第二十二話:黒魔術師さんとゲームのお時間(後編)
クロ先輩の選択するキャラクターは先ほどと変わらず、全壊戦士を選択。
それは僕に対してのサービスのつもりだろうか。
先ほどのメフィストとの戦いを見せて、もう対策は十分だろと、そう言いたいのだろうか。
問題は僕は別にゲームの天才でもなければ、そこまでハイスペックなヒーローでもない。
普通の高校生だ。
なので、先ほどのメフィストとクロ先輩の一戦をみた所で、彼女の弱点を発見しただとか、一撃必殺の作戦を思いついたとか、そんなことは全然ない。
でも、やれるだけはやろう。
地道に、着実に、逃げずに向き合って、彼女に勝つことができなくても、一矢報いるくらいはできるようにしよう。
そうすれば白き物ももらえるかもしれない。
勝負とは結果のみが大切なものであるが、今回については過程も大事にしたい。
クロ先輩はきっとそういうのを評価してくれる人間だ。
じゃなきゃ、メフィストとの戦闘の最中に相手を圧倒するだけではなくて、縛りプレイなんてはた面倒なことをわざわざ仕掛けてきたりはしないだろう。
圧倒的に勝ちたいのであれば、開始直後にハメ技で殺せばいいだけだ。
それをしないということは、彼女の中で、ゲームを楽しみたいという欲があり、さらに僕らにこのゲームを楽しんで、醍醐味を味わってほしいという意図がある。
僕が本当の意味で、この戦いに勝利するには、そうした意図を汲み取って、真面目にどうすれば良い戦いができるか考えなくてはいけない。
「さて、キャラクター選択か」
「メフィスト! 妾からのアドバイスじゃが、その城ヶ崎とかいうのは選んじゃダメなのじゃ。かっこよいが、あの魔術師の機械兵士の前では形無しじゃった」
「フフフ……もしヤモリくんが望むなら逆の組み合わせで戦ってあげてもいいよ……私が城ヶ崎正義を使用して、君がオールクラッシャーを選ぶ」
「マジか! これは勝ったも同然じゃな、ヤモリ!」
いや、全壊戦士は癖の強いキャラクター。
僕みたいな初心者が選んだところで、コマンド操作に失敗して倒されるのが落ちだ。
だとしたら、どうする。
僕は先ほど選ばれなかったキャラクターたちを改めて見つめる。
「……僕はこの、幻影魔人を選択するよ」
「フフ、いいのかい。そのキャラクターも初心者向けとは言い難いキャラクターだが……」
「いい、こいつは使ったことがある」
幻影魔人。
確か中級者向けのプレイヤーが、さらなるレベルアップを目的に使用するキャラクターであると聞く。
攻撃技が分かりやすくスタンダードである代わりに、一打一打が軽くさほどダメージを与えることができない。また素早さもそこまで早くはなく、他の初心者向けキャラクターに比べて、性能がやや低く設定されている。
その代わり、このキャラの面白い特性は、時間経過をするたびに強くなるという特性であった。
幻影魔人は、ゲーム開始時から周囲のフィールドに自分の発する煙を充満させ始める。
最初は能力の低かった彼が、10秒、20秒、1分と経過するたびに、じわじわとそのスペックを強化させていき、最終的にはどのキャラクターよりも能力の高いハイスペックキャラクターに生まれ変わる。
時間を稼いで、待ち続ければ、誰よりも強いヒーローになるという、このロマンに満ちたキャラクターは、妙に影のあるそのグラフィックも相まって、僕も含め、愛用しているプレイヤーが多くいるヒーローと言える。
「フフフ……いいだろう。幻影魔人は僕も好きなキャラクターだ。好きなキャラクターで遊ぶ、好きなキャラクターで強くなる、勝利する。とても大切な姿勢だ」
「ま、僕は他のゲームだと性能厨だったりすることもあるから時と場合によるんだけどね」
楽しむのならばコイツが一番だろう。
「フフ……ステージ選択は君にお願いするよ……私のオススメは複雑な構造をしたこのコンクリートジャングルだね……幻影魔人の時間稼ぎがしやすい……」
僕はテレビ画面を見ながら、戦うべきステージについて何が一番良いのか思考する。
