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宴にあこがれる名もなき化け物  作者: 杜ノ宮紅花


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さびしさをはかる物差し



 〈わたし〉は今日も、食卓に料理を並べた。


 それらはとても色()せているように見える。

 もしかして、元からこんな色だったのかな?


 気が進まない。

 食べたくない。


 あの日から、料理が怖くなった。


 あの日の毒は、目が覚めると治っていた。

 きっとこれは異常なこと。

 〈わたし〉は〈わたし〉が怖くなった。


 今日はもう、笑顔の練習もやりたくない。

 目の奥が、つんとしていて、苦しいんだ。


 〈わたし〉は静かに縁側に座った。


 遠くからたまに聞こえて来る、太鼓の音。

 里の楽しげな祭囃子(まつりばやし)が聞こえて来た。


「見に、行ってみようかな……」


――いいですか? 決して、ここを出てはなりません。人前にも出てはなりません。


 黒子の女の声を、ぶんぶんと首を振って払う。

 いけないことだとは分かっていたけれど、ここにはもう居たくない。


 祭りの音は、聞いていると、胸の奥が軽くなる。だからきっと、音のほうに行けばこの嫌な感じもなくなるかもしれない。


「こっそり、こっそり」


〈わたし〉は、月夜の山道へと駆け出した。









 里の人に見つからないように石畳の山道からはずれ、獣道を少しずつ進んでいく。

 途中、枝に引っかかって手を擦りむいてしまったけど、すぐに治った。


 暗闇の中、手探りで斜面をちょっとずつ降りていくと、太鼓や鈴の音もだんだんと近くなってくる。


 わくわくで、〈わたし〉の鼓動が早くなる。


 木のあいだにかすかな光が見えた頃になると、たくさんの人がざわざわと、笑ったり、からかい合ったりしているのが分かった。店引きのための掛け声なんかも聞こえて来た。


「もうすぐ。でも、人前には出ちゃダメ。そこは守らないと」


 斜面を下りきり、祭りの活気はもうすぐそこだ。


 〈わたし〉は、口角を両手でむにゅっと上げて、笑顔を作って心の準備をした。

 そして一気に、手前の大きな木のそばまで駆け下りた。



 木の陰から、こっそりとのぞき込む。



 ドクンと、ひときわ高く、心臓が跳ねた。



「あ、あれ……? なんだろ、これ……」



 頬を、温かいものが伝った。



 水? ううん、お湯?



 それは両目からとめどなくあふれ出て、止まらない。

 それでも、ぼやける視界の向こうに確かに広がっている光景から、〈わたし〉は目が離せなくなった。



『黄金色に輝く野菜のスープ。湯気の向こうで、みんな笑っている』


 たくさんの提灯(ちょうちん)で照らされた(きら)びやかな屋台。

 美味しそうな本物の匂い。

 湯気や熱気が立ち込めるオレンジ色の輝きの中で、みんな笑って食べ歩きをしている。


『きつね色のパンはふわふわで、香ばしい小麦の焼けた匂いがみなを元気づけた』


〈わたし〉と同い年くらいの女の子が、お父さんとお母さんに挟まれて手をつなぎ、やわらかそうなものを食べさせてもらって笑っている。


『色とりどりの野菜盛り。お肉ばかり食べる彼を、わたしはいたずらっぽくからかった』


〈わたし〉と同い年くらいの男の子が、女の子にからかわれつつも、嬉しそうに一緒に駆けて行った。




「ああ……」




 漏れ出た声と一緒に、力も抜けた気がした。




「これじゃ、夢、叶わないや……」




 木の(みき)にそえていた〈わたし〉の手が、だらりと落ちた。

 肩も下がり、自然と視線は下を向く。


 そのまま、ゆっくり振り返ると、〈わたし〉はとぼとぼと、山道を戻った。

 祭囃子から逃げるように、大きな狐耳を、両手で押さえながら。


 ――知らなければ良かった、と。



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