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ZAMAA JULY 2026  作者: 真好
Week 2

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12/16

特許を奪う上司を見限ったら大富豪に溺愛されました。特許違反で破産確定?今さら泣きつかれても遅いです






「君は今日をもってクビだ、クロエ。今までご苦労だったね」




 魔導産業革命の熱気に沸く王都。




 その中心にそびえ立つ『王都魔導技術ギルド』の豪奢な社長室で、ギルド長のロイドは冷酷な声を響かせた。




 ふかふかの最高級革張りソファにふんぞり返る彼の頭には、きっちりと撫でつけられた緑色の髪。




 窓から差し込む西日を反射して、嫌らしくテカテカと光っている。




「……クビ、ですか。正当な理由をお聞かせ願えますか」


「理由? 君が無能だからに決まっているだろう! 我がギルドが推し進める国家プロジェクト『魔導列車』の稼働において、君はただの一度も役に立たなかったじゃないか!」




 私はずり落ちそうになる分厚い眼鏡の位置を直しつつ、静かにため息を呑み込んだ。




 地味な栗色の髪を後ろで無造作にひっつめ、目立たないよう地味でダサい作業着を着込んでいる私。




 ギルドでの扱いは、まさに「取るに足らない雑用係」そのものだ。




「ロイド様の言う通りですぅ……。クロエ先輩、毎日ラボに引きこもってばかりで、全然成果を出せないなんて可哀想……」




 ロイドの腕にベタベタと絡みつきながら、甘ったるい媚びた声を出したのはミアだった。




 蜂蜜色の金髪に、人を騙すような嘘つきの翡翠の瞳。




 彼女は最近、私の「助手」としてギルドに入ってきた新人だ。




 そして、ロイドの新しい婚約者――いや、正確には私から彼を奪った「泥棒猫」である。




 彼女の目には涙が浮かんでいるように見えるが、口元は完全に嘲笑の形に歪んでいる。




「ミア、君はなんて優しくて美しいんだ。こんな無能な女を庇うなんて」


「だってぇ……クロエ先輩、魔導炉の基礎式すら読めないじゃないですかぁ。結局、私が徹夜して代わりに完成させてあげたのにぃ……」


「ああ、知っているとも! 君こそが真の天才錬金術師であり、この国を救う聖女だ。今度の魔導列車ネットワークも、君の素晴らしい才能があってこそ完成したんだからな」




 ロイドはミアの華奢な肩を抱き寄せ、勝ち誇ったように私を見下ろした。




 私は呆れ果てて言葉も出なかった。




 魔導列車を動かすための『高圧縮・魔導炉』。




 それを一から一人で設計し、特許技術である術式を組み込み、血を吐くような思いで夜を徹して稼働状態にまで持っていったのは、他でもないこの私である。




 ミアがやったことといえば、私が書き上げた完璧な仕様書の表紙に、自分の名前をデカデカと上書きしたことだけだ。




「君が開発に関わったと主張している魔導炉の特許だがね」




 ロイドは分厚い羊皮紙の書類を机に乱暴に叩きつけた。




「すべてギルドの所有物として名義変更させてもらった。契約書に『業務中の発明はギルドに帰属する』とあるからね。


 合法的な手続きだよ。


 異論はないな?」


「つまり、私の技術と特許をすべて横取りした上で、私を追放するということですね?」


「人聞きの悪いことを言うな! 君のような地味で無能な女が、この偉大な世紀の発明を管理できるわけがないだろう?」




 ロイドは下卑た笑いを浮かべる。




 自己愛にまみれたその顔は、醜悪そのものだった。




「それに、君との婚約も今日限りで破棄させてもらう。私のような次期国家魔導長官には、天才錬金術師であるミアこそがふさわしい。君のようなカビ臭い女はお払い箱だ」


「そうですよぉ。クロエ先輩みたいな地味で貧乏くさい女より、私のほうがロイド様の隣に相応しいに決まってますぅ」




 二人は私の目の前で、これ見よがしに情熱的な口づけを交わした。




 普通の令嬢なら、ここで絶望して泣き崩れるか、「私の手柄なのに!」と怒り狂うところだろう。




 だが、私の心は驚くほど静かで、ただ冷え切っていた。




「……わかりました」


「お、ようやく自分の無能さと惨めさを認める気になったか?」


「はい。これほど『素晴らしい』ギルドに、私のような存在は不釣り合いですから」




 私は懐から万年筆を取り出し、ロイドが突きつけてきた解雇同意書と、特許譲渡の念書にサラサラとサインをした。




 あまりにも躊躇いのない私の行動に、ロイドは一瞬拍子抜けしたような、間抜けな顔をした。




「なんだ、もっと泣き喚いてすがりついてくるかと思ったが。あっけないものだな。貧乏人はプライドもないのか」


「有能なロイド様の手を煩わせるわけにはいきませんから。では、私はこれで失礼します」


「ああ、二度と我々の前に姿を見せるなよ! 明日はいよいよ魔導列車の開通式だ。王族も列席される。我々は莫大な富と名声を手に入れ、特権階級の仲間入りを果たすんだ。無能な君は、路地裏で泥水をすすりながら指をくわえて見ているんだな!」




