にやったことですぅ! アタシを巻き込まないで!」




 形勢が逆転したことを悟った麗美が、見苦しく蒼紫から距離を取り、言い訳をわめき散らし始める。




 先ほどまでの愛人ごっこはどこへやら、彼女の保身の早さは滑稽なほどだった。




「ち、違う! 私は悪くない! そうだ、星鈴! お前のせいだ! お前が何か細工をしたのだろう!!」




 追い詰められた蒼紫が、血走った目で私を睨みつける。




 私は竜帝に優しく抱き寄せられたまま、冷ややかな笑みを浮かべて言い放った。




「私が一人で創り上げたものにしておくよ……そう言ったのは、蒼紫様ご自身ではありませんか?」




 蒼紫の息が止まる。




 己のついた見栄と嘘が、完全に自分の退路を断ったことを、ようやく彼は理解したのだった。






***




「貴様自身が『自作だ』と公言したのだ。


今さら私の愛しい皇女のせいにするとは、どこまで下劣な男だ」




 竜帝の氷のような冷酷な声が、蒼紫の醜い反論を無残に切り捨てる。




「……それに、我が神竜帝国の第一皇女を奴隷のごとく扱い、その類まれなる成果を盗み取った罪。これは単なる詐取ではない。我が帝国に対する『明確な宣戦布告』と受け取って相違ないな?」




 その言葉に、この国の王太子をはじめとする高位貴族たちが一斉に悲鳴を上げた。




「お、お待ちください、竜帝陛下! それはその愚か者が単独で行ったこと! 我が国は一切関知しておりません!」




 王太子が蒼紫を指差し、必死に弁明する。




 厳格な階級社会であるこの国において、圧倒的な上位権力に逆らうことは死を意味する。




 ましてや相手は、大陸最強の神竜帝国なのだ。




 竜帝が指を鳴らした瞬間、天が割れた。




 祭壇の吹き飛んだ天井の向こう、上空を覆い尽くすほどの巨大な神竜たちが無数に飛来し、国中を震え上がらせる威圧の咆哮を轟かせた。




「ならば、誠意を見せてもらおうか。私の星鈴が受けた屈辱、その万倍の苦痛をもって贖わせろ」


「ひっ……! お、お許しを! 星鈴、いや、星鈴様! 私が悪かった! 私を助けてくれ! 婚約者だった情があるだろう!?」




 蒼紫が床に額を擦りつけ、鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら私に縋り付こうとする。




 前世で私を見殺しにした傲慢な男の、なんと惨めな末路だろうか。




 私は冷たい目で見下ろした。




「情? あなたが私に与えたのは、毒と絶望だけでしたよ」




 私の静かな一言が、彼への完全な死刑宣告となった。




「衛兵! 蒼紫・ランチェスターとその一族郎党を直ちに捕縛しろ! ランチェスター家は今この瞬間をもって爵位剥奪、国家反逆罪により全員を極刑に処す!」




 王太子の容赦ない号令が響く。




「そ、そんな……私の栄光が、私の出世がぁぁぁぁっ!! 嫌だ、死にたくないぃぃぃっ!」




 絶叫する蒼紫。




 誇り高き血統を笠に着ていた彼の家門は、彼自身の愚行の『連座』により、文字通り根絶やしにされることが確定した。




「お、お待ちくださいませ、竜帝陛下ぁ!」




 そこに這い寄ってきたのは、麗美だった。




 彼女は豊満な胸をやたらと強調し、上目遣いで竜帝の足元にすり寄る。




「アタシはあの男に騙されていただけなんです! 陛下のようなお強い方にお仕えしたくて……アタシ、夜の奉仕なら誰にも負けませんからぁ!」




 彼女なりの最強の武器。




 しかし、竜帝は汚物を見るような目すら向けず、冷酷に言い放った。




「……その下劣な肉の塊を、私の視界に入れるな。不愉快だ」


「えっ」


「その女も同罪だ。地下牢の最下層に放り込め。二度と太陽の光を拝ませるな」


「いやぁぁぁっ! 痛い、離して! アタシは悪くないのにぃぃぃっ!!」




 近衛兵たちに両腕を乱暴に掴まれ、麗美は可憐な面影など一切ないほど顔を歪め、髪を振り乱しながら引きずられていく。




 こうして、私からすべてを奪い、前世で私を殺した二人は、自らの手で作り上げた絶頂の舞台から、最も無惨な地獄の底へと転がり落ちていったのである。






***




 ――それから数日後。




「あーん、してくれ。星鈴」


「もう、陛下ったら。誰も見ていないとはいえ、少しは威厳を保ってくださいませ」




 神竜帝国の広大な皇宮、その一角にある光溢れる空中庭園。




 私は、かつての煤まみれの下働きから一転、本来のプラチナブロンドの髪を美しく結い上げ、最高級のシルクのドレスを身に纏っていた。




 降り注ぐ至高の太陽の光を浴びながら、私は優雅なティータイムを楽しんでいる。




「君の前で威厳など不要だ。それよりも、この口の中の甘い焼き菓子ごと、君を味わいたいのだが?」




 そう言って、美しい金髪の竜帝陛下――私の愛しい人が、背後から私をすっぽりと抱きしめ、首筋に熱いキスを落としてくる。




「んっ……だめですよ、これからまだ錬金術の新しい研究が……」


「研究は後だ。今は、君を愛し尽くすことしか考えられない」




 私を虐げていたあの国は、神竜帝国から莫大な賠償金を課せられ、蒼紫の一族はすでに全員処刑されたと聞く。




 過去の因縁は、すべて綺麗に消え去った。




 甘く囁く陛下の腕の中で、私は極上の紅茶の香りに包まれながら、ふわりと幸せな微笑みを浮かべた。





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