第64話 目的地
暗い夜だというのに、俺たちは鏡湖の周辺にある陸サハギンの村々を迂回して東へと向かった。
勝手知ったるギンジーが先導してくれたので、陸サハギンに出くわすこともなく、日が昇るころには鏡湖を離れることができて、よかったことはよかった……んだが。
「いやあ、何事もなくてほっとしました。ほんとに。一時はどうなることかと。まあでもよかったです。僕も役目を果たせたかなって思いますし。やっぱりキサラギさんの一座に加えてもらったからには、それなりの働きっていうか活躍っていうか、しなきゃまずいと思いますから。タダ飯食らいはもう卒業です。心を入れかえて、バシッといきます。バシッと。そのスタートとしては悪くなかったんじゃないかなって。なんかこんなこと言うと自画自賛みたいであれなんですけど。でも下とか後ろばっかり向いててもしょうがないですよね。前を向かないと。前、前、ですよね。せっかくなんで、前進しないと。いい機会かなって思うんです。いあや、それにしてもよかった。病気のイチカさんにも、そんなに無理させずにすんだみたいですし」
「おい」
「はい?」
「長え」
「えっ!?」
「話だ。おまえの話」
「……そうですか?」
「そうですか、じゃねえ。明らかに長え。長すぎる。いっぺんしゃべりだしたら止まらねーその癖はなんとかしろ。放りだすぞ」
「ええっ、そ、それは困ります! 僕の村のそばから離れたことがありませんし、右も左もわからないので一人になんかなったらとてもとても」
「だから、長ぇーんだよ。俺はおまえに、長々としゃべる癖を直せって言った。はいかいいえか、返事はそのどっちかでいい」
「は、はい! でも」
「これ以上、俺に忍耐を強いるような真似しやがったら問答無用で追放な」
「……りょ、了解しました」
ギンジーは手で自分の口をふさいだ。
しばらくそうしてろ。
まあ、いつまでもつかって感じだけどな。
テムジンの鞍に据えつけた寝台に身を横たえているイチカは、熱と痛みで眠るに眠れないながらも目をつぶって静かにしているが……めずらしくグッタリしているモモヒナにしろ、同じように疲れ顔のハイネマリーにしろ、いやそうな表情を浮かべているミリリュにしろ、ギンジーの度を超えた饒舌具合に閉口していることは明らかだ。
ギンジーに同行を認めたのは間違いだったか。
ただ、陸サハギンのテリトリーを安全に抜けるためには、ギンジーがいてくれたほうが好都合だ。ギンジー自身、イチカ絡みの事情を理解したうえで案内役を買って出てくれたし、自らが言ったとおりその役目はちゃんと果たした。まだごくごく短い間だが、一緒に行動してみて、意外と気がつくやつだということもわかった。
それに、種族が人間でもエルフでもドワーフでもなくて、陸サハギンというのもポイントが高い。
だって、おもしれーだろ。
エルフともドワーフとも友だちになったが、陸サハギンは初だ。どうも他の種族と気安くつきあうような連中じゃないようだから、このチャンスを逃したら仲よくなれないかもしれない。見逃せねーよな、やっぱ。
問題は、ギンジーがよくしゃべる、いや、あまりにもしゃべりすぎることだ。
たぶんもともとおしゃべり野郎なんだろうが、縮こまって親の臑をかじっていた間に話し相手もろくすっぽいなくてたまっていたストレスが、今、一気に爆発しちまってるんだろうな。放っておいても、そのうち落ちつく……か? どうだかな。微妙なところだ。
「あの、ところで」
ギンジがまた口を開きやがったので、俺はギロッと睨みつけてやった。
「何だ。短くすませろよ」
「は、はい。気をつけます。いや、気をつけるんじゃなくて、短くすませます。最善を尽くして……」
「もう長ぇーよ」
「あっ、ご、ごめんなさい! あーだめだな、僕ってやつはもう、これだから……ああっ、そうじゃなくて、質問ですよね、手短に、短くいきます、ズバリ訊きますね」
「……前置きが長え」
「うっ」
「仕種がうぜえ」
「なっ……」
「存在が邪魔くせえ」
「あぐっ」
「一回消えてみろ」
「きっ、消え……」
ギンジーはきょろきょろしてから、くるっとその場で一回転して、
「えいっ。どうだっ。消え……られるわけないじゃないですかぁっ! 不可能ですよ、消えるなんて!」
「質問はどうした」
「はっ。そ、そうです、質問があったんでした、ええと……何を質問したかったのか、忘れちゃったじゃないですかぁっ!」
「逆ギレしてんじゃねーよ」
「すみません……」
「わかりゃいい」
「あ、思いだしました、質問。キサラギさんたちは、そもそもどこへ行かれるつもりなんですか……?」
「村から出たことのねー陸サハギンのおまえに言って、わかるのか」
「バッ、バカにしないでくださいっ。僕、外に憧れていたぶん、外に関する情報には敏感だったんです。といっても、どれもこれも伝聞や言い伝えなので、正確性には疑問がありますけど……」
「そういえば……」
ハイネマリーがぼんやりした目をぱちぱちさせた。
「どこに行くのか、聞いていないような気がするのだ」
「むゅえ?」
と、モモヒナが小首をかしげて人差し指をくわえた。
