第二十四話:黒魔術師さんとリベンジマッチ
今回は三人称視点です。
アレイスター・クロウリーは転生者である。
すでに10度目の転生を繰り返し、この世界ではクロ先輩という名前のもと、エーテル魔導学園に通う一介の女子高生を務めている。
彼女の目標はただ一つ、人類が等しく平和に暮らす世界の実現であった。
その道程は長く、険しく、遠く、一度の人間の生では叶えることができないものであった。
故に彼女は最初の人生において、ある特殊な召喚術を成し遂げた。
それがAiwassと呼ばれる聖守護天使の召喚であった。
通常の召喚術であれば、召喚対象は当然ながら異なる世界から喚び出されることになる。
それは夜森明人のメフィストフェレスがそうであったように、
天坂花子のジブリールがそうであったように、
異界から喚び出された存在を使役し、あるいは憑依させる。
だが、クロウリーは自らの内側から精霊を召喚した。
それはとても入り組んだ話になるのだが、自らの心を召喚獣と定めて、この世に召喚したのだ。
自分自身の精霊化、あるいは自分の心を神と見定めたということであった。
そしてクロウリーはこのアイワスを自分の身体とは分離した存在と見定めて、自らの生死とは無関係な位相に置くことに成功した。
それは現代社会に例えるならば、特定のマシンのバックアップを取得し、ネットワークを経由して外部のサーバー上で管理することに成功としたとでも言えば良いだろうか。たとえ、ハードが壊れても、いつでも復元できるように。
もう少し難しい例えを許すのであれば、クロウリーは自らの心に対してリバースエンジニアリングを仕掛け、心のデコンパイルを敢行したと言っても良い。
ソースコードとして復元された心は、必要最低限の関数の集合体に抽出され、サーバー上に保持される。
そして地上に再び蘇る時、クロウリーはそれをAiwassという形態で自らの内部に取り込み召喚可能としているのだ。
ともあれ肝要なのは、クロウリーがAiwassという存在を生み出し、それを転生先でも喚び出し可能にした点であった。
転生の明示化とでも言えば良いだろうか。
女神に頼ることなく、自らの意志で転生を可能とする。
クロウリーの大魔術は成功を収め、彼女は現在10回目の生を全うしている。
「フフフ…………しかし、この世界でメフィストフェレスの子孫に会えるとは、実に有意義なものだ」
夜市屋曜子の研究室――その地下の一室を借りて、クロウリーは日々研究に励んでいた。
魔法という概念を積極的に取り入れ、さらに同時並行して科学文明も十分に発達している。
どちらか一方を実現している世界は珍しくないが、両方をバランスよく成り立たせている世界はそれほど多くない。
少なくともクロウリーにとっては初めてであった。
中世ヨーロッパに似た文明の世界。
高度な科学技術が発展した未来型の世界。
概念形態そのものが異なるかと思えるような奇怪な世界。
人類が一切いない世界も存在した。
クロウリーはそこではゲル状の生命体として誕生したが、すぐに諦めて上位種の養分となった。
だから、クロウリーはこの世界を真っ当に生きようと決めている。
それは文字通りクソゲーな人生を引き続けていた彼女にとって、久々の本気になれるゲームだった。
だから、人類が平等に暮らせる世界の実現の研究と共に、彼女は部活動を始め、マトモな学園生活というものを過ごそうとしている。
それは内なる心に耳を澄ませる彼女の本来の考え方とは異なるかもしれないが、この10度の生で彼女も変化しているのであった。
そして――。
「フフフフフ……それではキャラクター選択はすでに終わっている。僕はアイワスで、ヤモリくんがメフィストくんを選択。それでいいね……?」
「構わぬ。ヤモリ、指示を出してくれれば妾はそれに合わせて動くぞ」
「お、おう!」
クロウリーの眼前には、闇よりも深き黒色の少女と、どこにでもいる平凡そうな少年が立っていた。
少女は勇猛果敢に闘技場へと降り立つが、少年の方は依然として腑に落ちない様子だ。
それもそのはずだ。いきなり昨日実施したゲーム――ヒーローアルカディアと類似した戦いを、現実の舞台で行わせようとしているのだから。
だからクロウリーは再度、ヤモリに説明する。
彼が余計な気兼ねをしないように。
「フフフ……安心したまえヤモリくん。このゲームでメフィストくんが傷ついたり、あるいは僕が死んでしまったりすることはない。きちんとそちらの調整は済ませている」
実際のところ――クロウリーはこの程度の戦いでメフィストが死ぬこともなければ、クロウリー自身が死ぬこともないと思っている。
メフィストとの意識も同様だ。
彼女が用意した闘技場は――特殊な魔法陣が敷かれており、この世の摂理をほんの少しだけ捻じ曲げるようにしている。
それは漫画やアニメに例えるのが分かりやすいかもしれない。
例えば、漫画やアニメで、人が殴られたり叩かれた場合、その作品がコメディ気質である場合、その殴打に伴う痛みはほとんど次のコマでは解消されている。
いわゆる物理現象に対する現実への反映が、痛みという要素において、この世界よりも弱く定義されているのだ。
