第十六話:神様さんと日常回帰(前編)
2017/4/10:16話を前後編に2分割。文章も微修正。
「――それで、天使は敗れ、魔物は生き残り、悪魔は高笑いを決めた、と。ふん、順当な結末だな」
こうもり猫さんの一件から数日後。
僕は夜市屋曜子さんの研究室を訪れていた。
メフィストとの同居申請が正式に降りたのだ。
その報告と申請書の写しを彼女に渡すのが目的だった。
「写しねぇ……いらんよこんなもの。大人は不要な書類で溢れている。これは君が管理しなさい」
僕はジブリルさんに憑依魔法を使ったことを尋ねると、彼女はあっさり白状した。
もとより隠すつもりも無かったのだろう。
彼女の行いは犯罪ギリギリだが、授業の一環と言えばそれ以上の追求は不可能だった。
さらに言えば、一日30分という制限を設けて、彼女の身体が壊れないよう気をつけている。
それに彼女に憑依させたのは悪魔や魔物じゃない。
天使だ。
プリーストを目指す少女に天使の力を付与した。
その何か問題だ?
――――何も問題じゃない。
不服ながらそうだった。
「ジブリルさんは、本気で感謝してましたよ……」
「ふん、だろうな。それは彼女の美徳だ。良い所だぞ。事実を受け取って、そのまま理解する。そこには内服する感情は関係ない。有りのままを受け取る心――人はそれを純粋と呼ぶのだ」
誤魔化そうとするが僕は騙されない。
当然ながら、夜市屋さんに彼女の願いを叶えようといった気はない。
ゼロだ。
彼女の目的は終始、ジブリルさんの身体に天使を憑依させたらどうなるか。
その興味だけだった。
「今度の論文に載せるつもりだよ。彼女にも許可を取った。雑誌や新聞に載ることを伝えたら喜んでいたよ」
「実験動物として、ですか?」
「……ふん、そうだ。悪く言えば、そうだ。だが、そんなことは――どうでもいいんだよ。天坂・ジブリル・花子は、高校生にして天使の力を持つヒーローになった。それが全てだ」
…‥何というか、この人普通に改造人間とか造ってそうだよな。
「分かりました。僕も――それでいい、です。それよりも昨日、彼女がここに来ましたよね」
「ああ、そうだな」
「身体に"損傷"はなかったですか?」
「……損傷も何も君たちが壊して――君たちが治したのだろう。私が見た限り問題はなかったよ。軽いチューニングは施しておいたが」
「それは、ありがとうございます……」
事件の夜。
ジブリルさんを悪魔の力で細胞のようにバラバラにしたあと。
僕らはその細胞をつなぎ合わせて彼女を復活させた。
もともと殺さない予定だった。
僕とメフィストは、ぼた餅みたいになった彼女を拾い集めた。
「ちゃんと全部持って帰るのじゃぞ、忘れたら身体に欠損が生まれるのじゃ」
「ナチュラルに怖いことを言うなよ……夜の森って見にくいんだよな……」
僕らは時間をかけて山をくだっていった。
「ゆっくり運ぶのじゃぞ、こぼしたら隻眼になるぞ」
「電撃とか凍らせるとかもっと他に方法なかったのかなぁ」
転んだらシャレにならないおむすびころりんだ。
ようやく帰宅したと思いきや、そこからも大変だった。
「えーっと、ここが鼻で、ここがほっぺで」
「のう、ヤモリよ。膵臓ってここであってかたのぅ」
レベルの高い3Dパズルだ。
僕らはジブリルさんを、組み立てることになった。
「マグネットみたいに吸い付くな……」
「自分の身体だと共鳴してるのじゃ。よくある」
「よくあるんだぁ……」
できれば二度と出会いたくないな。
何だかんだ、作業を始めて数時間。
夜明けになった。
朝の日差しがカーテンを揺らす。
ボーっとした目で僕たちは……、
「でき、たね……」
「うむ、途中でパーツが足りない時は焦ったぞ……」
本当だ。
組み立て途中でベッドの下に隠れたとか洒落にならない。
「いくぞ……」
「うん」
メフィストが異国の言葉で呪文を唱える。
すると、細胞の集まりが光りだした。
――金髪の眠れる美少女。
ジブリルさんは、絵本に出てくるお姫様みたいに眠ってた。
「……目覚めないな」
「意識を失っておるな。じきに目を覚ますだろうが、面倒じゃな……」
と、メフィストは彼女に近づいた。
どうするんだ。
よいしょ、とメフィストは馬乗りになった。
「ぼ、暴力はダメだぞ」
「そんなことせんわ。休んでる魂をな、起こすのじゃ」
「起こすって、どうするんだよ」
「こうじゃ……」
と、メフィストはジブリルさんに近づいた。
距離30センチ。
20。
10。
5。
「あ」
と、声をあげた時には、遅かった。
メフィストは――キスをした。
ジブリルさんに。
薄い桃色の唇に数秒間つけていたメフィストは、ゆっくりと彼女から離れる。
そして数秒の後に、彼女がぶるると起きはじめた。
「よし、起きたかの」
「な、なにやってるんだよ!」
「なんじゃ、漫画だとよくあるじゃろ?」
「よくあるけど、本当にやるやつがいるかよ!」
と、僕が怒るが、メフィストは満足げだ。
そりゃそうだよな!
だが、本当にジブリルさんはゆっくりと目を覚ました。
「ふ、ふわああぁあぁ……」
大きな欠伸を見て、僕は心から安心した。
よかった。
無事だったか。
メフィストのことを信頼してなかったわけじゃない。
だが、もしもは考えられた。
天使と悪魔の戦いだったのだ。
何が起きても不思議じゃない。
「う、うぅん……あさなの、さむいよう」
布団も敷かずに寝かせてたせいだろう。
猫みたいに身体をぎゅっとまるまりだした。
「あさぁ、おき、ねむ、ぅぅぅぅう、おき……」
いつもなら起きる時間なのだろう。
眠気と格闘するジブリルさんがそこにはいた。
きっと時計を見るつもりなのだ。
朧気な視線であちこち見渡す。
「……ふぁ、どこ?」
そうしてるうち、見つめてる僕と目が合う。
「……」
「……ふぇ」
ジブリルさんは数秒硬直した。
ゆっくりと目が開いた。
ビクンッ、と揺れた。
ビビビ~っと全身に電撃が走るのが分かった。
そして――
「ふぇ、え、え、え、ええええええ~~っ!? や、ややややヤモリだん!?」
「おはよう」
「え、え、ええっ、あっ、お、おはようございます! どうして、あれ私?」
ジブリルさんは立ち上がった。
顔を真っ赤にしてバタバタする。
子供のタップダンスみたいだ。
激しく落ち着きがない。
「冷静になって、身体に異常はない?」
「あ、はい大丈夫です……って、ええええええ、身体、ええええ、そゆこと、やば私っ! え、えええ~~っ」
両手を顔に抑えて悶てる。
何でだ。
絶対に違う勘違いをしてる。
僕が否定しようと口を開くと、彼女は膝を折って、頭を下げた。
「ふ、ふつつか者ですが、ど、どうかよろしくお願いしますっっ!」
「いや、そういう意味じゃないから」
僕はクールに否定した。




