第三章 花を語る人々(その1)
美人が、署のベンチで寝ていた。
このベンチは平素であれば酔っ払や行き倒れ、喧嘩疲れしたチンピラ達がぶっ倒れている長いベンチだ。
座ってるだけで違和感が半端ないのに、熟睡してるとなると強烈な場違い感に眩暈がしそうだ。
「酔っては、いないようだな」
楡松が美人の体の体にそうように、スンスンと匂いを嗅いだ。
止める間も無く、そんな事を始めた楡松の姿はまるで犬だった。
「勝手な事をするな!」
僕は楡松の襟首をつかむと、美女から引き離した。
「泥酔してるか確認するのは、基本じゃないかね?」
「何の基本だよ!」
楡松はいかに不服といった顔をした。
「少なくとも、この女性は泥酔して警察署に迷い込んだ訳では無さそうだよ」
「余計な事はするな!」
「不審者の状態を確認するのは、この場合基本じゃないか?」
「部外者が余計な事をするな!」
楡松は部外者、と言うより容疑者に近い立場のくせに僕の言うことに突っかかってくる。何なんだ、一体。
「あ、あの」
僕たちが、言い争っているといつの間にかソファーの美女が目を覚ました。
「あたし、ひょっとして、寝てました?」
気まずそうに彼女は言うと、困ったように自分の身なりを見渡した。
「ああ、やっぱり。戻ってる[#「戻ってる」に傍点]」
「あの、お名前を。あと、何で署内で寝ていたのかもご説明頂けますか?」
「……アヅミノアマカと申します」
「アヅミノさん? 身分を証明出来る物は何か?」
彼女はかたわらのバックから、運転免許証を取り出した。
「失礼」
免許に記載された生年月日からすると、二十台前半のようだ。特に怪しい所はないが、免許の写真と比べて、あまりに憔悴した姿をしている事が気になった。
「安曇野さん、どうしてここに?」
「事情聴取を待っていたら、疲れてしまってついうっかり……」
「事情聴取?」
「なるほど! 君はローズだな」
怪訝な顔をしている僕を押しのけて、楡松が言った。
「お前、何を?」
「その通りです、あたしはローズ。ローズ・オブ・クイーンです!」
そう言うと、彼女は魔法少女、ローズ・オブ・クイーンに変身した。
「ど、どう言う事だ?」
「簡単な事だよ。今夜、この警察署にいる女性は私と彼女ぐらいだ」
自分とローズを指差しながら、楡松は言った。
「私でなければ、彼女だ」
「お前の推理じゃない、なんで彼女が私服でここに居たのかを聞いている!」
「それは……」
ローズは、おずおずと口を開いた。
「よく寝ていたからかと……」
「寝ていた?」
「意識を失い続けると……変身が解けてしまって……」
「なるほど、道理だな」
楡松が横から口を挟んだ。
「黙ってろ」
僕は脇腹を小突いてやったが、楡松は僕をちらりと睨みながら続けた。
「ところで、リリーなんで警察に助けを呼んだんだね? 自分たちで対処できそうじゃないか?」
「それは……、私たちも彼女に自分達で何とかしようって言ったんです」
ローズは目を伏せながら、答えた。
「しかし、リリーは受け入れなかった」
「ええ、私たちにも理由を言わないで……。本当に彼女、すごく怯えていて知り合いの警察の人に相談したそうなんです」
「知り合い? 君か?」
楡松は僕を指差し、そう聞いた。
「いや、待て、どうしてそうなる?」
「うかつ[#「うかつ」に傍点]そうな顔をしてるからな」
「この!」
さすがに、度を超えた態度なので思わず手が出た。
ひらり。
楡松は身をかわして、僕の手から逃れると笑いながら言った。
「ハハハ、冗談さ」
「こんな時に不謹慎だ!」
本当に部外者のくせに、好き勝手やりやがって。
「ローズには、心当たりはないのかい? その警察の知り合いには?」
楡松は、僕の事を完全に無視して聞いた。
「心当たりは……ないです。ただ、リリーがすごい頼りにしていたみたいで」
「リリーが? どうしてまた?」
楡松が、当然の疑問を口にした。今回の護衛の件もそうだが、彼女たち魔法少女なら、並以上の相手でもねじ伏せることは可能なはずだ。
「リリーは前にストーカーの被害に遭っていて、その時によくしてくれた。それでその人を頼りにしたみたいです」
そのストーカーの平賀有人の事件は、署内でも有名だ。今回も事件に関係していると考えられ、先んじて身柄を押さえていた。
「つまり、その時の警察関係者を調べれば何か解るか……」
「お前、部外者が何を言ってる?」
そう言って、楡松の襟首に、僕は手を伸ばした。
「ちょうど良い、平賀もいるんだろ? 会いに行こう」
ひらり、またしても楡松は僕の手から逃れるとスタスタと歩き出した。
「ちょっと、待て!」
僕がそう言うと、楡松は立ち止まると、くるりと振り返った。
「所で、リリーを殺したいと思っている人物に心当たりは?」
「それは……」
ローズは俯きながら、頭を振った…
「私たちに恨みを持ってる人は、少なからずいます。それは……その……悪人にも、そうでない人も」
「手柄を取られた警察とか?」
彼女が言いにくそうにしいた事を、楡松はズバリいった。
「お前、何を根拠に警察関係者を犯人扱いしてんだよ」
「犯人扱いはしていないよ、心当たりを聞いたまでさ」
楡松は、相変わらずの調子で答えた。
「ただ、殺したいほど恨まれている……そこまで恨まれる覚えは……」
すっと顔をあげると、ローズは僕たちの言葉を肯定も否定もせず、そう答えた。
それが彼女の矜持であるのか。あるいは、考えた事すらないのか。僕には分からなかった。
「なるほど……ありがとう」
楡松はそう言うと、今度こそスタスタと歩き出した。




