第二十三話:黒魔術師さんと悪魔狩り
「えーっと確か、この後の予定は『悪魔狩り』だったよね……」
うららかな昼下がりの午後。
僕とメフィスト、そしてジブリルさんとクロ先輩は、近所の商店街の喫茶店ルドモンドで美味しそうなパフェを食べていた。
店内はコーヒーの香りがするちょっと学生にはお高めのお店で、その分、うるさい学生や家族連れはおらず、静かにコーヒーをすすっているお爺さんお婆さんが数人、パソコンを持ち出して仕事に勤しんでいる社会人の方々が数人。
それ以外は誰もいない。
とても、ゆったりまったりとした空間であった。
「フフフ……安心するんだ、ヤモリくん。私たちは悪魔狩りをする――だが、そのためにはまずは作戦会議が必要だ」
「そりゃまあ、そうですね」
僕は部室でやればいいんじゃね、というツッコミを押し殺して納得した。
「悪魔狩りをするためには何をすればいいか――それは、街のパトロールだ……」
「はあ」
「具体的には、こうしてサンルーム商店街を闊歩して、こうして洒落た店が輩に占領されていないか、ゲーセンに赴いてカツアゲしている学生がいないか、タバコ屋のご老人を騙してタバコを吸っている若者がいないか、主にそんなことをするのだ……」
「めっちゃ良い人っすね」
徐々にこの部活の本性が分かってきた気がする。
――要するに、こうして悪魔との戦いを嘯きながら、皆で遊ぶ部活なのだ。
それなら僕が入っても安心だ。
たとえ僕が悪魔を召喚して、しかも一緒に暮らしている男だと分かっても、この部活の人は許してくれるだろう。
何だろう。そんな牧歌的な雰囲気が漂っている。
「だけど、ヤモリさん。この喫茶店にも実は悪魔がひそんでいるんですよ」
「何、すごい量の多いパフェがあるとか?」
「よく分かりましたね!」
本当にそうなのかよ。
何だか、本気で安心してきた。
「よし、それじゃあ、その悪魔的なパフェを頼むじゃ!」
ケーキをもぐもぐを食べていたメフィストがそんなことを言い出したのだった。
?
「ほらほら、見るのじゃヤモリよ、妾に似合う服がこんなに沢山もっ!」
「おーかわいいかわいい」
「むう、なんじゃ見るからにやる気がなさそうじゃのう……」
「お前もう流石に20回も着替えてるの見てれば飽きるって」
それから――
僕たちは喫茶店を後にして、その後ゲームセンターにより、さらに本屋さんにより、さらに雑貨屋さんにより、
そして服屋さんに着ていた。
ものすっっっっごい普通に遊んでいた。
こんな高校生ってこんな風に遊ぶんだっていうのを初めて思い知らされるくらいに普通に遊んだ。
なんというか、ご飯を生まれて食べたことのない異国の人が、初めてご飯を食べたみたいな。
……うん、何だろう。いい例えが出てこないんだけど、それぐらいの衝撃だった。
メフィストと一緒に暮らすようになって家事や料理、普通に生活するってことはこういう感じなんだなと分かってきていたけど、
それ以外。
何というか真っ当な十代としての生活を人生で初めて送っている気がした。
そんな表現は大げさだっていう人もいるかもしれないけれど。
僕の意識できる世界なんて、そんなもんだ。
決して広くはないし、片手で収まる範囲内、視界に届く範囲内、それでも深く大事にしていきたい僕の世界だ。
そこにほんの少しでも潤いが与えられたのなら――、
一歩を踏み出してよかったなと思う。
「フフフ……いろいろ連れ出して悪かったね」
「クロ先輩」
気づけば隣にクロ先輩が立っていた。
今僕はメフィストとジブリルさんが着替えに出かけて、それを待つお父さんみたいな感じで、自販機でジュースを飲みながらのんびりしていたのだけど、彼女も着替えたりはしないのだろうか。
「フフフ……私はここから、花子くんとメフィストくんが同じ試着室でイチャコラしている妄想に忙しいのでな」
「気持ちはわかりますが、口に出さないでください」
どうしようもない理由だった。
クロ先輩も綺麗な女性なんだから、一緒に中に入ればいいのに。
「フフフ、なんだい。私も中に入って3Pになればいいのにと思ってたのかい?」