部分的に世界の仕組みを改変する魔法陣は、巨大であればあるほど難度も高くなり、必要とされる要素も増えてくるのだが、クロウリーにとっては何てことはない。
彼女たちは思い切り戦える。それは自明であった。
「そ、それじゃあ、いきますよ」
「フフフ……来ると良い」
と、ヤモリが覚悟を決めた表情でポケットから何かを取り出す。
笛だ。
クロウリーは理解した。
あれが噂に聞く、あらゆる悪魔を使役することができる伝説の笛――"スレイマンの笛"か、と。
こと悪魔召喚については、召喚士に多大なるリスクが発生する。
それは対価として要求される魂であり、意にそぐわぬ形で実現される願いであり、人間の欲望そのものを唆すその権能の数々であった。
だが、スレイマンの笛の使用者は悪魔の呪縛から解放される。
クロウリーは別の世界で、上記と同じ笛の名前を何度か耳にしたことがあった。
だが、現物を見るのはこれが初めてであった。
「フフフ……なるほど、それをコントローラーに見立てる訳か」
「流石に口に出しての指示だと動きがバレバレですからね」
と気合十分のヤモリに、メフィストは「ばっちこーいッ!」と掛け声を返す。
よいコンビだ。
クロウリーはそう思う。
だが、自分たちに果たして勝てるかな、とも思う。
Aiwassはクロウリーの心そのものだ。
生半可なチームワークでは、自分の半身であるこの守護天使に勝てるはずはない。
「御託はいい、さっさとはじめるのじゃ」
「フフフ……それでは」
マントを翻し、ステッキを右手に構えるメフィスト。
対するAiwassは一切動じず空中に浮いている。
開始のコールが鳴り始める。
5。
4。
3。
2。
1――――ッ!
戦闘が始まる。
と、同時にメフィストのステッキが弾き飛ばされ、彼女が闘技場から消し飛んだ。
✞
ヤモリには、何が起きたか分かっていなかった。
まるでジブリルさんがゲーム中の戦いを全然理解していなかったように。
まるで、見えていなかった。
「フフフ……これがリングアウトありのバトルであれば、僕の勝利なんだけど」
そうもいかないよね、クロウリーはつぶやく。
と、同時にヤモリの眼前のスクリーンに変化があった。
Aiwass HP 700/700
メフィストフェレス HP 400/666
ライフポイントだ。
すぐさまヤモリは理解した。
このライフが減りきったら僕らは敗北する。
クロ先輩がどういったからくりを使ったのか知らないが、この戦いは確かにヒーローアルカディアを模したゲーム性を有している。
彼はそう自分とメフィストの置かれている状況を把握した。
「ならば……っ」
メフィストを闘技場内に戻さなくてはいけない。
ヤモリはスレイマンの笛を口に当て、音色を奏ではじめた。
本来であれば、悪魔を苦しめ、使役するはずのマジックアイテムであったが、メフィストはその音に反応するように目覚め、むしろ力が増したかのような表情で、闘技場に戻った。
「ふふん、やるのう、喋らぬ聖守護天使とやらよ。妾に一撃を喰らわしたことは褒めてやろう」
「……」
ヤモリは笛を鳴らし続ける。
「じゃが、妾から杖を奪ったことは悪手じゃったのう」
と、メフィストがくいっと糸をひく動作をすると、手の届かない場所に弾き飛ばされたメフィストのステッキがひとりでに動き出した。
迫るはAiwassに向かって。
これをかの天使は力いっぱいに弾き飛ばす。
何度やっても無駄だ。
そう言わんばかりに力を振るう。
だが――。
「残念じゃったのう、そいつは囮じゃ」
と、メフィストは意識を逸したAiwassに接近する。
天使に表情はない。
迫る右手。
だが、Aiwassの挙動は明らかに遅くなっている。
仕留めた。
「喰らえっ! 魔力・電撃ッッ!」
「……ッ!」
Aiwassは力を込めて、メフィストに光を放つ。
その動きはギリギリで間に合わず、天使の体力は削られる。
Aiwass HP 500/700
メフィストフェレス HP 380/666
「フフフ……どうにか守りきったね」
そう安堵するクロウリーに、
――――ヤモリはまだ笛を奏で続けていた。
「おおおっ、まだ動くかヤモリっ」
「……ッ!」
戦いの一拍もつかぬ瞬間、メフィストもAiwassも魔力を一度使い果たし、溜め込むその時に、ヤモリは攻撃を指示を出した。
だが、メフィストは動くが準備はできていない。
どうするのか。
メフィストも思いながら、同時に、まだ攻める手だてがあることを理解した。
「…………なるほどッ! 杖よ、再度この天使に一撃を」
「……ッ?」
二度弾き飛ばされたメフィストのステッキ。
だが、攻撃は一度も成立しておらず、そこにはメフィストが事前に溜め込んだ魔力が存在している。
杖は動く。
まるで自律した意志をもった生命体のごとく。
Aiwassを狙う。
無言のまま、ただ曲の旋律に合わせて動く兵器となりて。
「…………――ッ♪」
電撃が放たれ、Aiwassに直撃する。
Aiwass HP 150/700
メフィストフェレス HP 380/666
「フフ、驚いた形勢逆転か……」
「……逆転? 違うね……」
と、ヤモリは笛を奏でるのを止めた。
彼のターンが終わったからか?