氷のステージ、炎のステージ、砂漠、おもちゃの国みたいのもあれば、先ほどクロ先輩がおすすめしたコンクリートジャングルと呼ばれる都市を舞台としたステージも存在している。
だけど、そうだな……。
「僕はこういうのは一番シンプルなのが好きなんだよ」
「フフ……闘技場か。平面上のステージギミックがほとんど存在しない基本ステージ、フフ…悪くないねぇ、さてはヤモリくん、対戦ゲームだとアイテムとか使わないタイプだね」
「純粋なバトルって楽しくないですか?」
ステージギミックやアイテムでワチャワチャやるのも一つの醍醐味だし、そうした不確定要素を加えても強いってのが本当にあるべき姿なんだろうけど、どうせだったら。
僕はクロ先輩の実力を真っ向から受け取ってみたかった。
「フフフ……いいだろう、ならばステージは闘技場で、私の使用するキャラクターはオールクラッシャー、君は幻影魔人、それでいこうではないか」
「よろしくお願いします」
「フフ……お手柔らかに頼むよ」
ステージセレクトが完了し、僕の操作するキャラクターが画面上に登場する。
幻影魔人。
見た目は背の高い男性のようだが、顔はグルグル巻きの包帯のようなもので隠されて、その全貌を把握することはできない。また、登場した瞬間に辺りに煙を撒き散らし、どちらかというと正義のヒーローというよりも、アンチヒーローじみた振る舞いを見せる。
対する全壊戦士は先ほどと変わらず、機械兵士の見た目で闘技場に降り立つ。幻影魔人と比べると、その体躯が小さく、やや低い位置から攻撃してくることが想定される。
「ヤモリ、分かっておると思うが、近づけさせたらダメじゃぞ! アイツの剣は危険じゃ!」
「フフ……ならば、今回は剣を使わないでおこうか」
純粋な遠距離戦を仕掛けてくるということか……?
いや、一応でも相手は敵プレイヤーだ。彼女の言葉を100パーセント信じるのは危険だろう。
ただどのみち、幻影魔人は基本は近距離ファイターのため、相手の懐に潜り込む必要はある。
さあ、どうする……。
「フフフ……それじゃ、いくよ……――」
5。
4。
3。
2。
1――ッッ!
開始のゴングが鳴り、僕はコントローラーを動かしはじめた。
✞
さて、どうやって勝てばいい。
僕の知ってる幻影魔人の基本パターンは、時間稼ぎだ。
前に説明した通り、幻影魔人は、煙を吹き出して、フィールド全体に充満させるたびに、その能力を強化していく。
故に、煙を十分に吹き出させるまでは、逃げ出して、ガードして、そして強くなってから攻撃に転じるというのが、このキャラクターを有効に活用する際にまず考える基本戦術だろう。
だが、もちろん、クロ先輩はそんなことは重々承知のはずだ。
「フフフ……先ほどは剣しか使わなかったからね。ここはレーザーを撃ってみせようか」
と、クロ先輩の入力音が滑らかに僕の耳に入る。
その音に連動して、全壊戦士の右腕が動き、まるで本当に画面上のキャラクターを見えない糸で操作しているかのように、ヒーローは僕の幻影魔人に向けて、真っ白なレーザービームを放つ。
「うおっ!」
素早い一撃に僕はガード。
よし、よしよし……ガードボタンはこれで間違っていなかったな。
と、油断していたら、機械兵士が小ジャンプをして今度はレーザーを放ってきた。
ガード。
よし、これも守りきれる。
またも機械兵士は小ジャンプからのレーザー。
よし、これもガード。
……しかし、何をやってるんだ。
もし僕のことを思って時間稼ぎをしてくれているのならやめてもらいたい。
そんな単調な攻撃では、ほぼ初心者の僕とはいえ捌ききれる。
「フフフ……それじゃあ、今のを踏まえて」
幻影魔人と全壊戦士の距離は十分。
ここからであれば、いくら相手が遠距離戦が得意なヒーローだとしても守りきれる。
そう思いつつ、また全壊戦士が小ジャンプをして、レーザーを――、
放った瞬間、全壊戦士は僕の目の前ににじり寄ってきた。
「は?」
フフフフフフ……。
驚く僕に、その声が聞きたかったんだよ、と言わんばかりの笑い声で、超高速の入力音が鳴り響き。
全壊戦士が再び剣を取り出した。
一閃、一閃一閃一閃一閃――――ッッッ!
