第十七話:神様さんと日常回帰(後編)
2017/4/10:16話を前後編に2分割。文章も微修正。
「なるほど、君は花子くんと一夜を過ごしたのだな」
「妙な言い方はやめてください」
夜市屋さんは思い出したように付け加えた。
「確かに彼女は言っていたよ。山で倒れた自分を優しい男子生徒が助けてくれたとな。……ふん、良かったじゃないか。君にしてはうまくいったのだな」
「冷静に見ればひどい話ですけどね……僕はメフィストの仲間なんだから」
きっとアレはメフィストのお節介だ。
わざと僕の部屋でジブリルさんを目覚めさせて、僕が助けたように演出する。
下手くそだし余計なお世話だった。
だが、あの悪魔が好意でやってくれた、という点には感謝しておこう。
「ふん、いいじゃないか。"悪"は人間に必要な要素だ。やりたいことをやりたいように押し通す力、それが悪だ」
「そうですか……」
「だが、結局のところ、魔物の一件はどう解決したのだ? 彼女は言っておったぞ――もう魔物退治はしない、と」
「それは――」
僕は書類をカバンから取り出す。
「ふん」
受け取った夜市屋さんは、古びた宝の地図でも眺めるように書類を見た。
学生寮での『ペット居住申請届』であった。
「学生寮の一斉検査の噂が流れてますよね。きっと色んな生徒が申請を投げていると思うんです」
「それで」
「その中に――こっそり混ぜて欲しいんです」
僕は、じっと、夜市屋さんの目を見た。
彼女も僕を見た。
蛇みたいに鋭い目だ。
だが、最後まで僕は見続けた。
やがて、彼女は嗤った。
「……ふん、――"とても"面白い。とてもとても"とても"面白い。分かってるじゃないか、ヤモリ。私の使い方をよく心得た。それでこそ悪だ」
「ありがとうございます」
もちろん、僕がペット申請をするのは――こうもり猫だ。
人型では我が家に住めないが、猫型ならば、召喚獣の一種だと言い張れる。
問題の審査も現在は様々な生徒が隠し持っていたペットを申請しようとラッシュがある。
承認するのは人間だ。
教師の一次承認が通れば、事務局も確認は緩くなる。
その隙を狙おうという魂胆であった。
「ふん、なるほどな……しかし、先ほどの話と矛盾するな。君は偶然山に入り、花子くんを助けた。しかし、山には君の魔物がいた。何というか……関係性を疑われてしかるべきじゃないのか?」
良い指摘だ。
ぶっちゃけ、ジブリルさんからはそのツッコミはされなかった。
だが、対策はしていた。
……というか、結局不発に終わったが。
――僕の作戦。
――いや、お荷物でなければ一緒に見届けさせてもらうよ。それにちょっとだけいざという時の奥の手も考えてあるんで
メフィストとこうもり猫さんには告げていた奥の手。
こちらに関わってる部分だった。
そもそも、どうしてこうもり猫さんは、あの山にいたのか。
彼女はどこから来たのか。
ジブリルさんは最近、魔物が召喚されたと言った。
メフィストは、――自分が召喚された時には、魔物の気配があると言った。
そしてこうもり猫さんは、僕を見たことがある、と言った。
とてもシンプルな答えだった。
初めての夜。
メフィストフェレスを召喚したあの日。
僕は召喚していた。
メフィストフェレス以外の召喚獣を――召喚していたのだ。
☆
今までにない強い光。
召喚すら成功したことのない今までとは全く違う。
何かが生まれる瞬間。
異界より権限される感覚。
これは。
これは……っ!
