第二十五話:黒魔術師さんと美しいもの
「へー私がいない間にそんなことしてたのね」
クロ先輩の一戦を終えたその日の夕方。
僕は家で猫さんと会話していた。
こうもり猫さん。
その正体は、国造りの神様の子供だとか、大妖怪の一角を成す化物だとか、いろんな噂はあるが、
「ふわぁあ……昨日オールでこの街のボスネコと対決してね……さっき起きたばっかなのよ……」
普段は僕のペットとしてこのアパートで飼われていた。
「だとしたらゴメン。これからうるさくしちゃうかも」
「いいわよ……寝起きなだけだから、ふぁぁあああぁ……ミルクもらえる?」
僕は冷蔵庫に入った牛乳をコップに注いで彼女に渡す。
猫さんは前足二つで器用にもって、それを人間みたいにゴクゴク飲んだ。
「身体の体積と見合ってないけど、どうやってるのそれ?」
「うるさいわね、女の子相手にボディのこと聞くんじゃないわよ」
怒られちった。
「それで、結局そのクロなんとかさんには勝てたのよね」
「うーん一勝二敗」
「負けてんじゃないのよ!」
そうなのだ。
あの日、クロ先輩の一勝をした僕たちは、結局のところ、そのあとストレートで二敗して、彼女に負けてしまった。
肝心のメフィストの服を武器にする戦法も、一度きりの奇襲に過ぎず、
二回目以降は魔力を消費しすぎないよう調整されて、あっさり僕たちコンビは敗北を喫してしまうことになった。
「ふーん、そうだったのねぇ。でも一度目は勝てたんだからいいじゃない」
「そうかなぁ」
「だって、本当の殺し合いだったら、そこで貴方たちは勝利してたのよ」
「……」
……そうか。
そういう見方もあるのか。
確かに二勝して勝利したクロ先輩は、嬉しそうな反面、してやられたといった悔しそうな表情も僅かに浮かべていた。
まあ、その十倍くらいメフィストが悔しがっていたから分かりづらかったけど。
「メフィストは鍛え直してくるって、ランニングに出たよ」
「悪魔が脚力鍛えても意味ないのに……まあ、ストレス発散のつもりなんでしょう」
僕と猫さんはお互いに呆れた笑いを浮かべる。
すると、外から汗だくのメフィストが帰ってきた。
「ただいま、暑いっ! 水じゃ!」
「お帰り、どこまで走ってたの?」
「ちょっと灼熱地獄まで」
遠いな、世界を股にかけてるな。
彼女は僕の体操服の予備を来て、水浴びをしたかのように濡れていた。
ひとまずタオルを渡し、ゴシゴシやってもらう
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
「はい、お水」
「ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ……っぷはぁ!」
気持ちの良い飲みっぷりをして、メフィストはコップを僕に渡す。
そして現在料理中の僕の様子をじろじろと見てくる。
「ヤモリ、今日の料理はなんじゃ?」
「カレーだよ。鶏肉カレー」
既に食材は下ごしらえを終えて、炒めて、水を注いでお湯を沸かし始めている。
後は地道にアク取りをして、最後にルーを入れて溶かしてとろみをつければ完成だ。
「いいのう! しかし、いつもより大きな鍋を使用しているが、いっぱい食べるつもりなのかや? 妾の胃袋に上限はないが、さすがに多すぎるとまた猫に太ったと言われるぞ」
「あーそれはね……」
と、僕が説明しようとしたところ、ピンポーン、とインターホンが鳴る音が聞こえた。
「お、なんじゃ? また水道局を装った強盗か? ガイガーカウンターなんぞ妾がへし折ってくれるわ」
「物騒だなおい」
僕が留守中にこの家に何が起きてるんだよ。
「任せろヤモリよ。妾がこのドアを通すのは、不吉を象徴する黒猫マークの宅配便だけなのじゃ」
「いや、荷物の配送でもなくてね……」
と、僕が言い終える前に、メフィストは玄関のドアを開けた。
ガチャリ。
すると、そこには。
「こんにちは、お邪魔します……と言っても何回目か分かりませんが」
「フフフ……ギリギリのキャパみたいだね……それもまた一興か……」
天坂・ジブリエル・花子。
