67:狂乱
初めから予定されていなかった晩餐会が中止になり。変わりにリンと朝食を共にすることとなった。
しかもその場所は来賓の間と言う事だ。あそこは他国からの使者に刺客がいる場合を考慮し色々な仕掛けが用意されている。
当然、他国の定義にこの世界という前提はつかない。
「父上、何かするおつもりなのですか?」
報告を受けている父上に尋ねる。
「さあな、だが、迂闊な事はせぬ。ウィリアムから事情は聞いている」
彼女がここに居ることに対して執着が無いということを言っているのだろう。
しかし、それは裏を返せばいつ居なくなってもおかしくないという事になる。
ローランという名で居心地の良い環境を提供していたとしても、気紛れでいつ何時不意に居なくなってしまうとも限らない。
「想定が正しければ国が滅びます。ご自重をお願いします」
冒険者ギルドで公にされている光魔法と水魔法、それにここに居た時に報告された召喚魔法。
公にしてもかまわない情報がこれと想定するならば、隠している実力はどのようなものなのか?
先にあった学園での闘技大会ではひのきの棒と水魔法だけで精鋭と呼んでもおかしくない騎士達を圧倒したという。
高レベルの槍術も取得しているとの報告であったが、ラムダにいわせれば槍術スキルは一切使っていなく、同じ技量で剣も扱っていたという事だ。つまりスキルによるところではなく単純な技量が相手の騎士達をそれこそ次元の違うレベルで凌駕していたという事になる。英雄になったことで技量が大幅に上がった事と以前一度手合わせした事のあるラムダが言うのだからこちらが正しいのだろう。
ラムダからは先の大戦における報告書で信じられないことも報告されている。
当然公にすることはないし、文書として残す事もなく処分したのだが、それが正しければ国が滅ぶという想定も冗談と流せなくなる。
「国の趨勢を左右する存在ならば確実に手に入れておくか存在を抹消するべきであろう」
「父上!」
思わず声を荒げて顔を見れば。笑っている。
不敵に笑うローランの王。少し窘めるような表情も交じっている事に気付き己の浅慮を恥じる。
全て承知しているのだ。
全て解った上での行動。手綱をつける手段としてローランの名を与える事についても、一介の冒険者にその様な事をしていいのか、王家の名を与えるなど前例のないことと躊躇していたが、父上は何の躊躇いもなく与えてしまった。
判断に迷いが無い。
違う。王として判断を下す。覚悟の違い。
直接会って、話して、判断する。
国を滅ぼしかねない存在に対して、驕り油断があるならば確実に手中に収め屈服させ、手に負えない危険な存在と判断したならばどのような手段をもってしても潰す。
その判断をここでする。
ただの朝食という名目の短い時間の態度や会話で判断する。
王というのは、国を背負うというのはこういう事だと窘められる。
「あ、お早うございます。お待たせしてしまってすみません」
にへら、と笑いながら部屋に入ってくる彼女。
緊張も気負いもなく。ただそこに存在する奇異な存在。
「にゃ!」
ぴょん、たし!
とととと、ぱく!
がつがつがつがつ!
「ちょ、クロ勝手に食べたらダメでしょ!」
「にゃ! がつがつがつがつ!」
「すみませんー。ちょっとクロこっちきなさい」
「にゃにゃにゃ!」
「ふっ」
思わず笑いがこぼれる。
一瞬で全てをぶち壊された感がある。
父上を見れば、笑っている。
その笑いは、どのような意味の笑いかは判断がつかないが、彼女の姿と場の雰囲気を一瞬で書き換えてしまう立ち居振る舞いに対するモノというのは理解できた。
「…………」
無言で父上がカリカリに焼いたベーコンを持ってプラプラさせている。
「ぱくっ」
愛想なくリンのネコがそれをぱくつく。
「これは使い魔であったか、名はなんと言う?」
「はあ、その子はネコで名前はクロです」
「そうか」
従者や諸貴族がこの場に居ればその口の聞き方は何事か! ネコなどに食卓の上を歩かせるなど何事か! となりそうだがそういう者達はいない。
父上の表裏含めた確認を気付いているが堂々とというより気にした風もなく平然と受け流し答えている。
つかみどころが無い。
「にゃ!」
「む、ああ、ベーコンを使った料理を」
父上が給仕に料理の追加を指示する。
話題を変える。
「リン、そういえば君は学園に今の管理迷宮の状態についても調べに行っていたそうだね」
「そうでしたっけ?」
「ウィリアムからそう聞いているよ」
「はあ」
「何かわかったかい?」
「おそらく迷宮が特殊なスキルを吸収した結果だと思います」
「狂乱のスキルだったね」
「はい」
「解決方法はわかったのかい?」
「既にギルドには報告してますが、魔物から狂乱スキルの巻物がドロップか宝物から出れば治まると思います」
「そこまでは聞いている。その先は?」
「ドロップする魔物は突然現れる魔物からだという事です」
「階層に関係なく突然出てくるグレーターデーモンとかという事だね」
「はい」
「他には?」
「それしかわかっていません」
残念そうに肩を竦める仕草が妙に可愛く、思わず微笑んでしまう。
無言でネコと睨み合っていた父上が口を開く。
「先の大戦のようにいつの間にか収束してしまう事はあると思うか?」
「……さあ?」
彼女が曖昧に微笑み。それを父上が面白そうに見つめていた。
--------------------------------------------------------------------