「そこまでは考えてないです」
なんてお人だ。
僕が呆れた視線を向けていると、クロ先輩はフフ……といつもの笑いをしてから、ちょっとだけ声のトーンを落とした。
「どうだい……この部活は、真面目ではないが、いい部活だろう」
「まあ、そうっすね……正直、楽しいです。真面目ではないですけど」
きっと、本気で魔法の勉強や、天使の召喚術を身につけたいと思って来たらガッカリする部活だろう。
サッカー部に入ったのに、全然サッカーしないでガバディの練習だけしてるみたいな。
そんな不真面目さと適当さが混在してる。
「フフフ、ストレートな物言いは嫌いじゃないよ。ちなみに今の部員はジブリルくんをいれて、他に3人……と言っても皆悪いやつではない。……いや、悪いやつもいるが、新入部員を追い出すような無法者はいないよ」
「なら……」
「フフフ――ぜひ、私たち天使同盟の一員となって欲しい」
伸ばされたその手を、僕は迷いなく受け取った。
そこには確かにドラマも葛藤もないかもしれない。
本来であれば、ここで一悶着あって、僕が天使同盟に入れなくなる山場の一つでもあるべきなんだろうが。
そんなことはない。
ちゃんと動けば、報われるんだ。
報われて然るべきだろう。
だから僕はこのご都合主義を否定しない。
「もちろん……ただ、一つ言っておかかねればならないことが」
でも。
そうだ。
僕は一応、相談しておかなくてはいけないことがある。
それはメフィストのこと。
あの古代の魔術師たちの魂を奪い、自らの血肉としてきた悪魔のことを。
あいつと暮らすことになっているその事実を。
クロ先輩。
この人にはちゃんと言っておく必要があると思った。
……ま、だったらジブリルさんはどうなんだという話なんだけど。
この部活に入るからには彼女にも言っておく必要があるだろうな。
そっちは、憑依魔法の件もあるから、面倒臭いけど。
「フフフ……だいだいヤモリくんの言いたいことは想像つくよ。あの"悪魔"のことだろう?」
「……やっぱ気づいてますよね」
そーですよね。
天使力測定のときの目が違ったもの。
「フフフ、彼女については部室にいきなり現れた瞬間名乗っていたからね。『我が名はメフィストフェレス! 天使を崇拝する輩がこの部屋にいると聞いて舞い降りた!』ってね……フフ、悪魔っぽい香りがしなかったから分からなかったけど、本当に悪魔だとは……」
「あいつは……」
隠そうという気が、なんというかゼロだよな。
「フフフ……そこで、これはヤモリくんが入部するのとは別件なのだが、是非とも君に……いや、メフィストくんにお願いしたいことがあるのだよ」
「何ですか?」
と、僕の疑問にクロ先輩が尋ねようとした瞬間――。
「ほら、ヤモリよ、見るのじゃ、この女、やっぱり野暮ったい服で誤魔化しているが、脱いだらスゴいのじゃ!」
「や、やめてくださいっ、た、ただでさえ、前裸を見られたばかりなのにっ!」
「ははっ、扇情的な格好をしてオスを引き寄せるといい……それだけ魔性な見た目をしていれば、天使力も下がるといった寸法じゃ!」
「て、天使力と体型は関係ないですっ! そ、そうですよね、ヤモリさん……?」
いや、何で僕に聞くんだ。
背景を知らないのでなんとも言えないが、どうやらメフィストが無理やりジブリルさんに露出度の高い服を着せて、遊んでいたようだ。
確かに今の彼女は、小さめのサイズの黒Tシャツに、ボロボロのダメージジーンズ、上はスタイルが顕になっているし、下はもう何というかボロボロすぎて、オークにやられた騎士様みたいだ。
対するメフィストは赤っぽいゴスロリ衣装を着てるのだが、こいつは普段からそんな格好なので代わり映えがしない。
「フフフ、話は後だね。……明日、できればメフィストくんと共に夜市屋研究室に来てくれるかな」
「夜市屋さんのところへ……?」
「フフ、大した話ではない。ただの、お遊びだ……ただの、世界をよくするための、お遊びだ……」
そう言って、クロ先輩の話はそこでお終いとなった。
?