クロ先輩。
この二名が僕の部屋にやってきたのだった。
✞
真っ白なご飯の横に、鶏肉、じゃがいも、ニンジンがゴロゴロはいったカレーをそーっとかける。
とろみが十分についており、香辛料の香りも程よい。
癖のないカレーに仕上げてるつもりだ。
出来上がったカレーライスのお皿は、ジブリルさんがテーブルまで運んでくれる。
メフィストはコップに牛乳を注いでくれており、クロ先輩はこうもり猫さんをじーっと見つめている。
対するこうもり猫さんは知らんぷりだ。
そうこうしているうちに料理はテーブルに並べられた。
といってもカレーライスと牛乳、それとありあわせで作ったサラダぐらいだ。
「あまり慣れてないからこれぐらいしかできないけど……」
「ううん、十分っ! というかやっぱスゴいですよ、ヤモリさんは! うちの寮にここまでできる人いないもんっ」
「フフフ……君は将来主婦にでもなるのかい?」
何故かやたら褒めてくるジブリルさんとクロ先輩に、僕は謙遜してばっかりだ。
一方のメフィストは早くも一杯目を食べ終わりそうな勢いで、ガツガツッとカレーを口の中に入れている。
「どうじゃっ、ヤモリのっ、飯はっ、うまいんじゃ、おかわり!」
「早いねメフィストさん」
驚くジブリルさんにメフィストは得意顔だ。
コイツが何と張り合ってるのか知らないけど、多分、速く食べなきゃ他の人に食べられちゃうとでも思っているのだろう。
そんなことないからゆっくり食べてくれ。
「それにしても急に押しかけて悪かったね……フフ、これは差し入れだ」
とクロ先輩は持ってきていたカバンの中を開けると、そこにはヒーローアルカディアのソフトがあった。
「おおっ、そべばぁっ!」
「メフィスト食べ終わってから喋れ」
お米粒が危ない。
「……本当にいいんですか?」
「フフフ……もちろんだ。君たちは私に一勝をあげたのだからな」
クロ先輩はそう言って、微笑んだ。
その様子からは、何度をも転生を繰り返した稀代の魔術師ではなく、この世界でのクロ先輩の顔が覗かせていた。
「私からこれですよーっ!」
と、ジブリルさんは持ってきていたスーパーの袋を開く。
そこにはお菓子の山とソフトドリンクがいっぱい詰め込まれていた。
「おおー菓子じゃ! ポテトチップスにビッグチョコ、レタスさん太郎にケモノクッキー、アダルトドーナッツにダラダラしんじゃねーぞもあるぞ!」
「ガンガン焼きに、じゃんけんのできるグミもありますよー」
「駄菓子率高いな」
「妾はこの食べるとパチパチはねる綿菓子がいいのじゃ」
あったなそんなん。
しかし今は食事中。
楽しみは後にとっておいて貰おう。
「フフ……懐かしいな私が考案した練ると色が変わるお菓子はまだあるのかな……?」
「あれ、クロ先輩の発案だったんですかっ!?」
「フフフ……あれは高度な魔術的仕組みが施されていてな、練れば練るだけ高度な術式が完成されて、旨味が増すように作っている。もともとは別世界で作ったのだが。気づけば世界をまたがって広まっているよ……」
知らなかった。アレイスター・クロウリーってスゴいんだな。
「ヤモリ食べていいか!?」
「いいけど、後でね。カレーを食べ終えてから」
「この小石みたいなチョコだけでも先にはダメか?」
「ダメです」
あったなそんなん。
よくジブリルさんも見つけてきたもんだ。
「フフフ……ならばゲームをして勝ったものからお菓子を食べられることにしよう」
そう提案してくるクロ先輩の言葉を、僕たち三人はすぐさま却下した。
✞
「楽しかったのう……」
「そうだね……」
夕飯を終えたあと、クロ先輩の言葉通り、大ゲーム大会が敢行された。
ただしお菓子をかけることはなく、それは自由で。
先輩が持ってきたヒーローアルカディアでも遊んだし、
僕が前にメフィストとやる用に買っていたレースゲームや協力プレイのアクションゲームなんかも遊んだりした。
どれもクロ先輩が無双プレイをしていたが、運の要素なんかが絡むパーティゲーム系は僕とメフィストも健闘した。