 高笑いするロイドと、クスクスと嫌らしく笑うミア。




 私は無表情のまま深く一礼し、社長室を後にした。




 バタン、と重厚な扉が閉まる直前まで、彼らの見苦しい歓喜の声が廊下にまで響いていた。




 (愚かな人たち……)




 私はギルドの裏口から外に出ると、薄暗い路地裏に入った。




 彼らは致命的な事実を知らない。




 魔導炉の基幹システムは、私の『固有魔力波長』と深く結びついている。




 特許書類の束を奪い取ったところで、それはただの紙切れだ。




 私が設定した『管理者権限のセキュリティ・キー』がなければ、魔導炉はただの巨大な鉄くずに過ぎない。




「……ごきげんよう、ロイド様。そして泥棒猫さん」




 私は分厚い眼鏡を外し、地面に投げ捨てて革靴で踏み砕いた。




 目を閉じ、指先で空中に複雑な赤い術式を描く。




「――メインフレーム、アクセス。管理者権限移行……パスワード棄却。全魔導炉、完全凍結シャットダウン




 小さく呟いた瞬間。




 パキンッ! と空間が割れるような微かな音が響き、王都の地下に張り巡らされていた私の魔力パスがすべて切断された。




 これで、魔導炉の特許権益と稼働権限は完全にロックされた。




 明日、彼らがどれだけ魔力を注ごうと、どれだけ優秀な錬金術師を呼ぼうと、魔導列車が動くことは絶対にない。




 動かすには、私という『鍵』が必要なのだから。




「さて……私の技術と尊厳を盗んだ代償、命を懸けてきっちり払ってもらいますからね」




 地味な栗毛を束ねていたゴムを解くと、豊かな髪が滝のように広がった。




 今まで彼らのためにすり減らしてきた時間を、これからは自分のために使おう。




 私は一切の後悔なく、夕闇に染まる王都の裏通りへと軽やかな足取りで消えていった。






***




 翌日。




 王都の中央ターミナル駅は、歴史的な瞬間に立ち会おうとする貴族や大商人、熱狂する群衆で埋め尽くされていた。




 魔導産業革命の象徴、巨大な鋼鉄の怪物『魔導列車』。




 その開通式典の主役として、特設ステージの中央に立つのはロイドとミアの二人だ。




「さあ、見よ! 我がギルドが誇る天才錬金術師、ミアの技術の結晶を! 今ここに、新たな時代の幕が開ける!」




 ロイドが高らかに宣言し、隣で純白のドレスに身を包んだミアが「聖女」のふりをして優雅に微笑む。




 群衆から割れんばかりの拍手が巻き起こり、王族たちも満足そうに頷いていた。




 ロイドは勝ち誇った顔で、列車の起動レバーに手を掛ける。




「起動せよ、高圧縮・魔導炉!」




 ガシャン! と重々しい音を立ててレバーが振り下ろされた。




 ――しかし。




 待てど暮らせど、魔導列車はウンともスンとも言わない。




 通常なら魔力機関が青白い光を放ち、轟音と共に蒸気が噴き出すはずだ。




 だが、列車の巨大な車体は、まるで死した鉄の塊のように冷たく沈黙している。




「な、なんだ? どうした? もう一度だ!」




 焦ったロイドが何度もレバーをガチャガチャと上下させるが、結果は同じ。




 魔力炉には火の粉一つ灯らない。




「お、おい! どうなっているんだミア! 早く魔力を流し込んで再起動させろ!」


「えっ!? あ、あの……私、やり方なんてわかりませんっ! そもそも、この炉の術式、私が書いたものじゃないのに……!」


「バカなことを言うな! 君が完成させたと言ったじゃないか!」




 舞台上での見苦しい言い争いに、歓声は次第にざわめきへと変わっていく。




 式典を見守っていた出資者の大貴族や、莫大な資金を投じた投資家たちの顔から、サーッと血の気が引いていくのが見えた。




「どうなっているんだ!?」「まさか動かないのか!?」「私の投資金はどうなる!?」




 怒号とパニックが連鎖し、華やかな式典会場は一瞬にして修羅場と化した。




 そんな大混乱を、私は会場のVIP専用の上層ラウンジから、優雅にグラスを傾けながら見下ろしていた。




「滑稽なものだな。他人の羽をむしり取って着飾った哀れな鳥が、飛べずに地べたを這いずり回っている」




 低い、だがどこか艶のあるバリトンボイスが響いた。




