第62話 魚舌
ミリリュが視線で俺に指示を仰いでいる。
どうするか、俺が決めないといけない。今だ。すぐに決めろ。何をぐずぐずしてやがる。こんなときにどうかと思うが、疲労みたいなものが俺の足を引っぱっている。足っつーか、心を、か。重い。今の俺は鈍重だ。
それならそれでしょうがねえ。
俺は割りきることにした。こういうときだってある。俺は万能だが、浮き沈みくらいはあるってことだ。
決めかねている俺は、煮えきらない判断を下すことにした。
やりすごせそうならやりすごせ。殺さなくてよさそうなら、殺すな。捕まえろ。
俺が身振りと口の動きでそう命じると、ミリリュは首を縦に振った。ミリリュにかぎって誤解はない。はっきり言葉にしなくても、俺の言ったとおりにするだろう。
人影、いや……おそらく陸サハギン影が、一歩一歩、木立に接近してくる。
俺とミリリュは木の陰に隠れている。たぶん、やつから俺たちは見えない。やつは俺たちに気づいているのか。何とも言えない。
一人で夜の散歩を楽しんでる……みたいなふうにも見えるけどな。
魚人サハギンは、大きく海サハギンと陸サハギンに分かれている。
海サハギンはえらで水中呼吸ができて、陸サハギンはできないというから、同じサハギンでもけっこう違うようだ。
見た目はまさしく魚らしい。二足歩行して、腕が二本ある魚。想像できるようなできないような微妙な感じだが、まあ、それはそのうちわかるだろう。そう遠くないうちに。もうすぐだ。
サハギンは、海サハギンも陸サハギンも、不死の王の陣営には加わらなかったのだという。かといって人間の側にもつかず、中立という自衛の道を選んだ。
べつに平和主義を掲げたわけじゃない。海サハギンと陸サハギンが手を組んで、不死の王側だろうが人間側だろうが、自分たちの勢力圏に入りこんでくる者がいれば戦った。サハギンたちは水辺に住んでいるので、不利になったら海だの湖だのに逃げこめばいい。そうすれば他の種族は手を出せない。
ようするに、排他的な種族なのだ。
まあ、エルフにしろドワーフにしろそういうところはあるが、聞いたかぎりではその比じゃない。
あくまで、聞いたかぎりでは、だけどな。
本当のところはどうなのか、俺にはわからない。
どうも、サハギンはグリムガルを二分する大動乱でどっちにもつかなかったことで、いまだに恨まれているような節がある。あんなやつらは信用ならない、自分勝手で話も通じない、ろくでもない、野蛮な連中だ、というわけだ。
ただ、俺としては、サハギンには水という絶対的に有利なフィールドがある以上、他のやつらと手を組む必要なんかないわけで、中立を保つ選択は妥当だし、当然ですらあるように思える。
そのへんも、俺の迷いには若干影響している。
サハギンは馬鹿じゃない。もちろん、野蛮でもない。自分たちを守るために賢明な策をとるだけの知恵がある。旅の途中に出くわしちまったからといってぶっ殺すってのは、どうなんだ?
何事もなければいい。
あのサハギンが俺たちに気づいていなければいい。
このまま通りすぎてくれたら助かる。
……まあ、そんなにうまくはいかないのが世の常ってやつだ。そういうものだということは俺もわかっている。
陸サハギンは俺たちが隠れている木のすぐ手前で足を止めた。
きょろきょろしている。
……魚。
たしかに魚だな。
なかなか凶悪そうな面構えだ。オオカミウオみたいな。
顔はそんなふうだが、体形はひょろっとしている。
あと……着てるな。
服。
俺らが着てる服みたいな綿だの麻だのとは違う風合いだが、やつは袖なしの上着と、それから膝より少し長めのズボンを穿いている。それから、腰のベルトにナイフを差していて、持っている長い棒は槍というよりも銛か。
やつはその銛を無造作にぶるんっと振りまわした。
ミリリュがびくっとする。
「うぇーうぇー」
と、やつは言った。
「うぉーうぉー。うぇーうぇー。うぉーうぉー」
……言葉、なのか?
