第五章 花とは何だったのか
「第一発見者を疑うかね?」
がっくりと肩を落とす僕に、楡松は皮肉な笑みを向けた。
「うるさい、黙れ」
「君も第一発見者だ、疑われるぞ?」
ククク、と楡松は楽しげに笑った。
僕と楡松は、仲良く取調室で待機を命じられていた。
「しかし、まあドジを踏んだものだ」
「警察の悪口なら外で言え」
「いやいや、犯人さ」
楡松の意外な答えに、僕は顔を上げた。
「犯人が? どう言う意味だ?」
「なに、犯行時間と容疑者の範囲を勝手に絞ってくれた」
彼女の言う事が飲み込めない僕は、ポカンとした顔をするしかなかった。
「鈍感だな、それでよく刑事が務まるものだね。いいかね? リリーが殺されたのは、あの事件現場では無く、警察署の中だ」
「何故、そう言い切れる?」
「簡単さ、病院ならナイフは抜いてくれる」
「馬鹿にしてるのか?」
思わず、じっと楡松の子供じみた顔を睨みつける。
「そもそもの疑問は彼女がいつ死んだのか? そして、あの死体は誰か?」
「リリーだろ」
即答した僕に、楡松は重ねて僕に問うてきた。
「何故? もしかしたら、どこかよそから女学生を拉致して冷蔵庫に詰め込んだのかもしれない?」
僕は、死体が発見された時の事を思い出した。あれはリリーだ、髙砂先輩がそう言った。しかし、先輩が離れている間に、入れ替えられた可能性が……。
「いや待て、お前だろ、リリーって言ったのは!」
そうだ、確か楡松が死体のタグを指差してリリーだと言った。
「あのタグは犯人の偽装か? そんなわけは無い」
「その通り、あの手のタグは切らないかぎり取れない、つまりあれがついてる時点ではあの死体はリリーだった」
当たり前といえば、当たり前。そこまで自明の事になぜ楡松がこだわるのか? 僕にはその理由がわからなかった。
「そもそも、リリーとは誰か? 我々が知っているのは彼女のごく一部だ」
「そりゃそうだが。なにか哲学的な問いか?」
僕の答えが気に入らなかったのか、楡松はあからさまに呆れた顔をした。
「本当にわからん奴だな、彼女はなぜ殺された? 『犯罪者が逆恨みした』? それは彼女の魔法少女としての一面でしか無い」
言われてみると、確かに僕らはリリーのリリーとしての一面しか知らない。
「彼女の本名は? 生年月日は? 通っている学校は? 好きな人は?」
「ちょっと待て好きな人は関係ないだろ?」
僕の異議に、楡松は馬鹿にした声で答えた。
「痴情のもつれが動機でないとなぜ言える?」
「え、あ、いや」
「いいかね、この事件は動機の面で迫っても無駄だ。何故なら、我々はリリーの事を全く知らないも同然だからだ」
考えた事もなかった。彼女たち魔法少女の日常など、僕の想像の範疇にはなかった。
「だからこそ、犯行の機会から迫らねばならない」
楡松はすっと、立ち上がった。
「基本に帰ろう、被害者は誰か?」
「リリー?」
僕の答えに、楡松はうなずいた。
「そう、リリーだ。ローズを含めて、リリーの正体を知る関係者揃っている。これはつまり、替え玉などを使ってもすぐに露見すると言うことだ」
檻に入れられたクマのように、取調室の中をウロウロと歩きながら楡松は続けた。
「では犯行はいつか? 少なくとも衆人環視の中で狙撃された訳ではない」
「なんで、そう言い切れる?」
リリーが狙撃で殺された訳ではない。楡松の推理のキモは、そこにあったようだ。僕はその確信が、どこから来るものか分からなかった。
「ローズが言っていた通りさ、意識を失うと変身が解ける。いわんや死んでしまえば?」
「変身は解ける。じゃあ、狙撃自体は狂言?」
「おそらくは……リリーは被害者……」
楡松が何かを言いかけたが、最後まで言い切らないうちに取調室のドアが開いた。
「二人とも来て、ローズが遺体を確認する」
髙砂先輩が、僕たちを呼びに来た。
「さて、勢ぞろいだな」
楡松はそう呟くと、ドアに向かった。




