第3話 黒い幸運
第3話 黒い幸運
『簡易生成ガチャ』
『生成可能魔物:スライムのみ』
『必要魔力:3』
『現在保有魔力:3』
『実行しますか?』
ライムは、小石のそばで体を丸めている。
牙の跡には、まだ濁りが残っていた。
今度は、一緒に戦えるスライムがほしい。
実行。
『魔力3を消費します』
『現在保有魔力:0』
床に光が落ちた。
その中心が、黒く染まる。
どろり。
影を寄せ集めたような塊が、床の上で丸くなった。
黒い。
向こう側が透けて見えるライムとは違い、艶のある漆黒だ。
奥に、赤い牙のような紋が浮かんでいる。
『生成結果:スライム』
『個体色:漆黒』
『核紋:赤牙紋』
『隠密性:B』
『核隠蔽:A』
『総合評価:E』
E。
ライムより一つ高い。
しかも、Aがある。
核隠蔽。核を隠すのが得意、ということだろうか。
赤い紋をもう少しよく見ようとした。
その途端、紋が体の奥へ沈んだ。
……消えた。
黒い表面だけが、つやりと揺れている。
見えていたはずの位置へ意識を向けても、もう分からない。
なるほど。隠すのは得意そうだ。
名前は――ラック。
ブラックから一文字削って、ラック。
幸運、という意味もある。
俺たちにとって、そうなってくれたらいい。
『個体名:ラック』
『登録しますか?』
登録。
『個体名登録を確認』
『対象:ラック』
ラックは、ずるりと動いた。
俺の台座とは反対側。壁際の、影が濃い場所へ。
……そっちか。
ライムはすぐ寄ってきてくれたんだけどな。
まあ、生まれたばかりだ。落ち着く場所があるのかもしれない。
そのライムが、小さく体を起こした。
細い触手が、小石を押す。
石は床を転がり、ラックの手前で止まった。
ライムの若葉環が、そちらを向いている。
誘ってるのか?
ラックから黒い触手が伸びた。
べちっ。
小石が押し戻される。
勢いがよすぎて、ライムの横を通り過ぎた。
もうちょっと優しくしてやってくれ。
ライムはゆっくり向き直り、伸ばした触手で石を止めた。
ラックは、そのまま壁際へ沈んでいく。
同じスライムでも、ずいぶん違う。
二匹並んでぷるぷるするところを想像していたが、今は片方がほとんど見えない。
……いるよな?
壁と床の境目に意識を寄せると、黒い体の縁が分かった。
思ったより平たく広がっている。
隠密性B。
生まれて早々、存分に発揮している。
ライムがもう一度、小石へ触れた。
その時、ラックが動いた。
黒い体が壁沿いを滑り、入口へ向かう。
おい、待て。
止まらない。
岩の張り出しの下へ入り込むと、輪郭が影に紛れた。
入口の隙間から、細い鼻先が覗いていた。
今度は鼠に似ている。ひげが動き、鼻が床へ近づく。
核室には、さっきライムが倒した獣が残っている。
この匂いか。
鼠獣が一歩、穴へ入った。
もう一歩。
そのすぐ横に、ラックがいる。
気づいていない。
俺も位置を追っていなければ、ただの影だと思っただろう。
鼠獣が、奥へ進もうとした。
黒い触手が走った。
後脚に絡みつき、横へ引く。
鼠獣の腹が床を打った。
起き上がろうとした前脚を、別の触手が押さえる。
開いた口の下へ、黒が回り込んだ。
首を巻く。
速い。
俺が何か言う前に、もう捕まえていた。
鼠獣が身をよじった。
歯が空を噛む。
黒い触手は首の後ろへ回り、さらに締まった。
細い脚が、岩床を掻いた。
何度か蹴って、それから止まる。
ラックは、まだ離さなかった。
やがて、脚に絡めた触手を解いた。
首に巻いた一本だけを残し、鼠獣を奥へ引きずってくる。
ずる、ずる。
ライムの倒した獣のそばまで運び、落とした。
『撃破個体:ラック』
『撃破方法:呼吸阻害』
……初戦だよな?
生まれたばかりだぞ。
小石にじゃれたり、壁から滑り落ちたりする時間は、なかったぞ。
ラックは獲物から離れると、再び入口の方を向いた。
赤い牙の紋が、一瞬だけ浮かんで沈む。
強い。
さっきまで、ライム一匹に噛みついてくる獣を止められなかった。
今は入口に、黒いスライムがいる。
助かった、ラック。
意識を向けても、こちらへは来なかった。
黒い体の端が、少し動いただけだった。
『死体還元を実行しますか?』
新しい表示が浮かんだ。
二匹の獣へ、薄い輪郭が重なる。
還元。
意識を向けると、魔力へ変換できると分かった。
倒した後にも、魔力を得られるのか。
ライムは小石のそばにいる。
ラックも、死体からは離れている。
二体を選び、実行した。
床に淡い紋が広がった。
毛並みの輪郭が崩れ、体が沈んでいく。
肉も骨も、岩床へ吸い込まれるように消えた。
ついさっきまで動いていたものが、跡形もなくなる。
『還元完了』
『魔力+2』
『現在保有魔力:2』
床には、爪で引っかいた跡だけが残っていた。
あと一つで、もう一匹。
表示からライムへ意識を戻す。
丸くなった体の片側が、少しへこんでいる。
あの傷も、どうにかしてやりたい。
コッ。
小石が転がった。
ライムが押した石は、ラックの横で止まった。
ラックは入口を向いたままだ。
今度は押し返さない。
気にしていないのかと思った頃、黒い体の端が伸びた。
ちょん。
石が、ゆっくり戻ってきた。
ライムの触手が届くところで止まる。
お。
ライムが石に触れた。
少し押して、離す。
コッ、コッ。
ラックのそばへ戻った小石を、黒い触手が止めた。
『スライム観察記録:ラック』
『新規行動:黒い触手』
『外敵交戦反応:高』
表示の向こうで、石がもう一度転がる。
ライムはその場に丸まったまま、触手を伸ばして待っていた。
ラックは入口を向いたまま、石を押し返した。