翌日。
僕はメフィストを連れて、夜市屋さんの研究室へと足を運んだ。
あいにく先生は留守のようだったが、鍵は開いていた。
「なんじゃ、ここは面妖な雰囲気の場所じゃなぁ……」
メフィストは道中拾ってきた狸を抱きかかえながら、そう言って室内に入っていった。
中に入って少しすると、クロ先輩がいた。
鍵をくるくると回して、まるで自分の研究室のように自由に室内を案内してくれた。
「フフ……はるばるよく来てくれたね。お迎えに出向こうか迷ったのだが、どうやら君は夜市屋教授の知り合いらしいからね」
「まあ、一応保護者です」
「フフ……家族ということか。面白い。君は変な人間と巡り合う特技があるのかもね……」
そう言って、クロ先輩は研究室の扉の一角を開ける。
そこには、地下につながる階段があった。
こんなところあったのか。
驚きつつも、クロ先輩についていく。
「先輩は……夜市屋さんとは親しいんですか?」
「フフフフフフ……あの人がどう思ってるかは私には計り知れないが……フフ、そうだね、私からすると懇意にはされてもらっているよ。部活の顧問も引き受けてもらったし、将来は彼女の研究室にも顔を出そうと思っているよ」
「それは、夜市屋さんに師事を仰ぐという」
「フフ……それはどうかな。向こうも嫌がるだろうし、……私も嫌だ。ただ、私は今回の人生をかけて試したいことはいくつかあるのでね……そのためには、夜市屋教授の手伝いも必要になってくる」
「へぇ」
と、話しが難しくなってきたところで、僕は足元がお留守になりコケかける。
それにしても、暗い階段だな。
僕たちは、地下に向かって、一歩、また一歩と歩いていた。
研究室の地下があるなんて。
まさか、怪しいサバトとか、実験をしているんじゃないだろうな。
何となくそんな予感がするのであった。
「フフフ……別にそんなことはするつもりはないさ」
「なら、いいですけど……」
「私がここに君たちを呼んだのは――――悪魔と戦えるのか、試したかったのさ」
「…………"悪魔"と?」
クロ先輩の言葉には、僕だけでなくメフィストも反応した。
――――"悪魔狩り"。
昨日、クロ先輩がさり気なく言った言葉が現実味を帯びて現れてくる。
「…………フフフ、そんな怖い顔しないでくれよ。私はメフィストくんを取って食おうとも、神々に代わって浄化しようとも、考えていない。私が考えているのは、ただのお遊びだ」
そう言って、僕らは階段を降りきる。
さらにクロ先輩が開けた扉の向こうには――魔法陣が敷き詰められた、広い部屋が存在していた。
「これは……夜市屋さんのか?」
「おおー、凄いのう! すごい、スゴい詳しいのう……ハイヤーセルフか、なるほど、高次の自己、輪廻転生をしても失われぬ自己、明示的転生呪文、世界を自己と定義することで、外部により発動させる魔法を仮想的に自己から発動するのか……ははぁ、この世界の魔法体系そのものに対する叛逆じゃな、これは……のう魔術師よ、貴様のじゃな?」
「フフフ……よくお分かりで」
「だとしたら、――貴様とても悪いやつだな?」
「フフフ……それはお褒めの言葉ですよ、ありがとうございます、メフィストフェレスさん」
と、気がつけば、クロ先輩は僕らから少しだけ離れた位置に立ち、僕らと向き合う形になっていた。
……いったい彼女は何を始めるつもりなんだ。
僕にはまだ理解が追いついていなかった。
クロ先輩は悪魔と戦いたいと言っていた。
彼女がメフィストの正体に気づいたのは百歩譲って良いとしよう。
多分、すげー先輩なんだ。
ジブリルさんはアホの子だけど、普通に賢ければ気づかない可能性はゼロじゃない。
だが、気づいたのはいいいとして――何故戦いを求める。
クロ先輩は遊びだといった。
遊びで戦う? どういう了見だ。
「フフ、驚かせて済まなかったね、ヤモリくん。でも、これは本当に意味のない遊びなのだよ……私がかつての私に勝てるのか。この世界でも私は十全に私でいられるのか、その単純な確認作業なのだ」
「ふん、妾には何となく貴様の言いたいことが分かってきたわ。お主、どーせ色んな世界を渡り歩いておる魔術師なんじゃろ。時間は無限にあるし、その中の実験の一環という訳だ」
「フフ……この世界を私はなかなかに愛している。だからこそ、私は"今回の私"が悪魔ときちんと戦えるのか確認しておきたい。特に、メフィストフェレス、君は悪魔としても、正義のヒーローとしても有名だからね」
と、クロ先輩は自分の胸に手を押し当てて、呪文を唱える。
何だ? そこに魔法陣でもあるのか?
