第十二話:神様さんと夜のピクニック
「……で、どうして僕らはこんな所にいるんだっけ?」
夜。
虫も鳴り止む丑三つ時。
僕とメフィストはピクニックに出かけていた。
「あかーいひをふくあのやまへー」
彼女はノリノリで目もぱっちりだ。
どこから取り出したのか黒いステッキにシルクハットも被って外向きの格好をしている。
「ふくくり、ふにくらっ、ふにくりふにくっらー」
「あ、あのさメフィスト、気になっているんだけどさ」
「そこーはじごーくの……なんじゃ? 歌詞の著作権ならば怖くないぞ、悪魔じゃからな」
「そうじゃなくてさ」
「それにこの曲はすでに対象外のはずじゃ、ビビるな」
「い、いや僕が気にしてるのはそんなことじゃないんだけど……」
そもそも誰に向けた台詞だよ。
それよりも。
それよりもだった。
夜。それもド深夜に僕はメフィストに起こされて気づけば近所の裏山を歩かされていた。
「ふわぁぁあ……なんで僕らはこんな夜中にこんな場所を歩いてるんだよ」
「デートじゃ。夜のピクニックじゃ」
「嘘つけ」
彼女に質問を投げかけながらも、理由は大方予想がついた。
「どうせジブリルさんの話を聞いて思い立った口だろ?」
「ッ!?」
夜の暗がりの中でもメフィストが大きく震えたのが分かった。
「ほら見ろ当たりだ」
「な、ななな、なにを言っておろう主よ。わ、妾はヤモリと夜のデートを楽しみたい、そ、それだけなのじゃ……」
「誤魔化すの下手くそかよ」
前に自分を中二病の姉ちゃんだと誤魔化した時の演技力はどこに行ったんだよ。
「大体お前、ジブリルさんが悪魔退治に出かけるって言ってからずっとそわそわしてただろ」
そうなのだ。
本日、あのプリーストさん――ジブリルさんが僕の家を再度訪問してきた。
用件は単純に昨日貸したジャージの返却だった。
僕はあげたつもりで渡したのだが、丁寧にアイロンがけをして可愛い袋に入れて返してくれた。
こういう気遣いは女子って、すげえよなと思いながら僕はありがたく受け取った。
「同じ学年だったんですねっ」
「そだね」
と、僕とジブリルさんはそれから小一時間ばかりお喋りをした。
コミュ障の僕が、同い年女子と会話なんてできるものかと思っていたが、メフィストととの会話の応酬で鍛えられていたお陰が、特に気まずい空気になることもなく、楽しくお話することができた。
「私、部活に入ってまして」
「へー何部」
「天使同盟っていう神の名の元に正義を執行する部活なんですけど」
「なにそのメチャ格好いい部活名」
「街に悪い魔物がいないかとか、悪い人がいないか探す部活なんです」
そんな自警団じみた部活動が本当に存在するのかと僕は訝しげであったが、彼女が姿を消して僕らの寮を張っていたことからも嘘ではないようだった。
「最近、この辺りで魔物が召喚されたという情報が出回ってまして」
「…………へー」
「なので夜に出歩く時は気をつけてくださいねっ!」
だが、そのアンテナはガバガバのようだった。
ジブリルさんは僕に、魔物が召喚されたからという情報を、『僕に』そう言った。
「う、うんっ……気をつけるよ……」
「特にメフィストさんは女の子なんですから、気をつけてくださいねっ!」
「…………」
そしてメフィストに注意を促した。
……なんというか申し訳ないんだけど、アホっぽかった。
ただ一方そのころメフィストはどうだったかというと、妙に一人黙っていた。
僕がジブリルさんが仲良く話しているのが気に入らないのか、それともお腹が空いたのか、ボーッとした表情で僕らを見ていたのだ。
「何だお腹が空いたのか?」
「うむぅ、ペコペコではあるんじゃが……」
本当に空いてるのかよ。
だが、その後もメフィストはうわの空な雰囲気だった。
食事をとったあともそれが続き、お風呂に入ったあともそれが続き、
で、深夜。
「ヤモリよ……ヤモリよ、起きるのじゃ」
「んん……まだあと一時間ん」
「1時間とは欲張りじゃのう、ほれ小銭が鳴る音でも鳴らしてやるからおきんか」
チャリン、チャリン……。
「んん……これは百円」
「ほれ、ほれ、無視してたらとられてしまうぞ」
「だめ、もったいない……」
「よーし、よーしこのまま連れ出そう。ほーら、五百円もあるぞ……」
「うう……小銭が遠のく……」
それは悪意に満ちた権謀術数だった。
僕は悪魔に唆されて、気づけば服も着替えさせられ、外に出されてしまったのだった。
✞
「お主もアホじゃのうヤモリ」
「仕方ないだろ貧乏なんだから」
自炊でうまくやりくりしてる僕を褒めてほしいものだ。
「それで本題に戻るけど、ジブリルさんに何の用があるんだよ」
「ち、違うのじゃ! あやつのことなんか全然考えておらんのじゃっ!」
「そんなツンデレっぽい台詞を吐いて」
「ち、違う。マジで違うのじゃヤモリよ。妾が気になっているのは、花子よりも魔物の件なのじゃ」
「魔物?」
そう言えば確かにジブリルさんが「この辺りで魔物が召喚された情報がある」とか言ってたな。
でもそれって……。
「お前のことだろ?」
「違うのじゃ」
「やっぱそうだよなぁ――――違うの?」
マジで。てっきり僕の悪魔召喚をジブリルさんが誤認識してたんだと解釈してたんだけど。
「残念ながら違うのじゃ、ヤモリよ。確かに妾もこの世界に初めて来た時に、何となく魔物の気配を感じたのじゃ。妾もそこまで自信があったわけじゃなかったが、花子の言葉で確信に変わった」
と、メフィストは何時になくシリアスな口調でそう語った。
おいおい本当か。
この平和な現代において、魔物がそうウロチョロしていていいのかよ。
誰か学生が召喚魔法を使った? で、それが脱走した?
