第10話 ヘッドハンティング
第10話 ヘッドハンティング
警戒溜まりに、一つの波紋が戻ってきた。四人じゃない。一人。
『魔素感応:レイユ』
『周辺魔素の乱れ:微弱』
『距離:中』
『変化:接近』
さっきの四人のうち、誰かが戻ってきた。
ラックが入口へ滑る。ライムも小石を置いた。
ランがその後ろへ静かに寄り、レイユの陽花紋は近づく一つを追っている。
保有魔力は一。それでも、死に戻りは封印中だ。
「絶対ここだ」
入口偽装の向こうで、男が呟いた。
「あいつの足跡は、ここで消えてる」
鉄の先が岩を叩く。一度。二度。前にも聞いた音。だが、男は帰らなかった。
火打ち石が鳴り、脂の染みた布から細い煙が立った。男がそれを岩の裂け目へ近づける。
煙が揺れた。外へ流れず、偽装の隙間へ細く吸い込まれていく。
「ほらな」
笑い声。
「四人で分ける必要はねえ」
剣先が裂け目へ差し込まれ、岩に見えていた影が押し開かれる。入口偽装の隙間が暴かれた。
警戒溜まりに、男の重みが乗る。擦り切れた革鎧。抜いた剣。胸元の村勇者札。
男の目が、青い俺を見つけた。
「見つけ――」
しゅぱっ。
黒い線が、入口の影から横へ走った。男の剣は上がったままだった。
首の根元に、細い線が一本入る。頭が肩から滑った。声の続きを残した口が岩床へ落ち、遅れて体が崩れた。
『侵入者の死亡を確認』
『種別:人型知性体』
『撃破個体:ラック』
『撃破方法:頸部切断』
一人なら。あれだけ傷つけられた一人なら、今のラックは一撃で殺せる。
水銀みたいに伸びた黒い鞭が、ゆっくり縮む。その先から血が一滴落ちるより早く、警戒溜まりに三つの波紋が戻ってきた。
「おい!」
「やっぱり、あいつだけ戻ってやがった!」
「入口があるぞ!」
まだ還元できない。煙。開かれた偽装。首のない仲間。
三人は、何がいるのか分かったうえで入ってくる。最初の男は丸盾を上げ、その後ろに短槍。最後の一人が剣を低く構えている。
「黒いのだ!」
「首を狙ってくるぞ!」
丸盾が顎の下まで上がった。ラックの鞭が走る。
しゅぱっ。
盾の表面へ深い線が入り、木板が二つに割れた。だが、首には届かない。
割れた盾の隙間から、短槍が突き出された。ラックの黒い体を貫く。
急所は外れた。それでも、黒い粘液が穂先へまとわりついた。
槍が引かれ、ラックの体が入口側へ引きずられる。ランが滑り込み、乳白色の体を裂けた黒へ張りつけた。
剣が、その二匹へ落ちる。
カンッ!
翡翠色の触手に包まれた小石が、剣の腹を横から叩いた。刃が逸れる。
ライムの触手は、まだ終わらない。今度は、盾を失った男の膝へ。
ごっ。
革の下で鈍い音がして、男の足が崩れかける。後ろの剣がライムの触手を打ち払い、石ごと透き通る体を壁へ叩きつけた。
ライムが薄く潰れ、すぐに体を寄せ集める。だが、その間にも三人は進む。
盾を捨てた男が剣を抜いた。短槍がラックを床へ縫い止め、もう一本の剣がランを牽制する。
連携している。ラックが鞭を伸ばせば、どちらかが切る。ライムが石を振れば、残った一人が前へ出る。ランはラックから離れられない。
レイユの陽花紋が、三人の間を忙しく向き直る。
一人を殺せても、その隙に俺は壊される。
三人でも、無理だ。
保有魔力一。罠も増やせない。死に戻りは、まだ封印中。
「核だ!」
短槍を持った男が、青い俺へ狙いを変えた。
その背後から。
「こんにちは、ダンジョンさん」
声がした。
警戒溜まりには、三つしかない。増えていない。なのに、入口に男が立っていた。
長い外套。青白い顔。細い手。濡れた洞窟に似合わない、楽しそうな笑み。
「誰だ、てめえ!」
最後尾の村勇者が振り返る。
「すまないね。見物をしたいんだ。少し道を空けてもらえるかな」
「どけ!」
剣が振られた。長い外套がわずかに揺れ、男の細い手が剣腕を取る。
次の瞬間には、青白い顔が村勇者の首元にあった。短い悲鳴。血を啜る音。剣が床へ落ちる。
村勇者の顔から色が消え、その体が外套の足元へ沈んだ。
「ヴァンパイア……!」
盾を捨てた男が振り向く。顎が上がる。首が出る。
ラックは見逃さなかった。
しゅぱっ。
二つ目の頭が飛んだ。
残った短槍が、俺へ突き出される。避けられない。
青白い男の手が、穂先のすぐ後ろを掴んだ。止まった。俺の目前で。
「まだ見終わっていないんだ」
短槍が、村勇者の体ごと横へ引かれる。男の足が岩床を離れ、壁へ叩きつけられた。
骨の折れる音。体が落ちる。首は、ありえない方向へ曲がっていた。
四人目が落ちた。
俺たちだけなら、あの槍で俺は死んだ。
だが、男はまだ入口にいる。警戒溜まりは、そいつを感知していない。
ラックの核を外して槍が刺さった場所を、ランが塞いでいる。それでも、黒い鞭はもう伸びていた。
俺が止めるより早く、水銀みたいな黒が男の首へ走る。




