わたしは、きっと大丈夫
離れに帰った〈わたし〉は、縁側で独りきり。
昨日作った偽物のパンを一口かじってみた。
ざらざらと不快な粉っぽさが口の中に広がり、上手く飲み込めない。
偽物の野菜のスープを口に含んで、無理やり流し込む。
毒を吐き出すために土を食べた時と、どっちがマシかな。
「美味しくないや」
〈わたし〉はもう知ってしまった。
里の祭りはまだ終わってない。
〈わたし〉は、その音から逃げるように、再び両手で狐耳を押さえつけた。
遠くの音も拾うこの大きな耳が、今はあまり好きじゃなくなった。
それでも光を信じたくて、あの台詞を信じたくて、〈わたし〉は光を求めるように月光が照らす中庭へよろよろと歩き出た。
きらきらと、池の水面に美しい満月が映り込んでいる。
「光を求める者に、夜は等しく明けるだろう」
〈わたし〉は、吸い寄せられるように池のほとりに向かう。
月の明かりが、〈わたし〉を助けてくれるかもしれないと。
でも、違った。
ほとりに座り込んで、水面の月を見ようとした。
それなのに月は消えてしまった。
あの――黒い靄に覆われた両目が、代わりに映り込んだ。
「違う」
ばしゃりと、〈わたし〉は水面を叩いた。
「違うよ、〈これ〉じゃない」
ばしゃりと、また叩いた。
けれど、何度叩いても、黒いもやもやの両目は消えない。
「……違う、のにぃ……」
また、目の端からお湯がこぼれて来た。
喉の奥がぎゅうっと締めつけられたような、嫌な感じになる。
「……わたしと、同じくらいの、歳の子だった……」
ぽろぽろとお湯がこぼれ、ぼやける視界に、祭りの情景が重なった。
笑顔で人と触れ合う、里の子どもたち。
〈わたし〉と変わらないはずの、子どもたち。
だったら、今ここにいるのは何だろう。
池の水面に映る、真っ黒な闇。
ばしゃりと叩いても、かき回しても、醜く歪んで戻ってくる〈これ〉は、何だろう。
「……わたし、は……あれ……? 何……?」
途切れた言葉は、〈わたし〉の形を崩していく。
「だ、大丈夫……!」
喉を震わせ、言い聞かせる。
いつか『黎明の宴』の英雄が、きっと助けに来てくれる。
だから〈あれ〉は、大丈夫。
大丈夫なんだよ。へへっ。
「大、丈夫……」
つぶやきながらも、ずっと、このままなんじゃないかと。
光を信用できなくなった〈あれ〉は、恐ろしい未来を想像してしまう。
心がかき消えていくような寒気がした。
「……だい、じょうぶ……」
消え入りそうな祈りを虚空に響かせ、〈あれ〉はただ、独りうずくまった。
静かな嗚咽が、人知れず、夜に溶けていった。
ウェブ小説ではあまり好まれないジャンルのこの作品をここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。短編ながら読み進めるのがキツい物語だったと思いますので、重ね重ね、感謝いたします。
『宴にあこがれる名もなき化け物』は、これで完結となります。
どこか同じ空の下、未来の彼女が明るく笑っていることを、作者である私も願っております。