僕が召喚魔法を使えたんだ。似た人間がいてもおかしくはない。
「それで夜のピクニックということか?」
「うむ、花子の言葉によると、この裏山に潜伏しとると言っておった。遠くては感知できぬが、こう近づけば多少は分かる」
「まじかよ」
おいおい僕は平和にいきてーぜ。
と、メフィストは以前、ジブリルさんを発見した時のように、クンクンと鼻を効かせていた。
前に見た時は犬みたいだと馬鹿にした行為だったが、こうシリアスムードの中で見ると、特殊捜査を行っていると見えなくもない。
「クンクン……違う、これはカブトムシ」
木に鼻を当てて調べる。
「クンクン……これは、カナブン」
鼻を空に向けて、風を感じる。
「クンクン……これはヤンヤンマじゃ」
「虫率多いなおい」
何だよ虫専用のセンサーかよそれは。
「黙っておれ……むぅ、天使の匂いもするのう。ミロをたっぷり入れたココアの匂いじゃ」
「子供も飲みやすそうだな」
「クンク……これは、おお、魔物じゃな」
「本当か!?」
メフィストは慎重に鼻を傾けて、方位磁石みたいに位置を定める。
「むうぅ……これは何の魔物じゃ? 動物? 鳥? よく分からんの。麦とホップを混ぜたような香りがするぞ」
「麦とホップ……いやそれビールじゃん」
おいおい大丈夫か。
匂いを辿っていったら酔っぱらいのオジサンに遭遇するとかは嫌だぞ。
「行くぞヤモリ。ホップの香るこの先に目的の魔物はおる!」
「信じるぞ! ビール缶が落ちてるだけだったら怒るからな!」
そう言って駆け出すメフィストについていく。
しかし、魔物か。
一体どういう感じなのだろうか。
僕は気になりつつも、メフィストと山を駆ける。
「――――着いたぞ」
そこは、洞窟だった。
近所の裏山にこんな場所があったのか。
深夜ということもあり、中は真っ暗だった。
「いくぞ、ヤモリ」
「……おう」
光の消失した闇。
何物がいるかも分からない領域。
そんな場所に一人で入ろうとは決して思わない。
「大丈夫じゃ、妾がついておる」
「信じてるぜ」
だが、メフィストと一緒なら怖くはなかった。
「暗いのう、足元に気をつけるのじゃ」
「ありがとう。スマホのライトをつけるぜ」
「……普通、魔法学園の生徒なら、明かりの一つも使わんかのう」
うるせぇ偏見やめろ。
料理学校の生徒が皆自炊してるわけじゃないだろ。
ライトをつけると、洞窟の一部が照らされる。
よしよしよく見える。
よく、見え。
見え……。
洞窟が中が露わになった瞬間。
全身の血は一気に冷え上がった。
「~~~~~~~~~ッッ!?」
「おおーそゆことか」
き、きき。
――気持ち悪っ。
僕は描写しようか迷った。
とても迷った。
あくまで……。
あくまでもさっくりとした表現で抑えるが、"コウモリ"が沢山いた。
沢山というのは曖昧な表現だ。
もう少し正確に言うと、コウモリが天井と床と壁にいた。
全部いた。
めっちゃいた。
何というか、マジで、スマホのライトをつけたことを後悔した。
「おー見ろ見ろ、ヤモリ」
「嫌だ。見たくないっ! 僕はこういうハスコラみたいなの苦手なんだよ!」
「安心せい。アヤツだけは違う」
と、指差した先にいた生き物は確かにコウモリではなかった。
「……猫?」
「翼猫じゃ」
その黒い、餅みたいな生き物は猫で、――そして確かに翼を生やしていた。
「安心せい。知り合いじゃ。その美しい翼は国によっては天使猫とも呼ばれる」
ふわり、と。
空を飛び、それは僕らを見下ろす。
「久しいのう……こうもり猫」
「……」
「懐かしい、ソロモン第二小学校の卒業式以来じゃ……ほら、覚えているか? あのやたらデザートジャンケンが強かったメフィストじゃ」
「覚えてるわ」
どんな覚えられ方だよ。
……それにして普通に喋ったな。
いや、メフィストが喋るんだからそりゃ喋るか。
翼猫は黄色い瞳でじっとメフィストを見つめる。
「どうしたのじゃ? 何か合ったのか? そんな怖い目で妾を見つめて……どうか、したのじゃ……?」
「……」
確かにこうもり猫と呼ばれたその生き物の視線はみるみる強くなった。
瞳孔が開き、猛禽類が獲物を狙うそれになっていた。
……おいおい大丈夫か。
僕が不安にかられていた時、猫は――口を開いた。
「メフィスト…………貴女、前より太ってない?」
「……」
その瞬間。
メフィストの両目から涙が溢れ出した。




