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宴にあこがれる名もなき化け物  作者: 杜ノ宮紅花


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3/6

〈わたし〉の宴



 〈わたし〉は、そっと(ふすま)のそばに正座し、玄関先から聞こえる声に耳を澄ます。


「よっこらせっと」


 どさりと、何かが置かれる重い音がした。


「はぁ~、こんな山奥までわざわざ、面倒な仕事だよほんと」


「一匹分。されど一週間分ともなると、それなりの量だからなぁ」


「まったく、なぜ〈あれ〉を生かし続けてるんだか」


 いつものような会話。

 悪気のない悪意が込められているが、〈わたし〉にはそれが分からない。


 〈わたし〉はただ、何か新しい単語がないか、じっと耳を澄ませるだけ。

 

「知らんのか? 死なないんだぜ、〈あれ〉」


「はあ? んな馬鹿な」


「本当だよ。生まれたばかりの時に、御屋形(おやかた)様が頭を一突きしたらしんだが、それでもすぐに傷が綺麗さっぱり再生しちまって、腹を刺しても、どこを刺しても意味がなかったんだと」


「ひぇ~……おっかねぇ。流石は化け物の忌み姫……」


 化け物。


 単語は知っているけれど、〈わたし〉にはそれが何なのか分からない。

 ただ〈わたし〉のことを指してそう呼んでいるから、もしかして、〈わたし〉は化け物という存在なのかもしれない。


「……毒でも死なねぇのかな?」


「さあな。誰も試してないだろ。何せ、誰も関わりたくねぇからよ」


「そういうもんか」


「触らぬ神に祟りなしってな。さて、行くぞ」


 玄関先から聞こえて来た声が止み、足音が遠くへ離れて行った。


 〈わたし〉は、ゆっくりと襖を開けて玄関先に置かれた物資を見る。


 古めかしい匂いの(あわ)とキビが混ざった物。虫食いがあったり、しなびている野菜。腐りかけている物もある。そして、使い古されたいくつかの書物。食べ物をこぼしたのか、一部分読めなくなっている。


 〈わたし〉は、それらを厨房まで運び、これ以上ダメにならないように野菜を下処理しつつ、『黎明の宴』の本を広げて置いた。


「光を求める者に、夜は等しく明けるだろう」


 一番好きな一節だ。ただ何となく、何かをする前に言葉にすると、不思議と動きやすくなる。だから、言葉にする。


 〈わたし〉はふんふんふーんと、平淡な鼻唄を歌いながら、宴のための豪華な晩御飯を作る。


 『黎明の宴』には、温かい黄金色の野菜のスープや、きつね色に焼けたパン、香ばしい匂いであふれる肉、色とりどりの野菜盛り、そして甘い果実のデザートなど、美味しい料理が出る。


 それらが何かは分からないけれど、〈わたし〉は文章を読みながら、それらを手探りで作る。


『黄金色に輝く野菜のスープ。湯気の向こうで、みんな笑っている』


 黄金色の野菜が何なのか分からない。

 だから、腐りかけの野菜を煮込んでみた。これで合ってるかな?


『きつね色のパンはふわふわで、香ばしい小麦の焼けた匂いがみなを元気づけた』


 パンが何かは分からないけど、穀物を焼いたものというのは分かる。

 だから、古臭い粟とキビを粉にして、練って焼いてみた。これで合ってるかな?


 お肉は、ない。しょうがない。


『色とりどりの野菜盛り。お肉ばかり食べる彼を、わたしはいたずらっぽくからかった』


 色とりどりの野菜もないけれど、しなびた野菜をきちんと切って、器によそってみた。たぶん合ってる。


 甘い果物も、ない。しょうがない。


「できた」


 〈わたし〉は美味しい料理を食卓に並べてみた。

 透明なお湯でできた〈黄金色の野菜スープ〉を口に運ぶ。


「これは、落ち着くな。ありがとう」


 英雄のセリフを真似してみた。


 少し焦げ臭い〈きつね色のパン〉を口に運ぶ。


「こんがり焼けてて美味しいね」


 少女のセリフを真似してみた。


 ふっと、〈わたし〉の腕から力が抜ける。そこからはただ、生きるために口に運ぶ作業になった。


 食べれば、お腹がぽっかり空いたような感覚が少しマシになる。


 〈わたし〉の宴。



 やっぱり、何かが足りないや。



 そう思いながら、もぐもぐと、〈わたし〉は今日を生きた――。




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