第十九話:黒魔術師さんと体験入部
「それにしてもヤモリさんに入部していただけるなんて、嬉しいですっ」
ジブリルさんは木漏れ日のような笑顔で僕の隣を歩いていた。
「う、うん……僕も少しは変わらなきゃな、と思ったからさ」
「素晴らしいです、死後はきっと天国にいけますよ」
それは気が早くないか。
放課後、僕たちは天使同盟の部室に向かっていた。
「でも僕、今だに活動内容よく分かってないんだよね」
天使同盟。
この奇妙で奇抜な部活の活動内容といえば、
世の中にはびこる魑魅魍魎を退治して、愛と平和を世界に取り戻すという、
これまた奇妙で奇怪なものであった。
「ズバリ言っちゃうと、正義の味方ですね」
「ズバッと言ってるなぁ」
なんというか、ここまでストレートだと逆に気持ちいい。
「僕、どっちかと言うと悪魔の味方なんだけど大丈夫?」
「大丈夫です、悪魔信仰の方も歓迎しています!」
なんでだよ。
「ほら、よく吸血鬼って同族の吸血鬼を狩ることを家業としてたりするじゃないですか」
「僕をそんなレベルの高いヴァンパイアハンターと一緒にしてもらっても困るんだけど……」
しかし、入部するにあたって気になるのは他の部員だ。
ジブリルさんとは知り合いだからまだいいけど、僕はまだ他の天使同盟のメンバーのことを何にも知らないのだ。
それこそ聖母マリアみたいに優しい人であれば安心だけど、悪魔絶対殺すマンみたな危険思想の人物がいないとも限らない。
そんなことになったら、即退部&さよならバイバイだ。
「大丈夫です、皆いい人ですよ」
「それならいいけど」
「右の頬を殴ったら、もっと殴ってとおねだりしてくるような愛に溢れた人たちですよ」
「ただのドMじゃないか」
不安だ……。
「あ、つきましたここです。ここです」
そこにあったのはなんの変哲もない部室の扉だった。
「じゃーんっ!」
と、ジブリルさんは無意味に部室に両手を広げた。
かわいい。
「神々しい雰囲気がしますよね?」
「いや全然」
シンプルに部室の扉って感じだった。
「まあまあ知らない人はよくそう言うんですよ中に入れば……」
「皆そう言うと思うんだけど……」
僕らは部室の扉を開ける。
するとそこではメフィストが鍋に煮込まれていた。
「……」
「お、おおっ、や、ヤモリよ! ちょうど良いトコに来たのじゃ! た、助けるのじゃ、学校に忍び込んだらこの女に捕まってっ!」
「……」
「フフフ……ぐーるぐーる、まだまだ鍋は煮えません……」
「や、やめるんじゃ! 妾は美味しくない! 床を拭いた雑巾みたいな味をするぞ! 絶対にオススメしない! ダメじゃ!」
「あとちょっと、フフフ……」
「そ、そうじゃ、うちに美味しい猫がいるぞ! 何しろかまいたちの権能も有しておるからの、絶対にいいだし汁になるぞ、オススメじゃ!」
「フフフ……」
……。
「帰ろっか」
「そうですね」
僕たちは部室の扉を閉めて帰ることにした。
✞
「そういえばジブリルさんてクラスはどこなの?」
「Dクラスですよ」
「そうなんだ。じゃあ、魔法薬の調合実習で同じだったんだね」
「そうですね! 今まで気づかなったです」
「先月の笑い薬の授業覚えてる?」
「はい! あれは凄かったですね、みんな本当に笑っちゃって……」
「僕も喉が完全にやられたよ、笑いすぎもよくないね」
僕らが仲良く下駄箱に向かっていると、後ろから大きな足音が聞こえてきた。
ドタバタドタバタ……ッ!