 私の隣のソファに深々と腰掛けているのは、金糸のようになめらかな金髪と、すべてを見透かすような冷徹な碧眼を持つ美貌の青年。




 大陸全土の流通と経済を裏から支配する大商会の若き最高権力者、ギルドマスターのレオン・ヴァレンタインだ。




 至高の太陽とも称される、絶対的な権力を持つ大富豪である。




「レオン様。あの様、少し可哀想に見えますか?」


「冗談だろう? 君のような国宝級の才能を無能扱いし、あろうことかゴミのように捨てた愚か者どもだ。同情する価値すらない」




 私はクスクスと笑い、シャンパンに口をつけた。




 今の私には、分厚い眼鏡も、薄汚れた作業着もない。




 レオンが用意してくれた、最上級の魔導絹で織られた深紅のドレス。




 美しく結い上げられた艶やかな髪。




 地味な栗毛だと思っていた髪は、光を浴びて琥珀のように輝いている。




「隠された絶世の美女」――彼がそう呼んでくれた真の姿が、今の私だ。




 実は、私がギルドを追放された直後、裏路地で私を待っていたのはこのレオンだった。


 彼は以前から、ギルドが提出する報告書の端々に残された高度な数式と錬金術の痕跡から、私の存在と真の実力に気づいていたのだ。




『俺の元へ来い、クロエ。君の真の価値は俺が一番理解している。あの愚か者どもが君に支払うはずだった報酬の百倍――いや、白紙の小切手を用意しよう。俺の生涯のパートナーとして、俺の隣でその才能を思う存分に振る舞え』




 その時の彼の、情熱的で、それでいて有無を言わせない絶対的なプロポーズ。




 私はそれに応え、今、この特等席で彼と共に「ざまぁ」の瞬間を味わっている。




「さて、クロエ。そろそろ俺たちの出番のようだ。あの愚図どもに、真の『絶望』というものを教えてやろう」


「ええ、レオン様。彼らが盗んだものの代償……きっちりと請求させていただきますわ」




 レオンは私の腰を優しく、だが力強く抱き寄せた。




 眼下の広場では、ロイドが青ざめた顔で「ち、違う! これは何かの間違いだ! クロエだ、あの無能女の呪いに違いない!」と狂ったように叫んでいる。




 己の破滅がすぐそこまで迫っていることも知らずに。




 私たちはラウンジの扉を開け、彼らに引導を渡すべく、ゆっくりと階段を下りていった。






***




 数時間後。




 大商会の最上階に位置する、レオンの豪奢なVIP専用ルーム。




 重厚なマホガニーの扉が乱暴に開かれ、息を切らしたロイドとミアが、商会の屈強な私兵たちに両脇を抱えられ、引きずり込まれてきた。




「クロエ! こんな所にいたのか、探したぞ! いいから今すぐ魔導炉のロックを解除しろ!」




 血走った目で狂乱状態のロイドが叫ぶ。




 きっちり撫でつけられていた緑色の髪はボサボサに乱れ、エリートの面影は微塵もない。




 だが、彼は革張りのソファで優雅に紅茶を飲む私を見て、言葉を失った。




「お前……その姿、どういうことだ……?」




 最高級のドレスを纏い、見違えるほど美しく着飾った私。




 そして、私の肩を抱き寄せるようにして座る、絶対的権力者――レオン・ヴァレンタイン。




「レ、レオン様!? なぜ、至高の太陽ともあろうお方が、そんなどぶネズミと一緒に……!」




 ミアが甲高い悲鳴のような声を上げた。




 その瞬間、部屋の空気が一気に凍りついた。




「どぶネズミとは、随分な口の利き方だな」




 レオンの声は氷点下だった。




 絶対者の怒気にあてられ、ミアは「ひっ」と短い悲鳴を上げて床にへたり込む。




 レオンは指を鳴らし、側近に分厚い書類の束と、黒い魔導石のプレートを持ってこさせた。




「ロイド・王都魔導技術ギルド長。お前がクロエから奪い取った『魔導炉の特許譲渡書』だが、法的に完全に無効だ。


彼女の技術はすでに数ヶ月前、我がヴァレンタイン商会と『独占契約』を結んでいる」


「なっ……!? ば、馬鹿な! そんな話、聞いていないぞ!」


「お前のような無能に報告する義務はない。加えて、これを見ろ」




 ドンッ! と大理石のテーブルに叩きつけられたのは、不正な二重帳簿、投資家から集めた資金の横領を示す秘密契約書、そして海外の隠し口座の暗証番号が記された有責証明書類の数々だった。




