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あの日、言えなかったありがとう  作者: 二晴


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8/12

母の最初で最後のわがままだった

ずっと夢だった職について3年目。

ついにプロジェクトのリーダーに抜擢され必死に働いてた頃


「伊豆に行かない?」


いきなり母から電話が来て聞かれた。


「それどころじゃないんだよ!

俺プロジェクトのリーダーに抜擢されたんだよ!

すごいだろ!?」


「日帰りでいいから…息抜きにもなるし、ダメ?」


「いやあ俺リーダーだからさ、休めないんだよー笑」


「3時間とかでもいいから…」


珍しく粘ってくるなと思ったけど

自分の話ばかりして「また今度ね!」と電話を切った。



それから半年後、母が死んだ。


癌だった


医者には余命半年と言われていたけど

息子は大事な時期だから伝えないで欲しい

と周囲に言っていたらしい。


中学の時、親父が不倫して家を出て行ってから

必死にパートをして大学まで行かせてくれた母。


伊豆に行きたいというのは、母の最初で最後のわがままだった。


葬式の日、叔母から母が持っていた

小学校の時の俺の絵日記を渡された。


そこには家族3人で行った伊豆の事が書いてあった。


当時から夢だった今の職について父母を伊豆に連れて行ってあげる

と言ったのも薄っすら思い出した。


それを母はずっと覚えてた。



俺は何のために今の仕事についたんだよ。

伊豆なんて3時間もあればつく距離なのに。


どうして母の唯一のわがままを聞けなかったのか

もう恩返しすることができないと思うと

涙が止まらなかった。

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