第8話 湿潤小部屋
第8話 湿潤小部屋
一晩が過ぎた。
『周辺魔素の吸収を確認』
『魔力+1』
『現在保有魔力:2』
カッ。
小石が岩床を跳ねた。
コッ。
ライムが追いかける。
触手の先で、小石へ触れる。
ちょん。
カッココココッ。
逃げた小石へ、翡翠色の体が飛びついた。
昨日は、小石の上へ体を預けたまま動かなかった。
今は違う。
個体情報を開く。
『個体名:ライム』
『状態:良好』
『個体名:レイユ』
『状態:良好』
『個体名:ラン』
『状態:良好』
『個体名:ラック』
『状態:良好/軽傷』
一晩で、軽疲労は消えている。
食べて、休めば戻る。
岩床でも。
ラックの軽傷だけは残っていた。
それでも、切られた触手の根元に残る濁りは、昨日より小さい。
修復は進んでいる。
岩床でも休める。
だが、これからも四匹は戦う。
そのたびに、ここへ転がって休ませるのか。
ちゃんと休める場所が欲しい。
四匹が、安心して動きを止められる場所。
警戒溜まりの水面に、波紋が一つ生まれた。
レイユの陽花紋が、入口へ向く。
『魔素感応:レイユ』
『周辺魔素の乱れ:微弱』
『距離:近』
『種別:小型獣』
ライムが小石を置いた。
ランが体を起こす。
ラックは黒い鞭を縮め、入口の影へ滑り込んだ。
偽装の隙間から、湿った鼻先が入る。
鼠獣。
茶色い頭が覗いた瞬間、黒い鞭が走った。
ぱしん。
鞭が首へ巻きつく。
鼠獣の体が入口の内側へ引きずり込まれ、岩床へ落ちた。
首から離れた黒い鞭が縮み、ラックの輪郭へ収まった。
『戦闘終了を確認』
『撃破対象:鼠獣』
『撃破個体:ラック』
ライムたちは、もう食べている。
状態も良好だ。
俺は鼠獣へ意識を向けた。
『死体還元を実行しますか?』
実行。
床に魔力紋が広がる。
鼠獣の血と肉と骨が、岩床へ溶けていった。
『還元完了』
『魔力+1』
『現在保有魔力:3』
これで足りる。
『区画拡張』
『湿潤小部屋:必要魔力3』
『実行しますか?』
実行。
『魔力3を消費します』
『現在保有魔力:0』
核室の横の岩壁が、低く唸った。
岩肌が、ゆっくり奥へ沈んでいく。
小さな部屋が生まれた。
床の低いところには、浅く水が溜まっている。
周囲の岩肌はしっとりと濡れ、天井から水滴が一つ落ちた。
ぴちょん。
『湿潤小部屋:完成』
最初に入ったのは、ライムだった。
湿った床へ滑り込み、体を薄く広げる。
次にレイユ。
浅い水気の中へ半身を沈め、陽花紋だけを水面から出した。
ランはラックのそばへ移動した。
軽傷の残る場所へ触れられる位置で、乳白色の体をもちりと落ち着ける。
ラックは最後まで入口を見ていた。
やがて、赤牙紋だけを入口へ向けたまま、湿潤小部屋へ入る。
ランの隣で黒い体を沈めた。
ラックの軽傷が消えたわけじゃない。
何かが即座に回復したわけでもない。
それでも、四匹は誰にも促されず、この部屋で動きを止めた。
ここなら、休める。
よかった。
そう安心したところで。
あの言葉が戻ってきた。
「森のトレントに食われたことにすればいい」
入口の外にいた、村勇者の声。
あの四人は、もう遠ざかった。
トレントなら、木の魔物のはずだ。だが、この森のトレントがどんなやつなのかは知らない。
ただ、自分たちの都合で、無関係な何かへ責任を押しつけようとしていたことだけは分かる。
俺たちの部屋はできた。
だが、外では。
何も知らない何かへ、罪が押しつけられようとしている。
四匹は、湿った岩床で静かに休んでいる。
俺だけが、その言葉から離れられなかった。




