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 俺とシャカルは森の中を彷徨っていた。


「ったく、どういう位置設定したらこんなところに飛ばされるんだ」

「あんたが急かすからだろう!?」


 シャカルは短刀で腰丈ほどある草を切りながら道を切り開いていく。

 俺はシャカルの後ろを歩きながら背中に背負ったソラがずり落ちてくるたび背負い直し、その息が止まっていないことを確認する。

 

 俺たちは城のすぐ外に転送し、そこに馬などの逃走手段を用意していた。

 それに乗ってサブール砂漠を目指す予定だったのに。


(何がどうなったら、こんな森まで転送できるんだ)


 あの時俺が持っていた魔法石は王都ユグヌムを出れるほどの物ではなかった。

 これが西の妖精の森であれ、東の魔物の森であれ、これが理論上不可能な移動距離であることは確かだ。


 俺は可能性のひとつである背中の女を見る。

 

「あぁもう疲れた! あの木の下で一休みしよう!」


 シャカルがそう言って一本の一際大きい木を指差す。

 わかった、と俺が返事をすると、シャカルは気合を入れ直したようで、今まで以上のスピードで道を切り開いていった。

 俺は背中で眠っているソラを背負いなおし、シャカルのあとを追った。




 ーーーーーーーーー

「あー疲れた!」


 シャカルはそう言って木の根元に座り込む。

 俺はソラを背中からおろし、木にもたれかけるように座らせる。

 いまだに眠っているソラの顔をシャカルが覗き込む。


「あんた、本当に陛下を刺したのかい?」

「あぁ、血もこの目で見たぞ」


 俺は固まった背中をほぐすように肩を回す。


「でも、ケガひとつないじゃないか」


 シャカルにそう言われ、ソラに視線をやる。

 確かに刺したはずのソラの腹部からはもう血の一滴も流れていない。

 それどころか、傷口は完全に塞がりあと一つ残っていない。


(そう簡単に帰ってはくれないか)


「何だって?」


 自分の思考を口に出していたようで、シャカルは不思議そうに聞き返してくる。

 俺はそれを適当に誤魔化して、周囲を見渡す。


「東のノワールか、南西のブランか、はたまた妖精の森ジョーヌか、どれかわからないのか」

 

 俺の問いかけにシャカルはムッとし、ふん、とそっぽをむいた。


「わかるわけないだろう! 森は森!」


 シャカルがそういうと、小さくソラから声がした。

 慌ててシャカルがソラを揺する。陛下、と呼びかけるとソラはゆっくりと目を開ける。


 森の木々から溢れる太陽の光を反射して、その瞳が一瞬金色に光って見えた。

 

 その色に俺は息を呑む。

 しかしソラが何度か瞬きをすると、その金色はすっかりと見えなくなり元の深い闇の色になる。


 ソラは意識がはっきりして俺とシャカルを見ると、すぐに俺たちから距離をとりいつでも対応できるような体勢に整えた。

 その戦闘意識に俺は大きくため息をつく。


「今の俺たちに敵意はない」

「それを信用しろと?」


 ギリギリと睨みつけてくるソラに自分のしたことを思い出し、俺は懐からソラを刺したダガーを取り出す。

 その行為にさらにソラは警戒し、瞬きすることなく俺のダガーを睨みつける。

 俺はそのダガーを地面に投げ捨てた。その行為にソラが驚いたのを感じる。


「お前が俺を信用できないのはわかる、だが敵意がないのは本当だ。その証明だ、それはお前が持っていろ」

「それ以外に武器がないとは限らないじゃない」


 姿勢を全く崩さないソラに思わず感心する。


「その警戒心は褒めるべきだな」


 俺が小さく笑うとソラの表情が警戒から怪訝な顔に変わる。


「今のお前は不死身のようだから、俺に勝ち目はないしな」


 とってつけたような理由に、ソラは刺されたことを思い出したのか俺から視線を外し、自分の腹部を見た。


「傷が、ない」


 自分の状況が信じられないのか、服をめくって俺が刺した場所を何度も触る。

 俺は目のやり場に困って思わずソラから視線を外した。

 それを見たシャカルは急いでソラに駆け寄る。


「ちょちょっと! 人前で服を捲らない!」


 仮にも9貴族としてしっかりした教育を受けてきたシャカルは信じられない!と言わんばかりにソラの服を下ろさせる。

 ソラは戸惑いつつも、俺たちに今は敵意がないことを理解したのか、少し緊張した面持ちではあるが警戒をとき戦闘体勢を崩す。


「あなたは?」


 ソラがおずおずとシャカルに名前を聞く。

 シャカルはにこりと笑うと胸を張って答えた。


「アタシはシャカル族族長。9貴族のうち草原の領域、ユグヌム国最西端の領域を担当しているのさ!」

「元、な」


 シャカルの自己紹介にそう付け足すとシャカルが威嚇のように唸る。


「元?」


 ソラが不思議そうに首を傾げる。


「俺はお前を決闘のルールを破って刺した、シャカルはその俺と一緒にお前を連れて逃走した、こんな重罪を犯してこいつがまだ9貴族でいられると思うか?」


 俺がそういうと、ソラは徐々に気を失った時のことを思い出してきたのか、周りをキョロキョロと見渡す。


「そういえば、ここはどこ?」


 ソラの質問にシャカルは歯切れ悪く、あーと意味のない声をだす。

 俺は大きくため息をついてわからないんだ、と返す。


「本当は城の外に出るだけのつもりだったんだか、なぜか王都ユグヌムの外まで転送してしまったんだ」


 俺は周りの木々を見る。


「森の中に転送したからここがどの森かもわからない。城の外に荷物も馬も準備していたから、手元にコンパスも地図も無いってわけだ」


 俺の返答に自分の置かれた状況がわかってきたのか、ソラの顔がどんどん青くなっていく。


「……遭難してるってこと?」

「そういうことだな」


 俺がそう返すと、ソラは絶望したように肩を落とす。

 そして絶望した顔のまま、俺のすぐそばを指差した。


「もう私たちは死んでいて、だからそういうモノが見えるってわけじゃないよね?」

 

 ソラの指差す方には何もない。少なくともシャカルの表情からもシャカルの目には俺と同様に何も見えていないようだ。


「お前には何が見えているんだ?」


 俺は頭に浮かぶひとつの可能性に賭けてソラにそう尋ねる。


「何って、なんか、蝶々みたいな、羽の生えた、」


 途切れ途切れに戸惑いながら答えるソラの言葉をじっと待つ。


「妖精みたいな、何か」


 俺はその言葉に自分のいる場所が理解できたことに安心し、そして最も脱出が困難な場所にいることを悟り、今日で一番大きなため息をついた。

地面に転がりっぱなしのダガー。

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