第二十話:黒魔術師さんと能力診断
「フフ……天使部たるもの、まずは君たちの天使力を知る必要がある……」
「先ほどのうさん臭いあの数値ですか?」
「違う。天使寮力はれっきとしたステータスだ……」
場所は移動して、天使部の部室内。
僕とメフィストは結局この部室にお邪魔することになった。
中は一見普通の部室だが、棚や机に置かれているものを見ると、謎の十字架、髑髏の置物、奇怪な水晶玉、異国の書物たち……どうもオカルトじみていた。
人によっては興奮する代物なのだろう。
「そうなんですよ、ヤモリさんっ、天使力はちゃんとしたぱわーなのです」
「そんなぽややんとした口調で言われても……」
僕はまだ信じないぜ、というスタイルを貫いた。
「本当ですって、今若者の間では自分の天使力を計るのが静かなブームなのです。よく雑貨屋さんとか行くと実際に天使力を計る道具が売られてるんですよっ」
と、ジブリルさんは体温計みたいなアイテムを取り出した。
「これを咥えると天使力と自分の体調が確認できるんですっ」
「やっぱり体温計じゃないか……」
「フフ…‥残念ながら私が使うのはそんなジャンクまがいの天使計測器ではない……天使計測機器専門メーカーに個別発注した特注品だよ……」
そう言ってクロ先輩は棚から桐の箱を取り出した。
綺麗な木目をしており、高級品であることは明らかだ。
そこから彼女が見せたのは――黄金色に輝く天秤だった。
「おおー派手じゃのう」
「でしょう」
ジブリルさんがドヤ顔で言った。
ちょっと調子に乗ってる姿も可愛らしかった。
「いったいいくらしたんじゃ、こんなもん」
「フフフ……それは秘密」
マジで高そうだなおい。
天使力計測器メーカーなんてどうやって商売成立させてるんだと思ったが、こういう物好きが世の中には一定数いるんだろうな、と僕は納得した。
「フフッ……コイツの使い方は簡単。まずはACアダプターをつけてコンセントに指す……」
「電動なのかよ」
そこはこう、魔力で動けよ。
いっきにジャンク感が増したじゃねぇか。
「フフ……さらにボタンを押してから測る人の性別、年齢、身長体重を入力する……」
「年齢で天使力が変わるのか……?」
「フフ…………うるさい」
おこられちった。
僕は素直に謝る。
「一般的に子供は天使力が安定しないんですっ」
「へぇ何で?」
「何でって……」
ドヤ顔で知識を披露したジブリルさんだったが、困ったようにクロ先輩に目線を向けた。
「第二次性徴期前の子供は純粋すぎるのさ……フフ、天使力は善悪の基準が花開く前の生命体には不向きの代物だ……これは経験則ではなく、全国の教会が出している統計データからも分かる……」
「そうです、ピュアなんです!」
「スゴいもっともらしいこと言いやがって……」
ちょっと信じちゃうじゃないか。
「フフ……入力完了。それじゃ、私の動きをまず見るといい。天秤に右手をこう乗せるんだ……」
そう言うと、クロ先輩はゆっくりと綺麗な右手を黄金のお皿に乗せた。
「……へぇ、右手であるのは何か意味があるの?」
「…………左利きの人は、左手をお皿に乗せるといいんだ」
「特に意味はないんすね」
じっと深呼吸をしながらお皿に触れようとするクロ先輩を見ると、何だか銭湯とかにたまにある血圧を計る機械みたいだ。
「フフ……まあ、見給え」
クロ先輩は動じず、天秤に右手を寄せた。
すると、天秤が――傾いた。
僕らはその光景をじっと見つめ、やがて彼女は手を戻す。
「フフ……これで私の天使力が、天秤にのった」
「おお……」
「次にこの分銅を使うんですよっ」
「分銅、そんなのも使うのか」
なんだか魔法薬の授業みたいだ。
ジブリルさんはクロ先輩の天使力を知ってか、どんどん分銅を乗せていく。
最初は微動だにしなかった天秤も、やがてじわじわと変化をはじめて、山盛りになりかけたところで、均衡を保つようになった。
すげー、乗っかったぞ。
「…………重り273個、天使力7892ですね」
「フフ、そんなものか」
そう言って、クロ先輩は微笑む。
正直どれくらいスゴいのか僕は知らなかったが、桐の箱にもともと入っていた分銅は全部使い切ってしまった。
どれくらいの天使力の人間を想定しているのかは知らないが、これは凄いことなんじゃないか。僕はそう思った。
「ちなみにジブリルさんの天使力はいくつなの?」
「21です」
ちっちゃ。
クロ先輩と対比するとちっちゃ。
「あー馬鹿にする目をしてますねーそれなら次はヤモリさんですよー」
「フフ……今の私の要領でやって見給え……」
よしきた。
