馬車の中で
ガタゴト……
馬車が揺れる。
石畳の街道を抜けて舗装されていない山道に入ると、車輪が跳ねるたびに窓の外の景色も激しく揺れた。
ガタンッ!
「いったーい!ずいぶん揺れるなあ……」
座席を立ち上がり、長いツインテールを揺らしながら少女、エリンは愚痴を漏らす。
歳は10歳くらい、黒髪で深紅の目。
ともすれば暗い印象を与える特徴ではあるが、本人の持つ明るい雰囲気がそれを感じさせていない。
彼女は隣に座るのは同じく黒髪と深紅の目を持つ剣士の青年エドワード。
歳は20代後半といったところで、見る人を安心させるような優しい顔をしている。
エリンはエドワードの腕をずっと掴んでいる。
「ああ、そうだね。お尻が痛くてたまらない。舗装されていない道では仕方ないさ。我慢しよう」
「うーん。あ、じゃあ……おじさんの膝に座ろっと!」
エドワードは仕方がないなあと苦笑しながらも、自分の膝の上に乗ったエリンの頭を優しく撫でる。
その動作はとても自然で、まるで本当の親子のような深い愛情に満ちていた。
向かいに座る偶然乗り合いになった老夫婦が興味深そうに目を細めてその光景を眺め、話しかけてきた。
「ほほう、叔父ですか。随分と仲が良いですな。隣のお嬢さんの子で?」
老夫婦はエドワードの、エリンとは反対側の隣に座る同じく黒髪をショートボブにした深紅の目を持つ女性、エヴァを見る。
恐らく20代半ばから後半の、恰好からすると魔法使い。表情はどこか勝気で、かなり気の強そうな見た目をしている。
そのエヴァは笑みを浮かべ答えた。
「そうなんです、夫を早くに病で亡くしちゃって。当時この子もまだ赤ちゃんだったし、その時からお兄ちゃんには世話してもらってて」
エヴァの言葉は夫を亡くした話をするにしては淀みなく、そして明るいものだった。
だがその赤い瞳の奥には一瞬、守るべき"秘密"への決意があった。
エドワードもまた、「お兄ちゃん」として控えめに会釈を返す。
「いえ、エヴァにはいつも助けられていますよ。エリンも自慢の……姪です」
少し言葉を崩し人懐っこい印象で話すエヴァと違い、エドワードは落ち着いた丁寧な言葉で老夫婦に話す。
そして自分の膝に座っているエリンを後ろから再びしっかりと抱きしめると、エリンもまた嬉しそうな顔をした。
そこには確かに深い愛情と強い絆があった。
「そうか……辛い事を思い出させてしまって申し訳なかったね。」
老夫婦はエヴァに大変だったろう、と同情するような表情を見せる。
「大丈夫。今はこの子が元気に育ってくれるのが何より大事ですから!」
実際にまったく気にした様子のないエヴァを、"無理にでも明るく振る舞っている"と人の良い老夫婦は判断し話題を変えた。
「冒険者の出で立ちだが……依頼でこの馬車に?」
「ええ、それもありますね。港町カレオスに行く予定でして。その途中にグレイウルフが出現したとの事でついでにその討伐を受けました」
「グレイウルフ!それは確かにそのままにしておくのは怖いですな。しかしグレイウルフを"ついで"ですか……」
グレイウルフは本来は人のいない森や峡谷の奥地に生息する。
だが稀に人の生活している場に降りてくる事があるのだ。
餌場を他の何かに追われたのか、たまたまはぐれたのかは分かっていない。
積極的に人間を襲うわけではないが、相手に敵意があると判断したら攻撃を躊躇しない。
連係力が高く数が増えるほど飛躍的に危険度が増していくが、数が少ないうちは熟練冒険者から見れば比較的危険度は低い。
逆に言えば熟練冒険者でなければ安全とは言えないという事でもある。
「三匹で動いているところを狩人が発見したらしく……今の内に討伐しておいたほうが良い」
「その……、クエストを受けたという事はもちろん皆さんの実力なら心配ないと?」
「大丈夫!わたしの魔法であっという間に倒しちゃうから安心して!」
老紳士とエドワードの会話に入り込み自信満々といった様子で胸を張るエリン。
その可愛らしい様子に老紳士は頬を緩ませる。
「おお、そうかそうか。これは頼もしい!」
会って間もないというのに孫を見る目のような優しい顔になり話を合わせる老夫婦。
実際、エリンの魔法の才能は飛びぬけているのだが子供の見栄だと思っているのだろう。
「三人とも無事にクエストを達成できますように」
「……ええ、ありがとうございます」
神に祈るように言う老夫婦に、エドワードは少し言葉に詰まりながらも自然な顔でお礼を言った。
(禁忌を犯した俺達に、神は祝福を与えてくれないだろうな……)
その後、しばらく老夫婦と港町カレオスについての情報や、国の話など色々と話をした。
話題が尽きると、再び馬車が揺れる音が目立つように響く。
ガタゴト……
エドワード、エヴァ、エリン。
三人の黒い髪と赤い瞳、顔の作りなど共通するものがあり、血が繋がっていることは誰の目にも明らかだ。
それは「叔父、そして未亡人の妹とその子供」という"設定"によって、世間の疑いから辛うじて守られていた。