斬られる幻影魔人はガードも追いつかず、下から空中に掬い上げられる形で飛ばされていき、
「これは、特別だ」
YOSHHHHAAAAAAAAAAAAAAAA――――ッッ!
全壊戦士は先ほどのメフィスト戦と同様に大きな叫び声を上げて、ただし今度は巨大な戦車に変型して、そのまま撃つのかと思いきや――。
ぶちっ。
戦車に変型した瞬間の重さで、幻影魔人を潰してノックアウトした。
「う、うわー……」
「フフフ、決まったね。戦車潰し、これも当たり判定が際どくて難しいんだよ……」
こ、これ、絶対に勝てないやつじゃん……。
強すぎる。
実力が違いすぎる。
魔王を倒した経験のある歴戦の勇者と、はじまりの街にいるスライムぐらいの実力差が僕とクロ先輩の前にはあった。
「フフ……どうする? キャラクターを変えてやってみるかい」
「……先輩、ちょっと試しに操作キャラを逆にしてやってみてもいいですか」
「フフフ……いいよ。それならコントローラーを入れ替えるだけでいいかな」
僕はクロ先輩に自分のコントローラーを渡して、操作キャラを入れ替える。
今度は僕が全壊戦士で、クロ先輩が幻影魔人だ。
もうこうなってくると、勝負もクソもなくなってくるが。
彼女の実力を見てみたい。
僕が圧倒的な敗北を遂げたキャラクターをどう扱うのか見てみたい。
僕の中での興味が完全にバトルから、彼女への興味に切り替わっていた。
「フフフ……それじゃ、いくよ」
「はい!」
勝負のゴングが鳴った瞬間。
僕の全壊戦士は地面に叩きつけられた。
✞
「フフフフフフ……幻影魔人はとてもスタンダードな性能を持ったキャラクターであり、弱攻撃、ガード、強攻撃、投げ、どれをとっても癖が少なく、扱いやすい。圧倒的なパワーを誇るわけではないし、素早い行動がとれるわけでもない。初心者の練習用、中級者のレベルアップ用、上級者の自らをさらに高める用、こと練習キャラクターとしての側面が強いヒーローだが、本気を出せば――」
と、僕の全壊戦士は地面に叩きつけられたまま、一向に動けなくなっていた。
このゲーム、ハメ技はないはずだ。
にもかかわらず、僕のキャラクターは動けない。
立ち上がり、次の行動を取ろうとするたびに、裏をかかれて倒される。
「全壊戦士が倒されて起き上がるときの動きはやや遅い。自重にやられているのだろうね。起き上がり攻撃、起き上がりガード、……ガードもいくつか種類があって、うまくハマれば私の追撃を抜けることを抜けることもできるだろうが……フフフ、悪いけど、君に戦わせることはできないよ」
ダメだ。
ダメだ。
全然クロ先輩の動きについていけない。
僕が起き上がって攻撃を仕掛けるなり、なんなりしても、先輩の操作する幻影魔人は一向に困らない。微塵も動じることなく、ガードなり、避けるなりして、僕を再び地面に叩きつける。
「く、くぅっ」
「フフフ……これは特別だよ」
と、僕の起き上がり攻撃を避けて、クロ先輩の幻影魔人が距離をとった。
何故だ?
僕の操作キャラは久しぶり大地を踏みしめて、目の前のヒーローに武器を向ける。
「フフ……ちょっとおもしろい仕様を思い出してね。距離を取って攻撃してご覧よ」
「……いいんすか、うまくいけばそのまま倒しちまいますよ」
「フフ、できるのならばご自由に」
と、僕の全壊戦士は拙いながらもコマンド捌きによって、巨大な砲弾を放つ。
爆発が激しく起こり、煙が一面に吹き荒れる。
流石に距離があるため、幻影魔人はガード仕切っているが、でも、この攻撃を連続で続けていれば、やがて向こうのガードが破られる日も遠くないはず。
そう思いつつ、僕は砲弾を放つ。
放つ。
放つ。
放つ。
さらに煙は充満し、僕は幻影魔人のガードの色が青色から赤く変化しているのを視認する。
よし、大丈夫、あとちょっとでガードブレイクができる。
ガードブレイクできれば、相手の操作キャラは一定時間、動くことができなくなる。
そこからこちらの必殺技を決めてやれば、勝ちが拾える可能性はゼロじゃない。
よし、もっと、砲弾を――。
「フフ……面白いと思わないかい?」
「何がですか?」
妙なつぶやきをするクロ先輩に僕は尋ねる。
何だ、何が面白い?