正直クロ先輩の説明を聞いている最中はさほど興味はなかったが、ジブリルさんの数値を聞いてがぜんやる気が出てきた。
彼女には勝ちたい。
そしてめいいっぱい馬鹿にしてやりたい。
そんな風に思いながら僕は右手を天秤にかけた。
「…………お、結構いいんじゃないか?」
「分銅を、乗せますね……」
ジブリルさんが不安そうな目で天秤を見つめている。
自分より高いんじゃないか。自分より高いんじゃないか。
切ない瞳でこちらを見てくる。
「これは……一つで24天使力あるものです、これを乗せると天使力が24以上あることになります」
「うん」
ジブリルさんの指先がぷるぷると震えた。
彼女はゆっくりと分銅を天秤に乗せた。
天秤は……微動だにしなかった。
「よっしゃ」
「あー」
ジブリルさんは両目をバッテンマークにした。
何もない天井を仰いだ。
その後も問題なく僕の分銅は増えていった。
それに比例して、ジブリルさんの両目も虹彩を失っていった。
「フフ……天使力1024か」
「これってスゴいすか?」
「スゴいよ。クラスで一番取れちゃうくらい」
マジかよ。
どういう原理なのかまるで不明だが、とにかくやったぜ。
「……ふむぅ」
「フフ……メフィストくんもやるかい?」
「うーん、妾は」
と、メフィストは悩ましげに天秤を見つめた。
何だか今日は静かだな。普段だったら率先してジブリルさんを煽るのに。
「大丈夫か? お前が触ったら天秤壊れちゃうんじゃないか?」
「うっさいわヤモリ……ふうむ、"天使力"か……」
天秤の黄金色に反射してメフィストの顔がゆらゆらと妖しく色めく。
子供みたいなちっちゃい手を彼女は天秤に差し出した。
まるで生贄に出されるようだ。
僕にはそう見えた。
「フフ……そういえばメフィストくんは年齢的に天使力が安定しないかもね」
「歳なら問題ないが……」
「そうですよ、メフィストさんはヤモリさんのお姉さんなんですから!」
ああ、そんな設定もあったな。
クロ先輩が目を丸くしてこちらを見てきた。
僕は知らん振りをして明後日を向いた。
「よしそれじゃ……いくぞ……」
と、メフィストは天秤にじわじわと右手を近づける。
親指の先端が、ちょんっと、ほんのわずかに――触れた。
すると、いきなりだった。
触れた先から天秤が大きく傾いた。
「うわっ」
「きゃっ」
「フフ……」
天秤は転がるようにテーブルから落ちた。
激しく点滅し、淡いオレンジに発光したのだった。
「フフ……どうやら警告エラーが出ているみたいだね」
「クロ先輩いまのはなんですかっ!?」
ビックリしているジブリルさんが尋ねる。
クロ先輩は一拍だけ置いて、顎に手を当てる。
「フフ……天使力とは結局のところ――"超自然存在にどれだけ近いか"、これを数値化してまとめたものに過ぎない。もちろんその中で善性のベクトルに向けた場合の値を優先するなどの重み付けは行っているがな……結局は、神々や天使、悪魔にどれだけ近しいか、その値をステータス表示しているのだ」
天秤を拾い上げ、埃を落とすクロ先輩。
その瞳には怪しげな闇が見え隠れする。
……やべ、メフィストに触らせたのは失敗だったか。
てっきり僕の予想だと、こいつは悪魔だから数値がほとんど変わらなくて、ジブリルさんが大喜びという未来を期待してたんだけど……。
逆だった。
「メフィストは……天使力が強すぎたんですか?」
「フフ……――――いや、違うよ、ヤモリくん。私は言ったはずだ、"超自然存在にどれだけ近いか"を計る指標だと、つまりは超自然存在に対する割合だ。これは要するに今回の測定は前提条件が間違っていたということだ。……フフ、ヤモリくん、君は――水の中で湿度を計ることができると思うかい……?」
……あーこれは。
バレたな。
隣を見ると、メフィストも「やっちまったな♪」みたいな表情で舌を出している。腹が立つ。殴りたい。
しかし、そうだな……バレたところで、何が変わるといったことはない。
幸い彼女が言いふらすような人には見えない。
でも、油断はならない。
「フフ……しかし、これは是非ともうちの部活に入ってもらわなくてはな……」
これは、是非ともこの先輩がどういった人間なのか知らなくては……。
僕らが熱い視線を交わす中、ジブリルさんはポカンとした表情で。
「あのクロ先輩。湿度は空気中の水の割合です。水の中は空気がないので不成立なのです!」
「フフ……おーそうか、賢いな花子は」
「ありがとうございます! この前理科で習ったです!」
熱い空気をほどよく冷やしてくれていた。