「魔導列車の開発資金として集めた金の大半を、お前とこの女の私服を肥やすために着服していたな? 証拠はすべて揃っている」


「ち、違う! それは誤解だ! 私はただ……!」




 言い訳をしようとしたロイドだったが、レオンは冷酷に言い放った。




「言い訳は不要だ。たった今、全投資家への損失補填、ならびに我が商会への違約金として、お前のギルドおよび実家の公爵家が持つ全資産を強制的に差し押さえた」


「な……!? こ、公爵家の資産すべてだと!?」




 ロイドの膝がガクンと折れた。




 彼が身につけていた高級な魔導通信機が一斉に鳴り響き、「口座が凍結された!」「屋敷に差し押さえの手が入ったぞ!」という悲鳴のような報告が次々と飛び込んでくる。




「我が商会と国家に対する巨額の詐欺行為、および特許侵害。被害総額は国家予算の三割に匹敵する。即時破産だ」




 たった数秒。




 レオンの言葉一つで、公爵家レベルの莫大な富と権力が完全に空中分解し、消し飛んだ瞬間だった。




「レ、レオン様ぁ……私、何も知らなくて……全部このロイドが勝手にやったことで、私は騙されていたんですぅ!」




 ミアはボロボロと涙をこぼし、得意の「悲劇のヒロイン」を演じようとした。




 嘘つきの翡翠の瞳で上目遣いをするが、レオンは汚物を見るような目を向けた。




「その不愉快な顔を近づけるな。偽物の聖女に用はない。貴様ら二人には、特別に相応しい仕事を用意してやった」


「し、仕事……?」


「一生涯、魔力枯渇の危険が伴う深層魔石鉱山での強制労働だ。莫大な借金を一リル残らず返すまで、太陽の光を拝めると思うな」


「いやだぁぁぁっ! 泥にまみれるなんて絶対に嫌ぁぁぁっ!」


「クロエ、頼む! 俺が悪かった! お前を愛しているんだ! どうか許してくれ!」




 床に這いつくばり、涙と鼻水にまみれてすがりついてくるロイド。




 昨日までの肥大したプライドはどこへやら、見苦しい自己愛モンスターの末路である。




 私は冷たく彼らを見下ろし、静かに告げた。




「今さら泣きつかれても遅いです。特許違反で破産確定、ご愁傷様。一生かけて罪を償ってください。お元気で、ロイド様」




 私の氷のような一瞥を最後に、絶望のどん底に叩き落とされた二人は、兵士たちに乱暴に引きずられていった。




 断末魔のような叫び声が、廊下の奥へと消えていく。




「見事な引導の渡し方だったよ、俺の愛しい人」


「レオン様のおかげですわ。ふふっ、少しだけスカッとしました」




 騒動が片付いた後。




 VIPルームには、隣国や周辺諸国から急遽駆けつけた大貴族や重鎮たちが押し寄せていた。




「クロエ殿! ぜひ我が国の技術最高顧問に!」「いや、我が領地で魔導研究所のトップとしてお迎えしたい!」




 彼らは口々に私の才能を称賛し、歓迎の意を示した。




 昨日まで無能と蔑まれ、裏方としてこき使われていたことが嘘のような、目まぐるしい変化だ。




 しかし、レオンは彼らを鋭い視線で牽制し、私を隠すように抱き寄せた。




「悪いが、彼女は俺の専属だ。世界のどこであろうと、誰にも渡す気はない」




 そう言うと、レオンは私の体をふわりと抱き上げた。




 力強い腕による、完璧な『お姫様抱っこ』だ。




「きゃっ……レオン様!?」


「さあ、行こうか、俺の可愛い天才。俺たちの『真の魔導列車』が完成した。


君と俺のための、大陸を巡る専用車両だ」




 彼の碧眼は、先ほどまでの冷酷さが嘘のように甘く、私への絶対的な溺愛に満ちていた。




 窓の外には、レオンの莫大な資本と私の真の技術が融合して完成した、黄金に輝く美しい魔導列車が待機している。




 私は彼の温かい胸に顔を埋め、幸福に満ちた笑みを浮かべた。




 自分を偽り、搾取されるだけの日々はもう終わった。




 高らかに響き渡る真の汽笛の音と共に、私は彼に抱かれたまま、光り輝く新たなステージへの旅立ちを迎えたのだった。




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