第十八話:黒魔術師さんと新たな一歩
「ヤモリの学校生活が見たい」
「は?」
メフィストと暮らし始めてから10日余りが過ぎたの日のこと、トーストをさくさく食べながら彼女は唐突にそんなことを言った。
「ヤモリの爛れた学生生活が見たい」
「爛れてないわ」
むしろ乾ききっている。
「ほらあれじゃ、妾も主と出会って数年が経とうとしてるじゃろ」
「10日余りな」
「じゃから普段ヤモリがどんな生活を送っておるのか気になってきたのじゃ」
「仮に数年だとしたら随分と遅い興味だな」
しかし学校生活か。
僕の高校での暮らしは所謂ぼっち道を極めている。
故に見たところで何一つ楽しいことはない。
もしメフィストが本当に学園生活ってやつを見たいなら、そこらにいるリア充高校生を捕まえて観察すれば良いのであって、学園最底辺の僕はお呼びではないのだ。
「その点なら心配ない。妾はほら、悪魔じゃから人間の負の感情を栄養とできる」
「うん」
「じゃから妾からすると、そなたの言うリアじゅうの生活よりも、ヤモリの暗い青春の方が悪感情たっぷりで美味しいのじゃ」
「そんな人の青春をそんな食物繊維みたいに言うなよ」
悲しくなるぜ。
「それに矛盾するようじゃが、妾の目的の一つに契約者が人生を一番美しく感じた瞬間の魂を狩るという使命がある」
「そう言えばそんなこと言ってたな」
「じゃから、妾はヤモリの生活をもっと知っておく必要があるのじゃ。妾の知らないヤモリを妾はもっと知っておくべきなのじゃ」
と、メフィストは二枚目のトーストにバターを塗りながら、そんなことを言ってきた。
ふーん、……嘘ではないみたいだな。
しかし、僕の記憶が正しければ、彼女との契約は、何でも願いを叶える。
その代わりに、僕が死んだ時に魂を与える、といったものだったはずだ。
――人生を美しく感じた瞬間。
それは例外なのか。
最近メフィスフェレスという悪魔について、真面目に図書館で調べた。
すると、確かに彼女の言うような記述は存在していた。
時よ止まれ、お前は美しい。
異世界の錬金術師はそうして己の人生に終止符を打った。
結局古い書の記述によると、悪魔は魂を奪うことはできず、その魂は天界に召されたようだが……。
ま、深く気にしても仕方ない。
サキュバスが色欲を愛するように、カッパがキュウリを食べたがるように、
メフィスフェレスは"美しい瞬間"というものを求める生き物なのだろう。
「それでどうなのじゃ」
「どうって……」
じっ、と見つめる視線。
はらはらと黒髪がかかり、その瞳には澄んだ光が一筋。
深い闇の中に見えて。
僕は。
僕は……。
✞
絶対に嫌だったので丁重にお断りをした。
「えー、なんでじゃ! なんでじゃ! なんでじゃーっ!」
メフィストは駄々をこねて僕の服を引っ張ったが、僕は無視をした。
「ほら、朝食食べ終わったから片付けるよ」
「コップ洗ったら学校行ってもいいか!?」
「ダメだよ」
「ちゃんと食器棚にしまうぞ……?」
「どっちみちダメだよ」
どうしてその交渉材料でいけると思ったのか。
「えー頼むのじゃヤモリー。ヤモリの飼ってる子供だって紹介すればいいからー」
「絶対ヤダよ! 超やばいやつじゃん僕!」
せめて妹とか言ってくれよ。
「じゃあ、妾は犬になるから! 自分ちの犬が勝手についてきたって言えばいいのじゃ!」
「それならまあ……お前にこうもり猫さんみたいな変身能力があるならいいけどさ……」
「任せるんじゃ! ヤモリが犬を飼ってると知れば、周りのクラスメイトもヤモリの好感度アップ、モテモテじゃ!」
「そんな簡単にいくかぁ?」
「大丈夫じゃ、どうせ高校一年生なんて、校庭に犬が来ただけでテンションがあがる子供じゃ子供~」
と、世の中の高校一年を舐め腐ったメフィストは、どてどてと居間に戻り、シルクハットとステッキを取り出した。
「お、マジで変身するのか」
「ふふふ……まあ見ておれ」
ドヤ顔のメフィストは本気モードになり、呪文を唱える。
おお……魔法陣なしでいけるのか。
おそらく手にしたステッキが魔法陣の代替を成し、シルクハットが増幅回路なのだろうが、彼女の使う魔法はいつ見てもスゴい。
だんだんと彼女の周りに渦が巻き、それが徐々に強くなる。
やがて、姿が見えなくなる。
消える。
生まれ変わる。
そして。
そして――――!
にょき
メフィスト頭に耳が生えた。
あと首輪も。
それ以外は全部、ありのままのメフィストだった。
「よし!」
「よし、じゃねぇよ!」
やはり行かせるわけにはいかなかった。
✞
その後もメフィストはごねてきたが、僕はスルーして家を出た。
頑張れば学校見学くらいできるんじゃないか。
もちろん案として考えられなくないが、どちらにせよ僕はメフィストを高校に呼びたくなかった。
なぜなら――。
「ついに、書いちゃったな……」
昼休み。
教室、皆がお昼ごはんを食べている空間。
僕は『入部届け』と書かれた紙を恥ずかしそうに眺めていた。
席の近くを生徒が通るたび、僕はそれをささっと隠す。
去るとふたたび取り出す。
人が来るとまた隠す。
取り出す。
なんだかそわそわして落ち着かない。
「ヤモリさんっ」
「わ、わ、わっ……」
僕は大きな声出して紙を飛ばしそうになる。
わー、わ、わ……やばい。
椅子から転けそうになって、堪らえようとして、それでも勢いついて、
「危なっ……」
「――っと、大丈夫ですか?」
優しく支えてくれた。
ふんわりと柑橘系の香りがして、僕は何だか恥ずかしくなってすぐ離れる。
「ご、ごめ……」
「ふふ、いいですよ。ヤモリさん学校だと可愛らしいですね」
と、微笑む彼女は学校だと大人びていて。
「う、うん……」
「入部届け書いてくれたんですねっ!」
握ってくる手は柔らかくて。
――天坂・ジブリル・花子。
さっきまで万年ぼっち生活、学年最底辺と嘯いてはいたが、僕も一歩。
青春とやらの第一歩を踏みだしたのであった。




