第75話 脅しの使い途
……とはいうものの、何かこれというアイディアがあるわけじゃない。
こっそり偵察したところ、ギンジーは集落のほぼ中央にある大きめの空き地に囚われていた。
もうちょっとくわしく言うと、空き地に柱が立ててあって、ギンジーはそこに縛りつけられている。
周りには、野次馬。
だんだん少なくはなってきた。
海サハギンたちはギンジーの見物に飽きると、家に戻ったり、海のほうへと向かったりしている。いつまでも遊んではいられない、仕事があるってことか。
ただそれでも、磔ギンジーの周囲には入れかわり立ち替わり誰かしら、しかも一人や二人じゃない、少なくとも十人かそこらの海サハギンがいる。
磔ギンジーのすぐ近くに立っている、頑丈そうな銛を持った屈強な海サハギンはたぶん、見張り番だろう。
ギンジーは野次馬たちや見張り番に何か話しかけたり、しゃべりかけたり、許しを乞うたり、命乞いをしたり、叫んだりわめいたりしていたが、見張り番に猿轡を噛まされておとなしくなった。今はうなだれて、ぴくりともしない。
今すぐどうこうって雰囲気じゃないが、無罪放免とはいかなそうだ。
どうやって救いだす?
強引にやっちまうか。こっちには銃が二挺ある。一発ぶっ放せば、野次馬はびびって逃げ散るだろう。ただ、他の海サハギンとは明らかに体格が違う、あの見張り番はどうか。逃げねーな。あいつだけは排除するしかない。
撃ち殺すことはできる。簡単だ。ドンもいる。なんとかなるだろうが……正直、殺したくはない。俺はべつに海サハギンに恨みがあるわけじゃねーしな。
それに、一人でも殺したら、相手は本気になってこっちをぶち殺しにかかるだろう。言うまでもなく、数は圧倒的に海サハギンのほうが多い。こっちは土地鑑だってないから、そうとう不利だ。今だって、ギンジーが俺たちのことを吐いていたら、かなりやばい状況になってるはずだしな。
そうだ。
ギンジーは俺たちのことを一言も言っていない。
あやしいやつだ、仲間がいるんじゃないか、くらいのことは必ず訊かれているはずだが、ギンジーはうまくはぐらかすか、ごますかしているということだ。
まあ、自分の身だけを考えても、それが最善といえば最善だろう。
やつは陸サハギンだから、おそらくまだああやって拘束されるだけですんでいる。
人間の仲間がいるなんてことが知れたら、間違いなく血祭りに上げられるはずだ。それか、仲間の居場所を吐かせるために、拷問でもされるか。
疑われてはいるのかもな。
こいつはきっと一人じゃない、仲間がいるに違いない。
とはいえ、まさかその仲間が人間だのエルフだのドワーフだのオークだのだとは、海サハギンたちも想像していないだろう。
決行するか。やるとしたら、どのタイミングでやるのか。
昼下がりに、身なりのいい海サハギンが磔ギンジーに近づいていった。子供サハギンの野次馬たちや見張り番がおじぎみたいなことをしたから、偉い海サハギンなのだろう。氏族長。あの母親サハギンの父親かもしれない。
見張り番がギンジーの猿轡をとった。
ここからだと聞こえないが、氏族長はギンジーに銛を突きつけて、何か詰問しているみたいだ。
ギンジーは首を横に振って、必死に否定している。
「……ムムッ」
ハイネマリーが銃を構えようとした。ギンジーが殺されるんじゃないかと思ったのだろう。俺はハイネマリーの銃を手で押さえて止めた。大丈夫だ。まだ殺されはしない。
今は、まだ。
氏族長はギンジーの頬を銛で叩いて、見張り番に何か命じた。
見張り番がギンジーに猿轡をつけなおすと、氏族長は踵を返した。
「キサラギ」
とドンが低い声で言った。
「ああ」
俺は答えて、一度、目をつぶる。
手順、リスク、懸念される事柄について、瞬時に考えをまとめた。
瞼を開ける。
「穏便にすますってわけには、なかなかいかねーだろうけどな。できれば人死には出したくねえ」
「わかっタ」
「了解なのだッ」
「氏族長らしいあの海サハギンの身柄を確保する。やるぞ」
俺とハイネマリーは銃を構え、ドンは剣を一本だけ抜いた。
俺たちは駆けだした。
最初に俺たちに気づいたのは見張り番だった。
でも、遅い。そのときにはもう、俺たちは氏族長に肉薄しようとしていた。
「長……!」
と見張り番が叫んで、こっちに向かってこようとする。
