第2話 ライムの牙
第2話 ライムの牙
『スライム観察記録』
『簡易生成ガチャ』
『ダンジョンカスタム』
三つの項目が並んでいる。
観察記録も気になるが、まずはガチャだ。
『生成可能魔物:スライムのみ』
『必要魔力:3』
『現在保有魔力:2』
あと一つ。
台座の足元では、ライムがぷるぷるしている。
もう一匹いたら、どんなふうに過ごすんだろう。
二匹で並んだり、くっついたりするのだろうか。
……見たい。
足りない魔力を眺めていても増えないので、次を開いた。
『ダンジョンカスタム』
『入口偽装:必要魔力2』
『床面整備:必要魔力1』
『壁面補修:必要魔力1』
入口偽装。
その項目へ意識を向けると、核室から外へ続く穴の輪郭が分かった。
奥へ引っ込んだ場所に俺の台座がある。けれど、入口から入ってしまえば、ここまではすぐだ。
さっきの文字が頭に残っている。
発見次第、討伐・封鎖・接収。
まず、見つかりたくない。
『入口偽装を実行しますか?』
実行。
『魔力2を消費します』
『現在保有魔力:0』
入口側で、岩の擦れる低い音がした。
張り出した岩肌が穴の縁を覆い、開口部が細く歪んでいく。
奥へ続く影が、岩の裂け目に紛れた。
『入口偽装:レベル1』
『完了』
……おお。
本当に変わった。
自分の住む穴を、自分で変えられる。
床も壁もいじれるなら、いずれは部屋を増やしたりできるのだろうか。
狭い核室を見回していると、小石が一つ転がってきた。
入口を変えた時に、崩れたものらしい。
カッ、コッ。
ライムのそばへ転がる。
俺は反射的に手を伸ばした。
手なんてないのに。
ぱしっ。
翡翠色の体から細いものが伸び、小石を押さえた。
硬い。
表面がざらついている。
丸いと思った石の端に、尖ったところがある。
……触っている。
ライムが触れた小石の感触が、俺にもわかった。
手を失ってから、壁も床も、そこにあるとしか分からなかった。
その小石には、ざらつきがあった。
魔力伝導率B。
これも、その働きなのか。
もう少し触れていたくて、意識を寄せた。
すると、石が逃げた。
ちょん。
ライムが押したのだ。
カッコココッ。
小石を追って、翡翠色の体が伸びる。
追いついて押さえると、また離した。
ちょん。
……遊んでる?
今度は体から二本、細い触手が伸びた。
右から押す。左で止める。
止め損ねた小石へ、丸い体ごと飛びついた。
俺は何も指示していない。
ライムは自分で石を転がし、自分で追いかけている。
かわいい。
さっきまで台座に寄り添っていた一匹が、今は核室を行ったり来たりしている。
小石が跳ねるたび、若葉の輪もくるりと動く。
壁に当たった小石が跳ねた。
ライムも跳ねた。
ぺたり。
翡翠色の体が、岩壁に張りつく。
お前、そんなこともできるのか。
小石だけが床へ落ちた。
ライムは壁の途中で少し揺れ、ずるずると滑り下りてきた。
『スライム観察記録:ライム』
『新規行動:擬似触手』
『新規行動:壁面張り付き』
『備考:遊びの可能性あり』
可能性あり。
慎重な判定だな。
ライムは飽きずに小石を追いかける。
石の転がる音が、何もなかった核室に響いていた。
◇
『周辺魔素の吸収を確認』
『魔力+1』
『現在保有魔力:1』
一晩で、一つ戻った。
これなら、あと二つで次のスライムを生める。
ライムは台座の足元で休んでいたが、いつの間にか昨日の小石へ戻っていた。
細い触手で押しては、追いかける。
その向こうで、入口の影が動いた。
岩の隙間から、鼻先が入ってくる。
ひくひくと動き、続いて茶色い頭が覗いた。
細長い体。短い脚。
イタチに似た小型獣だった。
狭くなった入口をするりと抜け、核室へ入ってくる。
おい。
そこ、全魔力を使ったんだぞ。
獣の鼻先が、ライムへ向いた。
小石の音が止まる。
ライム、こっちへ。
強く意識を向けると、ライムが台座の方へ跳ねた。
獣が身を沈めた。
次の瞬間には、岩床を蹴っていた。
速い。
ライム――!
牙が、翡翠色の体へ食い込んだ。
上下から潰され、透明な粘液が口元へ弾ける。
噛まれている。
さっきまで、石で遊んでいたライムが。
殺される。
俺は反射的に引いた。
だがライムの動きは、逆だった。
噛まれた体が、獣の鼻先へ伸びた。
薄く、広く。
岩壁に張りついた時のように、口元を覆っていく。
二本の触手が顎の下へ回った。
塞げ。
どちらが先に思ったのかは、分からない。
ライムの体が、獣の鼻と口を包み込んだ。
獣が頭を振る。
翡翠色の体が引き伸ばされる。
前脚の爪が表面を掻いた。
剥がれない。
獣が壁へ突っ込んだ。
ゴッ。
ライムごと、頭を打ちつける。
やめろ。
もう一度、鈍い音がした。
張りついていた膜がめくれ、鼻先に隙間が開く。
あまい、それじゃダメだ。
ライムが張り直した。
細い触手が顎を抱え直す。
獣は床に倒れ、転がった。
脚が岩を掻く。尾が跳ねる。
ライムは離れない。
動きが小さくなっていく。
一度だけ、後ろ脚が大きく伸びた。
それきり、動かなくなった。
『戦闘終了を確認』
『初回撃破:小型獣』
『撃破方法:呼吸阻害』
ライムが獣の顔から剥がれた。
床へ落ち、広がった体をゆっくり寄せる。
いつもの丸い形に、なかなか戻らない。
牙の食い込んだところだけ、翡翠色が濁っていた。
ライム……。
若葉の輪が、こちらを向く。
『スライム観察記録:ライム』
『擬似触手:戦闘使用を確認』
『壁面張り付き:戦闘転用を確認』
『新規行動:顔面拘束』
『報酬:魔力+2』
『現在保有魔力:3』
ガチャを一回、回せる。
表示の向こうに、倒れた獣がいる。
そのそばで、ライムがゆっくり体を起こしていた。
昨日の小石が、すぐ近くにあった。
細い触手が伸びる。
先が石に触れた。
ちょん。
コッ、と一度だけ音がした。
ライムは追いかけなかった。
触手を戻し、その場で小さく揺れた。
俺は、簡易生成ガチャを開いた。




