25
気づくと私は真っ暗な場所をただ歩いていた。
いつから歩き始めたのか、ここはどこなのかわからない。
ふと足元にふわふわとした感触を感じ、驚いて足元をみる。
そこに見えたのはまんまるな2つの黄色の瞳だった。
夜空に浮かぶ月のようなそれは私を見上げている。
足元の猫はにゃーとひと鳴きすると私の足に擦り寄る。
可愛らしいその行動に胸が締め付けられる感じがする。
私は思わずしゃがみこみ足元の猫に手を伸ばすと、猫は私の手に自分の頭を押し付けてきた。
撫でろと言わんばかりの行動に負けて、私はその手触りのいい毛並みに指を絡ませる。
『まだ目覚めていないのかい、主』
猫の方向から男性の声がしたが、猫の口は動いていない。そもそも猫は言葉を話さない。
『まったく…俺という使い魔がいながら妖精の祝福を受けるなんて、ほんと罪な人だ』
でも確かに猫の方から人間の言葉が聞こえてくる。
思わず猫を撫でる手を止めると、猫はそれに気づいたようにゆっくりと目を開けた。
驚いて呆けているであろう私の顔を見ると、やれやれと言わんばかりに自身の毛繕いを始める。
「今、しゃべった?」
私がおそるおそる尋ねると、猫は毛繕いをやめてこちらを見上げる。
『今、ここにあなたと俺以外誰かいますかい?』
猫は怪訝そうな表情で私を見上げる。
「喋る猫は初めてなの」
『それは嘘ですぜ、主。あなたが忘れちまってるだけだ』
猫は私の足元で私を中心にぐるぐると歩き始めた。
「忘れてるって、何を?」
『たくさんのことさ、俺のことや自分のこととか……』
私はぐるぐると回る猫を目で追いかける。
『まぁでも大したことじゃない、忘れちまったことは思い出して、思い出せないことはまた覚えりゃいい』
猫は私の正面でぴたりと止まると、私の手の匂いを執拗に嗅いだ。
『あーあー、ベッタリ匂いつけられてら、まったくこれだから猛禽類の独占欲はいやだね』
「どうしたら忘れたことを思い出せるの?」
私がそう猫に尋ねると、猫は興味なさそうにしらね、と答えた。
猫は私の匂いを嗅ぐのをやめ、お行儀よく両手を揃えてその場に座った。
『本当に何も思い出せないのかい?』
「本当に何も」
私がそう返すと、猫は悲しそうに瞳を閉じた。
『自分の意思で来たわけじゃねぇんだな』
猫の言葉の意味がわからず首を傾げる。猫はゆっくりを目を開けると数歩だけ私に近づいて私の手を舐めた。
猫のした特有のざらつきが痛いはずなのに、なぜか痛みを感じない。
なぜだろうと、自分の手を見つめるも誰も答えを教えてはくれない。
『また会おうぜ、主』
猫はそういうとポテポテと歩いて私から遠ざかっていく。
私はその後を追おうとするもなぜか足が動かない。
待って、そう言おうとした時、猫はこちらを振り返った。
『あと、フクロウによろしくな』
ーーーーーーーーーー
意識が浮上しゆっくりと目を開けると、あたりはぼんやりと明るくなっていて夜明け直前だと分かった。
「いい夢は見れたか?」
声がした方を見ると、サーティがだいぶ小さくなった焚き火のそばに座っていた。
「私は夢なんて見ないよ」
私はそう返答しながらゆっくりと体をおこす。
「今まで、一度も?」
「一度も」
あたりを見渡すとシャカルはまだ眠っていて、イブロの姿は見当たらない。
サーティは小さくそうか、と呟くと焚き火の方に目をやった。
「イブロは?」
私がそう尋ねると、サーティは洞窟の入り口の方を見て顎で外をさした。
「何か食べるものを探しに行ってる」
私も洞窟の入り口を見ると、外の方から一羽の鳥がこっちに向かってくるのが見えた。
なんとなくイブロだと感じ、腕を伸ばす。
その鳥は洞窟まで一直線に飛んでくると掴んでいたポーチをサーティの手元に落とし、そのまま私の腕に降り立った。
腕にイブロの爪が当たって少しだけ痛みを感じる。
その感覚で何かを思い出そうとするも、何を思い出そうとしたのかがわからない。
しばらくフリーズしていたのか、不思議そうにイブロが顔を覗き込んでくる。
イブロの顔を見て、余計に胸がざわつく。
「どうした?」
ポーチを開けてきのみや果物を出しているサーティがその手を止めて、私を見つめる。
「何か、イブロにいうことがあったと思うんだけれど」
そういうとイブロは私の腕を歩いて肩までやってくる。
何?と言わんばかりに首を傾げる姿が可愛らしい。
「忘れちゃった」
私が笑ってそう返すと、サーティはため息をついてポーチから中身を取り出す作業に戻る。
「なら早くたべろ、日の出とともに出発だ」
サーティがそういうと、シャカルがモゾモゾと動き出す。
まだ寝起きの彼女がモゴモゴと何かを言っているが何か聞き取れない。
「おはよう、シャカル」
私がそう声をかけるとシャカルは両手足を思い切り伸ばす。
「おはよう陛下、いい夢は見れたかい?」
サーティと同じ問いかけに思わず私は笑ってしまった。
黒猫は正義