振り向くと、緑色に変色したメフィストがいた。
「こらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
「うわ、アメーバみたい」
「誰のせいだと思ってるんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
いや、僕のせいではないだろ。
さらに後ろを見ると、真っ黒な影がこちらに駆けてくるのが見えた。
闇。深き闇。
そう定義して違いない真っ黒な存在が――メフィストにぶつかった。
「あうっ!」
「フフフ……捕まえたぁ」
「ぎゃー、やめるのじゃ! 悪魔狩りは時代遅れじゃ! 食べるなんてもっとダメじゃあ!」
ジタバタ暴れるメフィストを黒い何かは掴んで離さない。
どうしたものかと思ってると、ジブリルさんが黒い何かに話しかけた。
「先輩っ、いじめはそのあたりにするですよ」
「天使同盟の先輩ですっ」
と、ジブリルさんに叱られた黒い何かは、じりじりとメフィストから離れた。
「……はーはーはぁーっ、ふーふーふーっ」
「フフ……」
弄られまくった子猫みたいにメフィストは僕に抱きついて威嚇してくる。
一方の黒いのは余裕そうだ。
モゴモゴと蠢いているかと思うと――。
「はっ!」
突如、服を脱ぐかのように、黒い何かを剥ぎ取った。
すると次の瞬間、存在の定義ができなかったそれが、いきなり一人の女性に生まれ変わった。
ブロンズの髪、理知的な表情、知らぬ場所で出逢えばクールビューティーな女性だと思っただろう。
……メフィストを煮ていた事実を知らなければ。
✞
「クロ先輩です」
「フフフ……よろしく、皆からはクロ先輩とか呼ばれているよ」
「先輩は『学園で最も邪悪な先輩』として有名なんですよっ」
「わーすごーい」
すごい天使同盟に相応しくない。
なんだか僕でもやっていけそう。
勇気を僕に与えてくれた。
良くない判例として。
「夜森明人です」
「メフィストじゃ」
「フフフ……ヤモリくんに、メフィストくんか、フフフ……」
クロ先輩は漫画みたいに両目を光らせた。
その様子にメフィストは怯えて僕の足元に隠れる。
「部員は他にも何人かいるんですが、今日はまだ先輩だけみたいですね」
「フフフ……そのようだね、花子くんは毎日熱心だね」
「はい、早く天使力をあげたいですから!」
力いっぱい答えるジブリルさんは微笑ましかった。
「なに天使力って?」
「天使力は、天使の力を計るパラメータだよ、徳を積むといっぱい上がるよ」
笑顔で答えるジブリルさんに僕は少しだけ間を置いて。
「…………宗教?」
「フフフ……今ならこの指輪を買うと1000天使力あがるよ」
「やっぱ宗教じゃねぇか!」
嫌だぞ、僕はこんな部活入らねぇぞ!
「やだなぁヤモリさん、ただの装備アイテムだよ」
「本当か!? ゲーム的表現でごまかしてないか!」
僕は騙されないぞ!
「会員を紹介してくれた花子くんには、300天使力アップだよ。これで職業が修行者から預言者にランクアップだね」
「わぁいやったぁ!」
「やっぱり宗教じゃねぇか!」
何だよその怪しい昇格システムは!
「フフフ……まあ冗談はこのくらいにしておいて」
「先輩見た目が本当にそれっぽいから冗談に聞こえないんすよ」
お茶濁してるが、僕はまだ疑っているからな。
「天使同盟に新しい部員が入るのは嬉しい……何故か私たちの部活は、部員候補がやってきてもすぐに逃げてしまってね」
「先輩が部室で鍋を煮てるからじゃないですか?」
「…………フフ、何故か部員が集まらないで困ってたんだよ」
おい無視すんな。
「なるほど、そういうことか! それならば、この妾も部員のかさ増しに手伝ってやらんでもないぞ!」
「お前この学校の生徒じゃないだろ」
後かさ増しとか人聞きの悪いことを言うな。
「フフフ……メフィストくんには別の興味もあるが、ヤモリくん」
「は、はい!」
「私たちの部は入部は大歓迎だが……まずは体験入部からはじめてみないか。君にとって本当に私たちの部が良いものか見て欲しいのだ」
「え……」
その提案は、僕にとって喜んでいいのか、悪いのか……。
「もちろん部活なんて何となくで決めていい――それは分かる。だが、フフ……私は入部するからには部員全員が楽しんでもらえる部活を作りたいのだ。過去に何度かサークルクラッシュをさせた経験もあるのでな……」
「クロ先輩はこれまで『黒薔薇十字団』とか『黄金の騎士団』とかいろんな部活を作ってきたのですが、全部うまくいかなくてサークルクラッシュを繰り返してるそうなんです」
それは……ちょっと可哀想だな。
「…………分かりました。最初は僕が入っちゃマズかったかなと邪推したのですが、……いいでしょう! この部活が僕にとって本当に良いものか、見極めて差し上げましょう!」
「おおー出たぞ、ヤモリの、人と会話をしなさすぎて観察能力だけ鍛えられた審美眼が発揮されるのじゃ!」
うっさい殴るぞメフィスト。
「フフフ……いいだろう、ならば私たちもそれに向かい討とうじゃないか! いかに私たちの部活が素晴らしく、懇願して入りたくなるようなものかを、今こそ見せようじゃないか!」
「はいっ、先輩っ!」
そんな風にして。
妙に対決っぽい雰囲気を醸し出しながら――。
僕は天使同盟に体験入部することになったのだった。