ジブリルさんは終始大敗北であったが、最後の大ルーレットで全員のコインを巻き上げて優勝を掻っ攫った時は、こいつ持ってるなと思った。
こうもり猫さんは終始あくびをしつつも、僕らのプレイを見つめていた。
そして夜。
彼女たちは自分の家に戻り、僕とメフィストはベッドにダイブした。
普段はどちらかが予備の布団で寝るかじゃんけんで決めているのだが、
疲れきった今日ばかりは僕もメフィストも文句を言わずベッドでぐでーっとしていた。
「あー結局アルカディアでクロ先輩に勝てなかったのがなぁ」
「あやつ手を抜くということを知らんのう、真っ当に実力をあげねば無理じゃなあれは」
お風呂にはもう入り終わったし、あとは寝るだけ。
ゆるゆると僕は照明を切り替えられるリモコンを時計の横にあるのを引っ張り出して、電気を消す。
すると玄関の方が消し忘れたのか、ぼんやりと光っている。
……面倒だ。いいや。
ちょっとした間接照明のつもりで僕は消すことを無視してまどろみのなかに潜る。
メフィストも文句を言わなかったため、彼女も同じ気持ちなのだろう。
「なあ、メフィスト……」
「なんじゃ」
「僕ちょっとだけ分かった気がするよ」
「なにがぁ」
「人生を一番美しく感じる瞬間って、こういう時にあるんだと」
「……」
古き書物において――。
初代メフィストフェレスは全てを学び尽くした錬金術師に対し、賭けを持ちかけた。
お前に今よりも広大な世界を見せてやる。そこでお前がある瞬間に対して、美しいと思った時、私はお前から魂をいただこう。
クロ先輩――アレイスター・クロウリーはメフィスト曰く、何度かの転生を繰り返しているという。
それと同じように、初代メフィストフェレスとその契約者は、あらゆる異世界をめぐっていった。
その旅は素晴らしいものだったのだろうか。
あるいは過酷に満ちたものだったのだろうか。
どちらにせよ、彼は最終的に人生で一番美しい瞬間を見つけた。
それは確かなことであった。
「僕の世界なんてちっぽけなものだけど、でも、それでもメフィスト……お前と一緒にすごしてちょっとは広がった気がするよ。ありがとう……」
「……」
「きっと僕の幸福なんて世界を股にかける錬金術師や黒魔術師に比べれば、とても矮小なものかもしれないけど……でも、確かに今は幸福に思うよ……」
疲れたせいだろうか。
言葉が素直に出てきてしまう。
憎まれ口を叩いてばっかりなのに。
今の僕は純粋に感謝を述べている。
「……のう、ヤモリよ。これは妾の持論じゃが……あの黒魔術師だってきっと同じように幸せに思うておると思うぞ……」
「え……」
「幸福じゃと、美しいと感じるものに、長さや距離は関係ない。世界を救うことと、今日という日をお腹いっぱいに過ごすことは等価じゃ。貴様が美しいと感じたのならば――それが世界の美しさなのじゃ」
アレイスター・クロウリーがどうしてエーテル魔導学園でこじんまりとした部活を開いているのか。
転生を繰り返す黒魔術師ならば学園生活なんて楽しまずに目的を果たせばいいだけなのに。
どうしてそうしないのか。
メフィスト曰く、彼女は己の心の内側から精霊を召喚したという。
それはスゴイ話だ。
何故なら皆一人ひとりの心のなかに、異世界が広がっているということだから。
それはつまり誰か一人を助ければ、――自分自身だって、それは世界を救ったということになる。
美しいもの。
魂をかけられるほど、世界を悪魔に捧げられるほど、この時が止まって欲しいと願ってやまない瞬間が、いつか僕にも来るのだろうか。
その時は。
どうかこの隣でぐーすか寝だしたこの悪魔に、丁重にもらって欲しいものだった。
――第三章、おしまい。
これにて第三章おしまいです! ここまで読んでいただきありがとうございます!
次章、最終章にしようかなと思っています。(ちょうど文庫本一冊くらいの文量になりそうだし)
ヤモリのじーちゃんとか、夜市屋先生とか、その辺りの話でいけたらなと考えています。
よければ、ブックマーク&評価お待ちしています! それでは次回もよろしくお願いします。




