第65話 ヴェーレ
自由都市ヴェーレの海神門は午後七時半に閉ざされ、午前六時半に開けられる。
俺たちが海神門をくぐってヴェーレ入りしたのは閉門間際ぎりぎりの時間で、もうちょっと遅れていたら朝まで外で待たないといけないところだった。
「いやあ、よかった。よかったです! 間に合ってよかった! あ、大丈夫です、もうこれ以上はしゃべらないので!」
ギンジーは、アハハハッ、と笑った。
テンション高ぇーな。
そのせいで気づいてねーのか。
俺たちは海神門からまっすぐのびる名称不詳のメインストリートを歩いている。人通りは多い。歩行者だけじゃなくて、馬も、馬車も、すごい数だ。ごった返しているといっても過言じゃない。
モモヒナもミリリュもハイネマリーも物珍しそうにきょろきょろしている。
まあ、そりゃそうだろうな。
それくらい俺たちにとっては珍しいものがたくさんある……いや、いるもんだから、どうしてもそうなる。
そこらを歩いているのは、人といっても人間だけじゃない。割合でいったら人間が一番多そうだが、それ以外もけっこうな人数がいる。
肌が緑色で、やたらとごつくて、猪みたいな牙が唇から突きでていて、髪の毛を鮮やかな色に染めている、あいつらはオークだ。
目が濁っていて、生きているとは思えない土気色の肌をした男女は、もしかして不死族ってやつなのか。
それだけじゃない。
黄緑色の肌、耳が尖っていて、なかなかアグリーな容姿の小柄なやつは……たしか、ゴブリンだったか。そのゴブリンはめちゃくちゃ着飾っていて、人間みたいな体格のゴブリン、ホブゴブリンを何人か連れてのし歩いている。
頭が犬みたいで、毛むくじゃらなやつもいる。コボルドっつったけかな。
それから、あれはエルフだ。ドワーフらしいずんぐりした髭もじゃの男もいる。
うお、あいつ、やったらでけえ……と思ったら、なんと下半身が馬じゃねーか。セントールだ。
もちろん目にしたことがない、聞いたことさえない種族もちらほら見かける。
正直、さすがの俺も驚いていた。ヴェーレ。これが自由都市ヴェーレかよ。聞きしに勝るってやつだな。ここまでとは。すげえ。この空気。はっきり言って、やべえ。血が騒ぐ。騒ぎまくる。
ただ、そこは俺だ。興奮して我を忘れたりはしない。俺はちゃんと気づいていた。
どう考えたってもっとド派手なやつはいくらでもいるのに、なぜか俺たちは妙に人目を引いている。
さては、俺が大英雄様だってことに気づいてやがるのか。どうやらそういうわけでもなさそうだ。
注目を浴びているのは、俺じゃない。テムジンでも、イチカでも、モモヒナでも、ミリリュでも、ハイネマリーでもない。
俺はギンジーをちらっと見た。
「ウハーッ。ヤハーッ。すごいなあ。こんなにいろんな人がいっぱいいるなんて。想像したこともなかったなあ。こんな街があるなんて。都会だなあ。大都会だ。すさまじいですね。ノハーッ。今夜寝られるかなあ。寝られないかもなあ。どうしよう。まいったなあ。いやまいったまいったまいりました! なんちゃって! それにしても、生まれてきてよかったー! 旅に出てよかった! 生きてるといいことってあるもんですね! 感激だなあ。感動しちゃうなあ。うーん。ひょっとしたらひょっとして、異種族恋愛が芽生えちゃったりして……あれ? どうしたんですか、キサラギさん」
「とりあえず黙れ」
「あっ、ご、ごめんなさい! 楽しすぎて、つい……」
「ついでに、ちゃんと周り見てみろ」
「え? 周りを……?」
ギンジーはぐるっと首を巡らせると、
「ギョッ」
と魚の目を飛びださせた。
それから首を縮めて、
「……あの、キサラギさん、なんか僕……みんなに見られているような……」
「ような、じゃねえ。間違いなく見られてる」
「ただ見られてるだけじゃなくて……なんだかこう、視線に悪意とか嫌悪的なものを感じるんですけど……これって、僕が陸サハギンで、他の種族の人たちのことがよくわからないから、だからそんなふうに思うだけですかね……? 誤解的な……?」
「いや。俺から見ても、好意的な目じゃねーな」
「……や、やっぱりです?」
「ほにょー」
モモヒナが小首をかしげて、
「そーいえば、さはぎんぎんっぽいのは、ぎんじーくんだけっぽい?」