ミリリュがミスリルの剣を静かに抜いた。もしやつが大声で叫んで、仲間を呼びでもしたら事だ。もうやるしかない、とミリリュは思っているようだ。
俺はそんなに切迫感がない。やばい感じがしないのだ。でも、今の俺は本調子じゃなくて鈍っている。ミリリュのほうが正しいのかもしれない。自信が持てないのなら、自分の勘に従うべきじゃないだろう。
俺は指を振って、おまえはあっちからだ、とミリリュに指図した。俺が先に出る。
ミリリュがうなずくのを見て、俺は木陰からすっと進みでた。
「おい」
「ギョ……ッ!」
やつは跳びあがりこそしなかったが、半歩あとずさった。
俺が言うのもなんだが、銛を構えるくらいしたほうがいいんじゃねーのか。
ミリリュが俺の出現に仰天しているやつの背後をとって、
「動かないでください」
と、ミスリルの剣の切っ先をやつの首筋につきつけた。
「言葉が通じていればよいのですが」
「こ、言葉」
やつが……しゃべった。
「言葉……つ、通じる……ます。あ、いや、これ、あの、あ、慌てて片言になってるだけで、僕、普通にしゃべれますからっ」
「…………へえ」
普通だな。
マジで普通にしゃべってやがる。
声も変じゃない。というかむしろ、いい声だ。
ミリリュもかなり意表を衝かれたみたいだ。ぼんやりしているようなので、俺は目配せをした。気を抜くんじゃねえ。ミリリュはかくかく首を振って、その拍子に剣先がやつの首にふれてしまったらしい。やつは、
「ギョッ!」
と、今度こそ跳びあがって、銛を放り投げた。
「ちょっ、や、やめてくださいっ、僕、何もしないのでっ。ほ、ほんとに何もしないですってばっ。暴力反対っ」
「……とりあえず静かにしろ」
俺が言うと、やつは両手で自分の口をふさいでみせた。エルフやドワーフならともかく、この見た目で仕種が人間そのままだと、まあ多少は違和感がある。
俺はやつの鼻先に銃口を突きつけてやろうとも思ったが、やめておいた。
「おまえ、ここで何してた」
「……えっ。それはどっちかというと、僕の台詞なんですけど……」
「いいから答えろ」
「は、はいっ。答えますっ。散歩です、散歩っ。……あ、声、このくらいは大丈夫です? 怒ってませんか……?」
「怒ってねーよ」
呆れてはいるけどな。
「それくらいなら大丈夫だ。……散歩だと? おまえの仲間は仕事中みたいだけどな」
「ああ、漁ですか? ええ、でも、あれは漁師の人たちがやることで、みんながみんな、魚とか海老とか貝なんかをとってるわけじゃないので……ええっと、あなたは人間ですよね?」
「俺は人間で、おまえの後ろにいるのはエルフだ」
「エルフ!」
やつは大きい声を出して、すぐにまた両手で口をふさいだ。
「……ご、ごめんなさい、僕、興奮しちゃって……エルフ……見ちゃっていいですか? 一回でいいから見てみたかったんだよな、エルフ。人間は遠くからですけど、見たことあるんですけど」
俺が顎をしゃくってみせると、やつはちらっと振り向いて……なんだかよくわからないが、表情を変えた。ちょっとな。ここまで顔の作りが違うと、喜怒哀楽までは判別しがたい。
「うわあ……エルフだ……耳、長い……すごいなあ……エルフ……あの、ありがとうございます、エルフさん」
「……な、何がでしょうか?」
「なんていうか、この出会いに感謝、みたいな」
「あ……はい」
「しっかし、生きてるといいことあるんだなあ。僕なんか友だちもいないし、ろくに定職にもつけない親のすねかじりで肩身が狭いし、このまま白い眼で見られつづけていつか魚の骨になるんだろうなって思ってたけど……あっ、さっきの話のつづきなんですけど、ひょっとして人間はみんな同じ仕事をしたりするんですか? 僕ら陸サハギンには職業っていうものがあって」
「いや……」
俺はため息をついた。
ぺらぺらとよくしゃべるやつだ。
「あるけどな。人間にも職業くらい」
「あ、そうなんですね。でも、僕、無職なんですよね……」
「奇遇だな」
俺は肩をすくめてみせた。
「俺も無職だ」
「えっ! そうなんですかっ!」
「声」
「あっ、ごめんなさい」
「次はねーぞ。気をつけろ」
「き、気をつけます。それで……僕は暇だし、家にいると両親とか姉とか妹とかにガミガミ言われてきついので、こうやって一人で散歩してたんですけど、あなたたちはこんなところで何を……?」
俺はミリリュと目を見あわせた。
どう説明したものか。
……つーか、やつの長広舌を聞いているうちに、なんだかやけに疲れた。説明するのがめんどくせえ。
感想、評価、レビューなどいただけますと、励みになります。誤字が多いんじゃねーかというご指摘をいただきました。書きっぱなしなので、まったくそのとおりだと思います。ちょっとまだ読みなおす気にはなれなかったりするので(推敲は眠くなるので大嫌いで、仕事ではそうもいかずがんばってやるのですが、仕事でもなければ正直できるだけやりたくないというか……)、教えていただけましたらただちに直します。