いや違う。
すでに戦いは終わっている。
そう言いたげな表情だった。
「――――メフィストの能力のことを僕はよく知らないけれど。それでも、彼女の服が、帽子が、マントが、メフィストの"一部"だってことは知っている」
毎日洗濯をしているから。
「だから、攻撃命令を出せるのは、メフィストだけじゃない」
服も
帽子も
マントも
全て。
――下着を除いた彼女の所持品全てが彼女の一部であり、彼女そのものである。
「だから……僕が攻撃命令を出した。もう動き出す」
と、メフィストの身体が突如動き出す。
彼女の服がメフィストを離れ、強くしなる鞭になる。
メフィストのマントがはだけて、鋭くとがった槍になる。
メフィストの帽子が失われ、回転するカッターになる。
それらはAiwassを狙いに飛び出す。
――――下着だけのメフィストを残して。
「…………!?」
電撃を受けたばかりで軽いスタン状態にあったAiwassは、それらメフィストの衣服の攻撃を一身に受ける。
一打、一打は軽い。
何故なら、メフィストの一部とは言え、服だから。
だが、それでも服は、マントは、帽子は、Aiwassを猛攻し、天使のライフは――。
Aiwass HP 150/700
メフィストフェレス HP 380/666
Aiwass HP 132/700
メフィストフェレス HP 380/666
Aiwass HP 112/700
メフィストフェレス HP 380/666
Aiwass HP 98/700
メフィストフェレス HP 380/666
Aiwass HP 77/700
メフィストフェレス HP 380/666
Aiwass HP 52/700
メフィストフェレス HP 380/666
「フ、フフ……ま、まずい、これはまずいのでは……」
「一気に……」
ヤモリは際限なくメフィストの服たちに攻撃指示を出した。
それはヤモリに完璧な計算があったかというと嘘だ。
彼は命令を出したは良いが、止める条件を決めなかった。
つまり、適当な指示を出した結果、それが異常とも言える挙動を発揮し、メフィストの服を、化物の衣装に変化させた。
Aiwass HP 42/700
メフィストフェレス HP 380/666
Aiwass HP 24/700
メフィストフェレス HP 380/666
Aiwass HP 12/700
メフィストフェレス HP 380/666
「フフ、さすがにこれ以上は――ッッ!」
と、Aiwassは強い光を周囲に放つ。
地下室全域を覆う強い強い光だ。
ヤモリは眩しさに目を瞑る。
再び開けると、メフィストの服は粉微塵に消えていた。
「あ、ああ……妾の一張羅が……」
Aiwass HP 6/700
メフィストフェレス HP 342/666
Aiwassの体力はギリギリのところで保たれた。
あとちょっとだったのに、ヤモリは口惜しい気持ちでいっぱいだった。
だが、同時に勝利は確信していた。
何故なら――。
「よくも、よくも妾の大切な帽子を消してくれたのう……」
あ、帽子なんだ。
と、メフィストとクロウリーは思った。
だが、そんなツッコミをすることもなく、下着姿のメフィストは闘技場を駆け出して、Aiwassに近づき。
「魔力・電……ッ」
「フフ……そんな直線攻撃効くわけが――」
「甘いッ!」
Aiwassiが放った光の攻撃の先――そこにはメフィストはいなかった。
あったのは下着のみ。
次の瞬間。
天井から声が聞こえた。
「魔力・重力落とし――――ッッッ!」
見えない力が聖守護天使を押しつぶす。
同時にライフが変わる。
Aiwass HP 0/700
メフィストフェレス HP 340/666
闘技場に立つのはたった一人の少女。
全てを失い、全てを得た少女。
全裸のメフィスト・ヨハン・フェレス3世であった。
ようやくメフィストを脱がせました。




