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大英雄が無職で何が悪い  作者: 十文字青
sacrifice for liberty編
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第63話 土下座マン



 陸サハギンのギンジー当年とって二十一歳には両親と姉が二人、妹も二人いて、父親は網元……まあ、漁師たちの親方みたいなものか、で、母親は亭主を支え、姉一人は父親の部下の腕がいい漁師に嫁いでいる。ギンジー曰く、父親の跡はこの姉の旦那が継ぐことになりそうなんだとか。


 もう一人の二番目の姉は二十三歳だが結婚する様子はないどころか彼氏もおらず、それはおそらく、弟のギンジーが言うのもなんだが器量はいいので、性格がきつすぎるせいに違いない、らしい。


 今年十七歳になる上の妹もかなり口うるさくて、ギンジーはいつも虐待されているのだという。


 末っ子の妹はまだ十歳でこの子はギンジーにもやさしいのだが、さすがに末っ子に庇ってもらうわけにもいかないので、ギンジーは家ではできるだけおとなしくしている。


 座右の銘はずばり、「嵐は去る」。


 有力な網元の息子なのに幼いころから近所の連中にいじめられ、生きた魚が怖くて漁は嫌いで、他には何の取り柄もないが、忍耐力には自信があるらしい。


「ようするに、僕はいやなんです。村にいるのが。あ、この鏡湖の周辺には僕ら陸サハギンの村が四つあって、といっても隣接してるんですけど、僕の村はチャダっていうんですが、まあ、隣の村も庭みたいなものですから、僕が言った村っていうのは、ようするにこの鏡湖周辺の村四つぜんぶひっくるめて、村って表現してるわけなんですけど、とにかく、僕、向かないんです。陸サハギンの暮らしが。なんか違うんですよね。違うなあって感じつづけてきたんです。違和感っていうか。そういうのがずっとつきまとってて。もしかして、僕、陸サハギンじゃないのかなって。少なくとも、あの両親の子供ではないと思うんですよね。どう考えても違うと思うんです。似てませんし。姉たちも妹たちも、父とか母とか祖父とか祖母とかにどこかしら似てるんですよね。僕はそうじゃないんです。鬼子っていうんですかね。まあ、うちは代々網元で、僕みたいな男が生まれるなんて、そもそもおかしいんですよね。なんていうかこう、人間とかエルフとかドワーフのあなたたちに言っても理解してもらえるかどうかわかりませんけど、サハギン気質っていうのがあって。ようするに、頑固で石頭で融通がきかない感じなんですけど。てこでも動かないみたいな。よく言えば一途、一徹ってことになると思うんですけど、僕らが旧態依然としてるのはそのせいなんですよね、きっと。で、うちの家系なんかはモロそれで、誰も彼もそんなふうなんです。父親なんかもうひどくて。僕はそれがだめなんですよね。新し物好きだし。好奇心旺盛ですし。でも、新しい物なんてないわけですよ、村には。そりゃそうですよね。そういうのを否定して拒否するのが典型的なサハギン気質なわけですから。僕は我慢ならないんですよ。なんでそうなのかなって思うわけです。けっこうみんな、我慢してるんじゃないかな、とくに若いやつらなんて、年寄りに頭を押さえられてるから、いやいやしょうがなく従ってるんじゃないかなと思ってたんですけどね。ところが、そうでもないんです。どうも、老若男女、ほとんどみんな、好きこのんでそういう暮らしをしてるみたいで。そのことに気づいた瞬間、ああこれは無理かもなって思いましたよね、やっぱりそこは。村では人が死ぬと鏡湖に遺体を沈めるんですけど、そうして魚たちの餌にするっていうのが昔からの風習で、そのへんから僕らは死ぬことを魚の骨になるっていう言い方をするようになったみたいなんです。骨になるのは自分たちなんですけどね。そういうのも、僕は耐えられなくて。正直、なんでみんな平気なのかなって。だって、気持ち悪いじゃないですか。人肉を食った魚を人が食べて死んだ人の肉を魚が食べるんですよ。きもいですよ。ほんと。まあ、僕も魚は食べますけど。主食ですから、しょうがないですよね。だけどそんなに好きなわけじゃないっていうか。僕はけっこう茸とか好きなんですよね。水草より、陸の草のほうが好きだったりしますし。あ、なんかごめんなさい、自分のことばっかりしゃべっちゃって」