「………………キキっー!」
コウモリが一匹だけ飛び出して空に消えていった。
☆
そうだ。
僕は――――こうもり猫さんを召喚していた。
召喚呪文は間違っていた。
だが、それでも僕は、間違ったなりに、魔物を喚び出していたのだ。
だから突っ込まれなかったが、僕はジブリルさんに正直に言った。
あの猫は僕が誤って召喚した魔物だと。
だから、倒さないで欲しい。
魔物の管理は僕がやる。
だから、力を振るわないでくれ。
だから、このペット居住申請届はジブリルさん
――正確に言うと彼女に憑依している天使さんに向けたものとも言えた。
「ふん、悪魔だけでなく……風神を飼うか。獣と翼のイメージを持った生き物は強いぞ。世界中に幅広い神話や伝承があるからな」
「そう、なんですか?」
そうだ、と夜市屋さんは言った。
「あの手の妖魔は言葉遊びのように己を拡散させるからな。そのうちグリフォンやドラゴンになるかもな」
「……あの猫がですか?」
「別に不思議ではあるまい。人の世に顕現した後でも奴らは己の有り様を変えるからな。精霊を使役するこの世界の魔法の理と矛盾すると君は思うだろうが、魔法にも理詰めの先には知り得ぬ深淵があるのだ。それが分かるとこの世界は――とてもとても"とても"面白い」
そう言って夜市屋さんは妖しそうに笑った。
「それで承認は……」
「ああ、もちろん構わないさ。可愛い生徒のためだからな」
前と台詞が変わっている。
突っ込むか迷った挙句、僕は触れることにしなかった。
ここでケチをつけて承認をもらえないのも困る。
「ちなみに承認する前に、笛を触らせてもらうことは……」
「ダメです」
「ちょっとだけ……」
「絶対ダメ」
夜市屋さんはつまらなそうに承認のハンコを押したのだった。
✞
それからは事務処理的な後日談なので詳細は省くが、こうもり猫さんは我が家に住むことになった。
「にゃーん」
「よろしくお願いします」
「にゃおーん」
「あ、夕飯はキャットフードでいいですか?」
「……しめ鯖がいいわね」
「はい?」
「炙ってあるやつ。あとお酒は八海山がいいわね」
「僕未成年なんですが……」
今ではこの辺りを牛耳る猫として名を馳せて、週末は都会に出かけてアイドルのライブに参加している。
「ようやくアキラに会えたわっ! この世界に来たんだから推しに生で会っておかないとって思ったのよ!」
「なんじゃそれは」
「知らないの? メフィスト、チケット予約手伝いなさいッ!」
「面倒じゃのう、そんなもん魔界メ○カリで買えば……」
「そんな悪いことできるわけないじゃない!」
あと、ジブリルさんは普通に学校に通っている。
「あ……」
「おはよう、ヤモリさん!」
「あれから何ともない?」
「へっちゃらです、ジブ……私も大丈夫って言ってました!」
「何だよそれ」
少し変わったのは彼女が僕に話しかけてくれるようになった。
……友達、と呼んでいいのかは分からない。
だが、学校で一人でも僕の味方になってくれる可能性がある者ができた。
それは結構救いではあった。
「そうだ、ヤモリさん。部活入ってないって言ってましたよね」
「うん」
「良ければ、天使同盟に入ってもらえませんか!」
「え……」
ただ、それは同時に厄介ごとを招くという意味でもあって。
「ジブリールの部活に入るじゃと」
「うん、天使同盟っていう」
「…………なるほどぉ、いいんじゃないのか、ヤモリよ」
「え……」
てっきり反対されると思ったのに。
「スパイじゃよ、ヤモリ。天使を信仰する奴らの中に悪魔の契約者がいる。天界の奴らを馬鹿にする絶好の機会ではないか!」
「あ、そういう考えになるのね」
「さあ、行くのじゃ、ヤモリよ! 天使たちの世界で悪逆非道の限りを尽くすのじゃ!」
そんな風にして僕らは日常に回帰しつつも、また変な問題に巻き込まれていく。
でもそんなに心配はしていない。
隣のメフィストを見て、そう思った。
例えば日常が崩されようとも、僕たちは絶対に負けない。
我が家の悪魔さんは、そこそこ強いのだ。
第二章これにて終了です! ここまで読んでくださりありがとうございます!