ミリリュはにこっと笑って、
「わたくしは、キサラギ様が行かれるのでしたら、どこでもかまいませんので」
「ええええっ」
ギンジーは魚の目を飛びださせた。
「僕だけじゃなくて、皆さんもご存じないんですか!? そ、それって……」
「べつに」
俺は、ヘッ、と鼻を鳴らして、
「この俺が進む道なんだ。俺だけ知ってりゃいいだろ」
「……そういうものですかね。で、でも、気になりますよ、僕は」
「そうか。じゃあ、気にしてろ」
「そんなあぁっ」
「うっせーやつだな」
「あっ、ごめんなさい! い、いや、ですけど……」
ギンジーはイチカのほうをチラチラ見て、
「状況が状況ですし、目的地くらいはせめて……」
「いったいどこにたどりつくんだろうって思いながら、胸をわくわくさせとけ。そのほうが楽しいだろ」
「だ、だけど、キサラギさんは知ってるわけですよね?」
「当然だ」
「それじゃ、キサラギさんはどこにたどりつくんだろうって思いながら胸をわくわくさせることはできないわけですよね……?」
「俺は少しずつそこに近づいてるっつー実感で胸がわくわくしてるから心配するな」
「……あんまりそうは見えないですよね。あっ、いえっ、僕は陸サハギンで、キサラギさんは人間族で、僕には人間族の感情表現がよくわかっているわけじゃないので、なんとなくなんですけど……」
「言われてみれば」
ハイネマリーが、うんうん、とうなずいた。
「キサラギはそれほど感情を表に出さないような気がするぞ」
「んー」
モモヒナは片方のほっぺたをふくらまして、
「そうかにゃー。きさらぎっちょんも、ぴゃーって喜んだり、しゅおーんって悲しんだり、してると思うけどなー」
「目は口ほどにものを言う、と申します」
ミリリュはでっけーオッパイに組みあわせた両手を埋めこんだ。
「キサラギ様が感じられていること、思われていることは、その目の輝きから察せられるのではないかと」
ギンジーはうなだれた。
「……人間って、難しいんですね。不安になってきちゃいました。だって、これから向かう先には、僕みたいな陸サハギンなんていないですよね。まあ、ようするにそこなんですけど。僕みたいな陸サハギンが、人間の社会でうまくやれるのかなって。どうしても、考えちゃって」
「また始まるのかよ、おまえの独演会。勘弁してくれ」
「うっ! こ、ここまでにします!」
「そうしろ」
夜、ろくに休まず歩いたので、俺たちは朝の早い時間に長めの休憩をとった。ただ、こんな時間帯にぐっすり眠ったら眠ったで、身体のリズムが壊れる。だいぶ旅慣れてきた俺は、一定のペースを守って行動するのが一番効率がいいと知っているので、昼前には出発した。日暮れまで歩いて、野営。夜は睡眠をとって、基本的には太陽を道連れにして歩く。
俺は急ぎすぎないで、可能なかぎり急いだ。
計算によればあと半日歩けば目的地に到着するだろうという丘陵地帯まできたら、白っぽい石で舗装されている道が一本のびていた。この白き道、ホワイトロードを北西に進めば、不死の王に滅ぼされた旧ナナンカ王国や旧イシュマル王国に至るはずだ。
で、その逆、ホワイトロードを東南に進めば、目指す場所がある。
ここまできてしまったらもう慎重になる必要はない。
俺は足を速めた。
イチカをのせたテムジンとモモヒナたちも早足になった。
しかし、道があるとこんなに歩きやすいのか。はかどるなんてものじゃない。聞いたところでは、このホワイトロードはなかなか古い。ナナンカ、イシュマルといった人間族の王国が、今も命脈を保っているアラバキア王国とともに威勢をふるい、互いに争いながらも繁栄をきわめていた数百年前に、何十年もかけて整備された道なんだとか。さすがにだいぶ傷んではいるが、ある程度は補修されてもいるようで、完全に実用レベルだ。
すなわちそれは、この先にある街と、旧ナナンカ王国領、旧イシュマル王国領との間を、ホワイトロードを使って行き来している者が相当数いる、ということを意味している。
旧ナナンカ王国領は、オークたちの領土。
旧イシュマル王国領は、不死族の根拠地だ。
どういうこともこういうこともない。
そういうことだ。
俺たちはそういう街に行こうとしている。
いくつもの丘を越えると、とうとう見えてきた。
海だ。
闇に染まりつつある濃い藍色の海が果てまで広がっている。
東に向かって突きだした鉤型の岬にびっしりと立ちならぶ建物は、夕陽に照らされて橙色に輝いていた。
建物群の手前には、岬を外海から隔離するように高い壁がそびえている。壁を越えないと、海から以外、あの街に立ち入ることはできなさそうだ。
岬自体が鉤みたいな形をしているのに加えて、防波堤が築かれている。港だ。それも、かなり大規模な。大小無数の船が停泊している。
「自由都市ヴェーレ」
俺は、鉤の先端にあたる部分にそそり立っている、その街……いや、その都市国家の象徴だという、大灯台を指さした。
大灯台にはもう明かりがともっている。
「あれが俺たちの目的地だ」
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