 ……長ぇーよ。


 と思ったが、言うのも億劫だ。


 ギンジーはまったく抵抗するそぶりを見せなかったし、話も通じそうだったが、あっさり解放するわけにもいかないので、とりあえずイチカとモモヒナ、ハイネマリー、テムジンがいる場所まで連れてゆくことにした……のがそもそも間違いといえば間違いだったのか。


 陸サハギンについてちょっと尋ねたら、しゃべる、しゃべる。まったく訊いていないことまでしゃべりまくる。しゃべり倒す。いったいこいつはどうなってやがるんだと魚頭の中身を調べてみたくなるくらい、えんえんしゃべりつづける。


 おかげで俺は、十年来の友だちみたいにギンジーの身の上や性格を把握してしまった。まあ、田舎の閉鎖社会にたまにいる、枠に嵌まりきれない半端者的なあれか。家が貧乏なら、嵌まりきれなかろうが何だろうが身を粉にして働かざるをえないだろうが、幸か不幸かギンジーの父親は網元だ。ここでは名家なのだろうし、裕福なのだろう。それで、ギンジーは働かなくても衣食住に困らない。だから日がな一日、愚にもつかないことをぐだぐだ考えつづけて、余計に「村」という現実的な枠からはみ出していく。


 思考はときに毒だ。

 とりわけ、地に足がついていない馬鹿がああでもないこうでもないと考えたところで、ろくなことにならない。

 馬鹿は考えるより、地べたにしっかり足をつけて歩いたほうがいい。


 先に道があって、そこを歩けばいいなんて幻想だ。もともと道なんかどこにもない。何もないところを誰かが歩いて、そこが道になる。方向なんてどうでもいい、まずは歩かないと何も始まらない。


 ギンジーが、歩くことをしないでひたすらうじうじ、悶々と考えつづけてきた愚かな陸サハギンだということはわかった。


 べつに、わかりたくもなかったけどな。


 ……それはいいんだが、いや、いいのか? よくわからねーんだが……眠い。青臭い馬鹿のくどくどしい話は効果抜群の睡眠導入剤だ。


 おかげで、イチカが寝ついてくれた。それはまあ、少しだけ感謝してやってもいい。


 モモヒナもハイネマリーもすやすや眠っている。


 俺のそばにいて警護役を自任しているはずのミリリュでさえ、こっくりこっくり船を漕いでいる始末だ。


 俺はあくびを噛み殺して、

「まあ、わかった。陸サハギンのことは……っつーより、おまえのことが、だけどな」


「す、すみませんっ」

 ギンジーは土下座した。

「ふだん、僕の話なんか誰も聞いてくれないので、ついっ。話を聞いてくれないっていうか、話し相手がそもそもいないんですけど……友だち、一人もいないので……」

「一人もかよ」

「あ、はい。会話するのは、家族くらい……かな? でも、父と母は僕のこと無視してますし、姉と上の妹には一方的に罵られるだけなんで、末っ子の妹とくらいしか……同年代の人たちは、みんなそれぞれ働いてますし……漁師が多いんですけど、あと、養殖関係とか、職人とか、いろいろ」

「そりゃ孤立もするだろうな」

「……そうなんですよね。よくないなって、思ってます。このままじゃだめだよなって。わかってるんですけど、今さらっていうのもあって……漁師はやっぱり無理だと思うんですけど、職人みたいな、何か一つのことに没頭するのは悪くないかな、とか。でも、僕を弟子にしてくれるような人なんて、いないんじゃないかと……」

「俺が師匠だったら、おまえは弟子にしねえ」

「……です、よね。はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……だめだなあ、僕……お先真っ暗だ……生きてけないよなあ……もう魚の骨になったほうがいいのかなあ……」

