第74話 疫病神
ルークヌーは三角山の少し北東にあるすり鉢谷の洞穴でひっそりと栽培されているらしい。涙の島の中には他にもルークヌーの隠し菜園的なものがあるみたいだが、母親サハギンが知っているのはその一箇所だけだという。
なんでも、涙の島の海サハギンはルークヌーの効能なんか信じていない。なぜなら、この島に移住してきた際、見つけたルークヌーを片っ端から食べて、何も起こらなかったからだ。
こうしてルークヌーはいったん絶滅しかけたのだが、その手前でこれを保護しようという話が持ちあがった。
サハギンの間で「ルークヌーの伝説」はなかなか根強いものがある。あくまで伝説だから、不老不死の霊薬なんかじゃないよね、とみんな薄々思っていながらも、いやでもひょっとすると、とか、たくさん食べれば寿命のびるくらいはあるんじゃね、といった考えを抱いているサハギンは少なくない。
使える、と涙の島の海サハギンたちは考えたのだ。
たとえば、他のサハギンと交易するときの手土産にする。いやーこれがアレなんすよ、噂のルークヌー。まあ、一つ試してみてくださいよ、なんか身体にいい感じとかするんで。みたいに、ちょっと渡せば盛りあがって取引が円滑に進む。中には、こっそり分けてくれないか、と耳打ちしてくるやつもいたりする。
そんなわけで、ルークヌーは氏族長たちが管理することになった。
涙の島にはもともとゲルハザ、ボアンカ、ツァナ、三つの氏族の海サハギンが移り住んできたのだが、人口の増加に従って分家し、現在は十七まで氏族が増えている。あの母親サハギンの父親は、ウェイフというまだ新しい氏族の氏族長だ。
ルークヌーは氏族長とその一族のがひそかに育てる。それ以外の海サハギンは、ふだんはルークヌーを目にすることもない。
今となってはルークヌー自体の有用性より、ルークヌーを管理できるという特権によって氏族長が権威づけされる、その機能のほうがむしろ重要なのだろう。
ルークヌーは、少なくとも海サハギンにとっては、ただの光る草でしかない。母親サハギンは氏族長の娘として、ルークヌーの秘密を守らなければならない立場だが、どこかで馬鹿馬鹿しさも感じていたのかもしれない。
とにかく、ルークヌー、翡翠濡れ草の在処はわかった。とくに警備されていたりするわけでもないという話だし、当然、海サハギンが寄りつかない場所らしいから、とってくるのは簡単だ。
日暮れまでにすり鉢谷に行って、翡翠濡れ草を確保し、ジャンカルロの船まで戻る。夜がきたら、船に乗って涙の島を離れる。
どう考えても難しくない。
それだけなら。
「二手に分かれねーとな」
俺はミリリュとハイネマリー、ドンとジャンカルロをざっと見まわした。
「一組は翡翠濡れ草をとりに行く。そして、もう一組は」
「おいおい」
ジャンカルロが、ハッ、と短く笑って両手をあげてみせた。
「とうてい叶いそうになかった望みに手が届くところまできたってのに、わざわざ厄介事に首を突っこむつもりか? 悪いことは言わねえ。考えなおせよ」
「心配するな、オッサン」
俺はジャンカルロの肩をぽんと叩いた。
「あんたには、ミリリュと一緒に翡翠濡れ草をとりに行ってもらう」
「お、お待ちください……!」
ミリリュが即座に食ってかかってきた。
「わたくしは、キサラギ様のおそばを離れるつもりは……!」
「いや、おまえに任せる」
俺はミリリュの頬をさわった。
「事細かに理由を話さねーとだめか? 俺の判断を信じるのか信じねーのか、どっちか選べ」
「……ずるいです」
ミリリュはうつむいて、俺の手に自分の手を重ねた。頬が熱い。顔が真っ赤だ。
「答えなんて……決まっているではありませんか。わたくしは、何があろうとキサラギ様を信じます。かしこまりました。必ずや翡翠濡れ草をとって参ります」
「ヌヌヌ……ッ」
ハイネマリーはなぜか知らないがミリリュを睨みつけている。
「だがッ、ハイネマリーはキサラギと一緒に行けるのだからなッ。フッフフフーンッ。すなわち、ハイネマリーのほうが役に立つということなのだッ」
ミリリュはニコッと笑って、
