甘い果実
――今日届いた物資は、いつもと違っていた。
物資の中に、赤い果実があったのだ。
〈わたし〉は、小さな赤い粒がたくさんついたそれをじっと見る。
これがきっと、〈甘い果実〉なんだと、そう思った。
くんくんと匂いを嗅いでみると、ほんのわずかだが、魅惑的な甘い香りがした。
鼓動が高鳴る。
〈わたし〉はその果実を抱えて厨房に走り、もったいないので一房だけ鍋に入れてお湯で煮詰めてみる。
透明なお湯が、赤くじわりと染まるにつれて、甘い香りが漂い始める。
〈わたし〉は生まれて初めて、わくわくした。たぶんきっと、これがわくわくだ。
心臓がご機嫌に跳ねて、顔も耳も熱くなる。
〈わたし〉はお鍋の中身を慎重に木杓ですくい上げ、湯吞みに入れる。
それをこぼさないように、そうっと持ち上げて、いつものように縁側に座った。
湯吞みの中には、綺麗な赤色の〈甘い果実のデザート〉がある。
今日はきっと、何かが違う気がする。
〈わたし〉は、期待を込めて〈甘い果実のデザート〉を一口飲んだ。
「ああ、これは落ち着くな」
英雄のセリフを真似て見た。
甘く、芳醇な香りが確かに感じられ、今まで感じたことがない――。
感じたことが、ない――。
「……うっ、ぐっ……げぇ」
〈わたし〉は、縁側から庭に崩れ落ちた。
息が、上手く、吸えない。
どうし、よう。
生まれて初めて感じる激しい痛みと、肺がマヒして息が吸えない感覚。
唇が痙攣し、歯がカタカタと音を立てる。
これはダメと、〈わたし〉は必死に考えた。
考えて、考えて、考えながら、痛いのを我慢する。
「ひか、り……もとめ、もの……にっ……よる、はっ……あけ」
お気に入りの一節を言葉にし、何とか力を振り絞る。
まだ、死にたくない。
『黎明の宴』を――夢を叶えてない。
中庭を這って進み、雑草をつかんで懸命に身体を引き上げながら、山の斜面を這い登る。
歯を食いしばって、朦朧とする意識にすがりつきながら、読んだ本の中で見かけた草を探した。
吐き気に効く草、痛みに効く草、炎症に効く草。
手当たり次第に見つけては、土と混ぜ合わせて口の中に放り込み、呑み込んだ。
怖い。
痛い。
苦しい。
お腹がひっくり返るようなえづきを何度も乗り越え、必死に、胃の中の物を吐き出した。
「お、おみ、ず……」
そうして、次は家の中にある水を求め、息も絶え絶えに山から這い戻る。
――だが、斜面でバランスを崩し、玄関のそばの林に転げ落ちてしまった。
玄関先から、声が聞こえて来た。
「……あの毒、さすがに効いたか?」
「物音がしないから、たぶん。……大人でも一房食べりゃ死ぬ果実だ。生きてたら本当の化け物だろうよ」
「は、ははっ、もしかして、俺らは英雄に――」
何を言ってるかは分からなかったけれど、〈わたし〉はガサリと林から這い出た。
そんな〈わたし〉を見て、彼らはぎょっと凍りつく。
「た、たすけ、に……来て、くれた、の……?」
かすれる声。
あえいで苦しいけれど、できるだけ、明るく。
心からの笑顔を送ったつもりだった。
でも――。
「ひ、ひぃっ! ば、化け物ォ!!」
「あ、あの目! 呪い殺されるッ!!」
彼らは震えあがったように後ずさると、なりふり構わず悲鳴を上げて、こちらに目もくれずに走って行った。
「なんで……?」
そうつぶやいた声は、高く、震えていた。
遠くなっていく彼らの背中に手を伸ばし――〈わたし〉は、気を失った。