「思ってねーだろ、そんなこと」

「え」

「死にたいとか。思ってねーから、そんな簡単に口に出すんだろ」

「……そ、そんなことは……これでも一応、真剣に悩んで……」


「ギンジー」

 俺はちょっといらついている。ギンジーのくだらない話に飽き飽きしているし、それに、眠いせいだ。

「どっちか、はっきりさせろ。何もしたくなくて悩んでるのか。それとも、何かしたくて悩んでるのか。立ち止またままうだうだしてるのが結局は楽だからずっとそうしてたいっつーのがおまえの本音なら、ぐじゃぐじゃ物を考えたり愚痴こぼしたりしねーで、誰が何と言おうと図々しく親がくたばるまで脛を囓りまくって、おもしろおかしく暮らせ。それはそれで一つの生き方だろ。何かやりたい、踏みだしたいっつーなら、そのクソ悪い頭を無駄に働かせるより身体を動かせ。村が気に入らねーんなら、出ていきゃあいい。行きたいとこがあるなら行け。心当たりがねーんなら、自分の足で探せ。おまえが踏んでやがる地面はどこまでも繋がってる。歩きつづければ、どこかにたどりつく。何もできねーなんてことはねえ。何もしてねーだけだ。履き違えるな」


 ギンジーは魚の目を見開いて、俺の話にじっと身を傾けていた。


 ややあって、

「……そうですよね」

 と言った。

「そう……なんですよね。僕、何もできない、八方塞がりだ、みたいに思ってたけど……違うんですよね。ようするに、何もしたくなかっただけなんですよね。何かするのは、怖いから。できないんじゃなくて、怖がってただけなんですよね。本当は、外に出たいって……村を飛びだしたいって、何度も何度も思ったんですけど、そんな陸サハギンは一人もいないし。ごくごくたまーに、海サハギンがやってきて、こっちでしかとれないものと、あっちでしかとれないものを交換したりとか。それくらいなんです。外とのやりとりって。人間だけじゃなくて、エルフも、他の種族も、僕らの村にはまず近づいてこないですし。なんか、僕ら、やばい連中みたいに思われてるようで。そんなことないんですけど。でも、それが僕らの戦略だったわけですけど。あ、だけど、余所者がこんなに村の近くにいるところを見つかったら、危険かもしれないです。なんていか、僕みたいなのが言うと信じられないかもしれないですけど、サハギンはやるときはやるので。戦うってなると、徹底的にやるんです。戦いの訓練は、みんな受けてますし。年に一回行われる祭では、男衆全員が三組に分かれて喧嘩するんですよね。銛の穂先は外しますけど、実戦さながらなんです。それで、けっこう魚の骨になっちゃうんですよ。でも、祭で魚の骨になった人は讃えられたりして。そういうのも、僕はついてけないんですけど」

「……ここはどの程度危険なんだ」

「ええと……それなりに?」

「すぐに離れねーとまずいか……」

「できれば、そうしたほうが」

「おい、ミリリュ、起きろ」

 俺はミリリュを揺り起こして、モモヒナとハイネマリーを叩き起こすように指示を出した。イチカ。せっかく眠ってるっつーのに。くそ。


 俺は低く口笛を吹いてテムジンを呼びよせ、馬首を撫でながらギンジーを振り返った。

「忠告には感謝してやる。おまえは好きにしろ」

「……僕のこと、魚の骨にしないんですか?」

「殺すような話の流れじゃなかっただろ」

「で、でも、てっきり、用が済んだら始末されるのかと……」

「おまえを殺して何になる。無駄なことはしねー主義だ。まあ、これも縁だしな。おまえのことは覚えといてやるから、せいぜい達者で暮らせ」

「は、はいっ」

 ギンジーはすぐに首を振って、

「いいえ!」

「……あ?」

「お願いです!」


 ギンジーはまた土下座をした。


 しかし、ずいぶんとまあ堂に入っている。


 さてはこいつ、土下座し慣れやがるな。


「あなたたちは、旅の途中なんですよね!? 僕、いきなりですけど、決めました! 村を出ることにします! どうか一緒に連れてってください! お願いします……!」

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