夜の焚火
目的地である峡谷に到着、途中下車し老夫婦と別れた3人はすぐに仕事に取り掛かった。
馬車から降りた地点、そこから20分ほど歩くと討伐対象が見つかった。
なるほど、確かに先ほどまで乗っていた馬車の目的地である港町に近い。
「エリン、右から来る!気をつけてくれ!」
「わかってるよ、パパ! 」
エリンが闇の魔法を発動させる。
黒い魔法陣から伸びた触手がグレイウルフの足に絡んで封じこめ、そこへエドワードがとてつもない速さで踏み込む。
「ふっ!」
短く息を吐きだすと共に鋭い剣閃が走り、二匹連続で斬り伏せる。
だがその間に一匹が触手からなんとか脱出し体勢を立て直そうとする。
「 燃えろぉ!」
そこにエヴァが激しい炎の魔法を放つ。
赤い魔法陣が杖の先端に展開されるとそこから火の玉が射出され、体勢を立て直す前のグレイウルフに直撃した。
あっさりと戦闘を終えた三人は、ふーっと息を吐き落ち着いた。
「うーん、一匹抜けられちゃったー!もっと魔法うまくならないとなあ」
「いや、十分だよエリン。良くやってくれたね。ありがとう」
闇の魔法は珍しい。
それ故に教えてくれる人も教材も希少で、またあったとしても相応の高値が付いていた。
それでもエリンは10歳にしてほぼ独学で熟練冒険者であるエドワードとエヴァと一緒に行動しており、仲間として旅に付いていけるのはまさに才能であった。
「バックアップは私に任せてなんでもやってみなよ」
エヴァは同じ魔法使いながら闇の魔法は完全に専門外である教えられる事は多くはない。
現状はエリンの感覚で色々と試して成長してもらいたいとエヴァは考えていた。
「さて、俺はここで後処理をするからエヴァとエリンは野営ができそうな場所を探してくれるかい?」
言いながらエドワードは素材になりそうな皮、爪を剥ぎ取る作業に入る。
大金とまではいかないがそれなりのお金に換えられるだろう。
三人の連携は、単なる冒険者のそれではない。
互いの呼吸、信頼、そして「何があっても守る」という強い意志が混ざり合った家族の結晶だった。
――
夜。
グレイウルフ討伐を無事に終えた3人は、比較的安全を確保できそうな開けた場所で野営の準備を整える。
焚火を起こし、夕食として持ち込んだパン、乾燥肉と野菜のスープ。
簡単なものではあるが食は旅の大きな楽しみの一つだ。
焚火を囲みながら大好きな家族との談笑は、何年続けていても幸せを実感できる。
食べ終え、お腹が膨れたエリンはそれでも色々とおしゃべりをしていたかったが、元気を使い過ぎたのか今はエドワードの膝の上で満足そうに眠りに落ちている。
「ふふ、エリンったら。普段はあーんなに生意気なのに、寝顔はやっぱり子供ね」
エヴァが焚火に薪をくべながら、穏やかに笑った。
エドワードは眠る娘を起こさないよう、そっとその髪を撫でる。
「今日もお疲れ様、エヴァ」
「うん、お兄ちゃんも。無事に終わって良かったね」
緩やかな時間が流れる。
エヴァはエリンの寝顔を見つめている。
その横顔には、一人の妻として、母としての慈愛が滲んでいた。
「やっぱり……お兄ちゃんを"おじさん"と呼ばせるのは、胸が痛むね……」
血の繋がった実の兄妹の禁断の愛。
そして生まれた禁忌の子、それがエリンであった。
三人の外見はあまりにも共通点が多かった。
特に珍しい黒髪に珍しい深紅の目。この特徴は非常に目立っていた。
兄妹を他人と偽って夫婦を名乗るのも、エリンを養子と偽るのも、無理が出てくる。
それでも一緒にいるためには"設定"が必要であった。
「……仕方ないさ。これだけは、どうする事もできない」
「うん……」
エヴァは視線を上げ、エドワードの手をそっと握りしめる。
「ごめんね、お兄ちゃん……。お兄ちゃんも寂しいよね」
「どうしたんだいエヴァ。珍しいじゃないか。今日は随分としおらしいね」
「……っ!私は本気で…!」
エヴァが茶化された事についカッとなって文句を言おうとした時、エドワードは握られた手を強く握り返した。
「いいさ、二人で決めた事だろう?だから、エリンが幸せに生きられるように一緒に頑張っていこう」
「……もう!」
そう言われてはどうしようもない。
怒りをおさめたエヴァはエドワードに体を寄せ、腕を両手で抱いて肩に頭を乗せる。
ここには三人だけなのだ。
今だけは"ただの兄妹"の仮面を外し、"夫婦"という正体を現すことを許してほしい。
「私はさ、愛する夫と大切な娘がいるこの場所を何よりも誇りに思ってるんだ」
「ああ、俺もさ」
エドワードもエヴァに体を預け、愛し合う夫婦として二人は体を寄せ合い、数回の口づけをする。
「おやすみ、お兄ちゃん」
「おやすみ、エヴァ」
そのまま静かに目を瞑る。
(家族で安心して暮らせる場所を必ず見つけてみせる……)
エドワードは改めて決意を強め、睡魔に従い意識を手放していった。
パチ……パチ……
焚火の爆ぜる音が、夜の静寂に響く。
血の繋がりは決して離れることのない強い絆の証か、呪いの鎖か。
明日になり、人のいる場所に戻ればまた偽りの肩書きを纏わなければいけない。
赤々と燃える炎は、三人を優しく照らし続けていた。