僕はそう思いながらも、そう思いながらも、画面を改めて見て、――気づいてしまった。
「あっ」
「むぅ」
後ろの二人も気づいたようだ。
これは、確かに、妙だ。
おかしい。
僕らの画面――テレビの中に投影されている闘技場が、煙で殆ど見えなくなっていた。
「幻影魔人が時間経過とともに、煙を吹き出して、能力アップするのは知ってるかい?」
「……はい」
「適切なタイミングでパーフェクトガードを決めると、煙の噴出量が増加することは知ってるかい?」
「……それは」
知らない。
「フフフフフフ……さらに、爆発魔法、爆裂魔法、砲弾、煙幕、煙攻撃全般を幻影魔人に当てると、その攻撃ダメージ分の数値を内部で演算処理をかけて、彼の煙フィールド増加に役立てられる、というのは――知ってるかい?」
「そんなのは……」
知らない。
知らなすぎる。
でも、だからといって。
「フフフフフフ……一般的に幻影魔人単体での煙増加量には上限がある。フィールドを埋め尽くせるだけの煙量は、彼の内部で蓄えられる煙量からだと限界がある。ただし……フフフ、これはよく検証動画で見かける類のものなんだが、他人の攻撃を受けた場合に限り、この煙量の上限が開放される――」
それは……バグじゃないのか。
僕がそう思うと、クロ先輩は僕の言いたいことを読んでか「それは違う」と言った。
「フフフ……バグではないよ。実際の戦闘でここまでのことを実現するのは難しいんだ。それにパーフェクガードの成功を一定以上連続でこなす必要があるし、そもそも相応の実力がある人間であれば、この仕様は把握しているから、滅多に幻影魔人相手に煙系統の攻撃は行わない。――僕がレーザーで牽制を仕掛けたようにね」
そうして、クロ先輩の操作する幻影魔人が、真っ白になった画面の中で妖しく揺らめき
Attendre et désespérer……。
ヒーローは奇怪な言語をつぶやいて、巨大な魔人に生まれ変わる。
その姿は画面内に収まりきれるものではなく――。
その一撃は巨大な鉄槌となりて、僕の全壊戦士を叩き潰した。
✞
「フフフ……僕の二連勝だったね」
「強すぎますよ先輩……」
結局のところ――。
あれから十回くらい勝負を続けたが、僕とメフィストはクロ先輩に一勝も取ることができなかった。
「で、でもスゴいですよ、ヤモリさん、後半は先輩に剣攻撃以外を使わせましたもんっ」
そうフォローしてくれるジブリルさんは非常に有り難かったが、一勝くらいもぎ取りたかったというのが正直な感想だ。
「うう……白き物が」
「ゲーム……もらえんのじゃのう」
「フフフ……また部室に来たらいつでもやればいいさ。メフィストくんも遊びにおいで……」
「そう、するのじゃ……」
と、クロ先輩は優しい口調でそう言ってくれる。
てっきり、このタイミングでゲームくらいは貸してもらえないかなと思ったけど、そうは甘くはなかった。
過程は評価するが結果はダメだったから、ゲームはおあずけ。
そこまで先輩は甘いお人ではなかった訳だ。
「フフフ……次は何で遊ぼうかな」
「先輩、次はもっと天使同盟っぽいことがいいんじゃないですか」
「フフ……そうだね花子くん。ならば場所を移すことにしようか」
場所を移す?
外に出るということだろうか。
事情をよく分かっていない僕とメフィストに、クロ先輩はこう言った。
「フフフ……天使力の測定、ゲームでの魔力の測定、そして次はいよいよ天使同盟の実戦となる」
実戦?
クロ先輩は僕らの問いに答えるようにこう言った。
「――――天使流、"悪魔狩り"の時間だ」