「……そうですね」
ミリリュが同意した。
「これだけいろいろな種族のかたがたがいらっしゃるのに、サハギンらしきかたは他に見あたらないような」
ハイネマリーは、
「……のぅー」
とか呟いてぼんやりしている。ドワーフ娘はヴェーレの空気にすっかり当てられちまってるみたいだ。
俺はテムジンの鞍上に据えつけた寝台に目をやった。イチカは眠っているのか。目を開ける気力もないのかもしれない。医者だ。医者を探さねーと。
そのために、こいつが障害になったりしねーといいんだがな。
俺はまたギンジーを一瞥して、そんなことを思った。
まあ、こういうことはさっさとはっきりさせておいたほうがいいだろう。
「おい」
俺は近くを歩いていた髪が紫色のオークに声をかけてみた。なんでよりにもよってオークを選んだのかというと、オークとは話したことがねーしな。言葉が通じるのかっつーところにも興味があった。
「ヌ……」
オークはこっちを向いて、ギンジーにとめた目をすうっと細めた。
「ナマグセエ。声、かけるな。ナマグセエ!」
「なまぐせえしか言えねーのか、おまえは」
「ナンダト!」
「いきりたつな」
「イキリ……何?」
どうやら、言葉が通じないわけじゃないが、語彙は貧弱らしい。
「怒るなよ」
俺が言いなおすと、オークは、ふんっ、と鼻を鳴らして、
「オコラセタ、オマエだ! オコラセルな!」
「悪かった」
俺は両手をあげてみせてから、オークの肩をぽんぽんと叩いた。
「気をつける。な? 俺はあんたと話がしたい。わかるか?」
「スル話、オレ、ない!」
「そう言うなって。あんたはいいやつだ」
「ヌ?」
「いいやつ。わかるだろ。ナイスガイ。気分のいい男。見りゃわかるんだよ。あんた、強そうだしな」
「オレ、強い。アタリマエだ!」
「だろうな。強いだけじゃねえ。頭がいい。女にもてる。当たってるだろ?」
「ヌ……オダテル、何も出ない!」
「あんたと知りあえただけで、俺は嬉しい。俺は遠くからきたんだ。あんたは? どこからきた?」
「オレ……ビッツ・ウガント」
「ビッツ・ウガント。あんたの故郷か」
「そうだ」
オークは一瞬だけ遠くを見るような目をしたが、なんだか悲しそうだった。
何かあって故郷にいられなくなったか、いづらくなってこのオークは自由都市ヴェーレに流れついたのかもしれない。
「俺はキサラギだ」
こういう挨拶が通用するのかどうか。やってみないとわからない。俺は右手を差しだしてみた。
オークは俺の右手をうろんな目で見たが、やがておずおずと自分の右手で握った。
分厚くて、ごつごつしていて、皮膚が硬い。でもまあ、それだけだ。
俺はオークの手を握って上下に軽く振り、笑ってみせた。
「ドン・ブラグン、だ」
オークはそう名乗って、唇の端をわずかにつりあげた。
人間の俺から見るとお世辞にも美男子とは言えないが、笑うとけっこう愛嬌がある。尋常じゃないほどがっしりした顎も、平たくて横に広がった鼻も、高い頬骨も、せり出していて狭い額も、これはこれで味があるな。オークのツラってのも悪くない。
俺は手を放してから、なんとなくドン・ブラグンの胸を拳で突いた。するとドンのやつはニヤッとして、俺の胸を突き返した。ズンッとくる重い一撃だったが、ここは小揺るぎもしないところを見せるべきだと俺はわかっていた。俺はこらえて、そうした。案の定、ドンは最高の笑みを浮かべて、今度は右腕を立てた。俺はドンのぶっとい右腕に自分の右腕を打ちつけて、左腕を立てた。ドンは俺の左腕に左腕をぶつけ、さすがに俺がちょっとだけよろけると、
「ゴアッハッハッ!」
と楽しそうに笑い声をあげた。
「キサラギ! オレ、オマエ、気に入った! 話、スル! 問題ナイ! 何でも訊け! オレ、答える!」
「どうせなら、飯でも食いながら話さねーか。俺らはここにきたばかりなんで、店とか知らねーんだが」
「イイ! オレ、教える! 問題ナイ! ついてこい!」
ドンは上機嫌でずんずん歩いてゆく。
俺はモモヒナたちに、行くぞ、と目で合図をしてから、ドンを追いかけた。
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