すると、クロ先輩の身体が光り輝き、彼女の前に、――天使が生まれる。
ジブリルさんの時とは違う。
彼女は何というか、優しい、僕らがイメージする綺麗な天使のイメージだったが、コイツは違う。
何というか、その、化物みたいで……。
「怖い……」
「フフフ……安心したまえ、危害は加えない。もちろんメフィストくんにも。これから私がやろうと思うのは一つのゲームだ」
ゲーム?
クロ先輩の出した天使は表情を一つも変えずに、こちらを見つめている。
何だこれは? そもそもさっきのは召喚魔法なのか?
メフィストとは雰囲気が違いすぎる。
正直言って、不気味だ。
「そ、それで、先輩、ゲームって何ですか?」
「フフフ……簡単さ。昨日と同じ、ヒーローアルカディアだよ」
そう言って、今度はクロ先輩は地面に手を当てる。
すると、僅かに地面が動き出し、闘技場が僕らの前に現れる。
「むぅ……なるほど、なるほどなるほどのう。のう、ヤモリよ、妾にはちょっとピンときたぞ」
「ほ、本当か?」
まだ僕はわからないぞ。
そう言うと、メフィストは僕の方を見て、言った。
「ヤモリ……昨日、この魔術師はゲームをする前になんと言っていた?」
「それは……」
――――フフ……故にここでは魔法を操る力、"幻想を使役する力"――それを持ってして魔力と呼ぶことにしよう。
――――フフ……自らが呼び出した精霊をいかにうまく使役できるかを試す競技、それは何かと聞かれたら一つしかない
「妾のスゴく嫌な予感なんじゃが……ヤモリ、お主には頑張ってもらう必要があるぞ」
「えっ」
そう言って、メフィストは――闘技場に一歩踏み出す。
対するクロ先輩の出した天使も、闘技場に足を踏み入れる。
「フフ……アイテムは無しで、ストックは2にしておこう。ルールをつかめないうちに勝負が終わるのもつまらないしね」
「構わんぞ」
「え、え?」
「フフ……スクリーンを表示しよう」
と、クロ先輩が詠唱を唱えると、僕の目の前に薄いブルーの画面が表示された。
そして、僕は全てを理解した。
そうか。そういうことか。
スクリーンには次の記載があった。
Name:メフィスト・ヨハン・フェレス3世
Description:魔力を得意とする悪のヒーロー。帽子とステッキがトレードマークの先代たちの後を継いだロリっ娘。動きは速く、妖術にも長けており、一撃必殺の魔法を沢山持つ。
Name:Aiwass
Description:異世界の魔術師が呼び出した聖守護天使。人類を超越した知性体の一つである。かの存在との対話は高次の自己との対話であり、その存在はあらゆる輪廻転生を経ようとも変わることはない。
「おーおーおー、守護天使か。厄介なやつが相手じゃのう。まず妾の攻撃が通るのじゃろうか? まあ、よい、掛かってくるが良い。魔術師の若造が、このメフィスト・ヨハン・フェレス3世がお相手しよう」
「フフフフフ……強がりは今のうちだよ、メフィストくん……いや、ヨハンくん。フフ……エーテル魔導学園で最も邪悪な人間、黒魔術の稀代、聖守護天使の喚び手……クロ先輩こと、この――――"アレイスター・クロウリー"が直々にお相手しようではないか」
そして気づけば、僕はクロ先輩と向き合う形になって。
彼女と、ゲームで再戦することになったのだった。