「せいぜいキサラギ様の足を引っぱるようなことがないよう、充分お気を付けくださいましね?」
「だッ、誰が足など引っぱるものかッ。エルフの分際で、生意気な……ッ」
「ドン」
俺はドンの胸をパンチした。
「すまねーが、つきあってくれ」
「ムロンだ」
ドンはニヤリとした。こいつがいてくれりゃあなんとかなるんじゃねーかと思わせる。頼もしい男だ。
「まあ、そういうことなら好きにすりゃあいいがね」
ジャンカルロは無精髭だらけの顔をしかめた。
「で? 俺はそのエルフの嬢ちゃんと一緒に翡翠濡れ草をとってきたら、船で待ってりゃいいのか? いつまで待てばいい。こっちはまず大丈夫でも、そっちはくたばっちまうかもしれねえわけだしな」
「明日の夜明け前までだ」
俺は空を指さした。
「こっちも、それまでには片をつける。ちんたらやってたら間に合わねーからな」
ジャンカルロは肩をすくめて、フンッ、と鼻を鳴らした。
「とんだ物好きだな、キサラギ」
「あんたもだろ、ジャンカルロ」
「おれのは単なる時間潰しだ。何しろ、船は持ってても、おれに雇われる船員なんぞいねえ。一人じゃあ外洋には出られねえからな。赤の大陸はもちろん、珊瑚列島にも、エメラルド諸島にも行けねえんじゃあ、稼げやしねえ。親の遺産で食ってはいけるが、酒を飲むくらいしかやることがねえから、正直、暇で暇でしょうがねえのさ」
ジャンカルロは俺に背を向けて歩きだした。
ミリリュが俺に一礼して、ジャンカルロを追いかける。
「ああ、そうだ」
と、ジャンカルロが足を止めた。
「まだおれの二つ名を教えてなかったな。死神ってんだ。かっこいいだろ」
「……死神」
ハイネマリーが眉をひそめた。
ジャンカルロは顔だけ振り返らせて、
「どうも、俺とつるんだやつはこの世とおさらばしたくなるみたいでな。どいつもこいつもさっさと死んじまう。おかげで誰もおれと関わりたがらねえ。べつにおれのせいじゃねえってのに、ひでえ話だ。まあ、今のところは大丈夫みたいだが……てめえも気をつけろよ、キサラギ」
そう言いながらジャンカルロは薄ら笑いを浮かべていたが、冗談や脅しのたぐいだとは思わなかった。おそらく、本当だ。
ジャンカルロは行ってしまった。
ミリリュは何度も振り返って、見えなくなるまで俺たちを気にしていた。
「死神、か」
ドンが腕組みをして、鼻を鳴らした。
「オレ、戦いで生きる、戦いで死ぬ。覚悟、している。心配ない、キサラギ」
「バーカ。死なせるかよ」
俺は唇の端をつりあげた。
「あいつも、おまえも、誰も死なせたりしねえ。俺を誰だと思ってやがる。大英雄キサラギ様だぞ」
「おうッ」
ハイネマリーは両足を踏んばって、拳を振りあげた。
「たとえ何があろうと、ハイネマリーは死なぬ。ドワーフの身体には血のかわりに熱した鉄が流れている。とってもしぶといのだッ」
俺はハイネマリーの頭を撫でた。ハイネマリーは目を細めて、
「うほおおおうッ!?」
と変な声を出した。
ジャンカルロ。よくわからねーが、いろいろあったらしいな。自分と他人との間に線を引いて、斜に構えているようなあの態度はそのせいか。
自分と関わった人間が死ぬ。ばたばたと死んでゆく。
どんな気分だろう。想像はできる。でも、わかる、とは言えない。
わかってやる必要もない。俺はジャンカルロじゃないし、ジャンカルロになることもできないからだ。
俺にできることは、俺でいる、ただそれだけでしかない。
ジンクスか何か知らねーけどな。俺には当てはまらねーってことを教えてやる。そうすりゃあ、ジャンカルロ、何のかの言って俺に手を貸したお人好しめ。おまえの目も覚めるだろ。
「これで余計に死なせるわけにはいかなくなったな」
俺は低く呟いた。
あの間の抜けたクソ馬鹿野郎。
たわけたことしやがって。
おかげで、翡翠濡れ草の場所がわかった。
「よし」
俺はハイネマリー、ドンと顔を見あわせて、うなずいた。
「ギンジーの馬鹿を助けるぞ」
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