氏族長は先に見張り番のほうを見て、それからこっちに顔を向けた。銃はまだ撃ちたくない。ぎりぎりまで。使わずにすむのなら、それに越したことはない。でかい音がするから、一瞬で騒ぎが大きくなりかねない。
「オッシュ……ッ!」
ドンが氏族長にタックルをぶちかまして、突き倒さずにかつぎあげた。氏族長はその拍子に銛を取り落とした。
「貴様ら……!」
見張り番がドンに銛を突きつけようとした。
俺は銃身でその銛を払って、
「抵抗するんじゃねえ。長がどうなってもいいのか」
「……人間め。なぜ人間が……」
見張り番はあとずさった。
野次馬の子供サハギンたちは静かだ。呆気にとられているらしい。
「ルークヌーだ!」
と氏族長がドンの肩の上で暴れながら怒鳴った。
「シャフィラの様子がおかしいので問い詰めたら、人間にルークヌーの場所を教えたと白状しおった! あの馬鹿娘め……!」
シャフィラ。母親サハギンの名か。俺は口止めしたわけじゃないから、しゃべってもしょうがない。そもそも、何の義理もないのに翡翠濡れ草の在処を教えてくれただけで、大感謝しなきゃならねーわけだしな。
ただ、まずいことになった。
あっちにはミリリュとジャンカルロを向かわせている。氏族長がまだ何も手を打っていなければいいが、それはちょっと楽観的すぎるだろう。
「すでに手の者を使わしておる! ルークヌーは渡さんぞ、人間め……!」
「ダマレ」
ドンが氏族長の身体をぐるんっと回転させて羽交い締めする体勢に持ちこんだ。喉元に剣先を突きつけられて、氏族長はようやく口をつぐんだ。
見張り番はいつでも銛を突きだせそうな低い姿勢だ。
周りの家から女とおぼしき海サハギンが何人か出てきて、悲鳴をあげた。
「ギンジーを解放しろ」
俺が表情を変えずに告げると、見張り番は指示を仰ぐように氏族長を見やった。俺は急かした。
「今すぐだ。早くしろ。言うとおりにしねーとどうなるかは、説明しなくてもわかるな」
「……おのれ!」
見張り番は歯ぎしりをしながらも、ギンジーの縛めを解いた。猿轡はまだ嵌められたままだが、ギンジーはこっちに駆けよってきた。
「ふーうーふーうーっ! うーうーうーふーっ! うーううーうううううーっ!」
「……いや、何言ってっかさっぱりわかんねーよ」
「うーうううーうーっ!」
ギンジーは猿轡を外そうとしている。
「どうするのだ、キサラギ」
と、ハイネマリーが俺に囁きかけた。
ミリリュとジャンカルロが出発したのはだいぶ前だ。もうすり鉢谷に到着していると思いたいところだが、この島の地理に明るいわけじゃないし、隠し場所というくらいだから発見するのに手こずっているかもしれない。
対して、氏族長が差しむけた海サハギンたちはまっすぐ最短距離でそこへ行くことができるはずだ。仮にミリリュとジャンカルロが翡翠濡れ草の採取を終えていたとしても、帰り道でばったり遭遇する可能性もある。
ミリリュはオッパイがあれでも七剣の継嗣だ。そうとうな手練れだし、相手が何人でもむざむざと後れをとることはないだろうが……不意打ちを食らったら、どんなに強くても圧倒的に不利になる。
「いったんすり鉢谷に向かう」
俺は見張り番に銃口を向けた。
「俺たちを追うな。誰にも追わせるな。わかったか」
「長を放せ!」
返事の代わりにそんなことを言った見張り番に、苛立ちはしなかった。見張り番は正しい。こんなときはとにかく引きのばして、時間稼ぎをするのが一番だ。その手に乗ってやるわけにはいかねーけどな。
俺はハイネマリーとドンに目配せをして、まだ猿轡を外せていないギンジーの尻を蹴飛ばした。
「行くぞ」
「う、うふううっ!?」
「……どのみち、逃げられはせんぞ!」
憎々しげにそう叫んだ長を、ドンはまた肩にかつぎあげた。
俺たちは走りだした。
見張り番が追いかけてくる。ここだな。撃つなら今だ。俺は引き金を引いた。
空をつんざく銃声が響き渡る。
狙いは……外した。
わざとだ。
弾を食らったわけでもないのに、見張り番はひっくり返った。腰を抜かしている。
「次は当てるぞ」
言い捨てて、俺は脚を動かしながら次弾を装填した。頼むから、追いかけてくるんじゃねーぞ。まあ、願おうが祈ろうが無駄だろうけどな。こっちは氏族長を人質にとっている。放っておくわけがない。脅しだけでどこまでいけるか。さあな。いけるとこまでいくしかねーだろ。
そのあとのことは、そのあとだ。
感想、評価、レビューなどいただけますと、励みになります。




