第十一話:神様さんと憑依魔法
憑依魔法。
その名の通り精霊の力をその身に憑依させて使用する魔法。
魔法というのはまず前提として、この世界――あるいは異世界の精霊、神々、天使、悪魔そういった僕らとは異なる存在の力を借りて発動する。
分かりやすく言えば、炎の玉を放つ魔法が使いたい場合は、炎の精霊の力を借りるのだ。
有名な例を上げれば、サラマンダー、イフリート、といった精霊だろうか。
他にも天使であればウリエル、無生物であればイグニス、変わったものに朱雀などがある。
それぞれ炎を扱える点は共通しているが、細かい部分で仕様が異なってくる。
もちろん呼び出す呪文はバラバラだし、作成する魔法陣も異なる。口述でしか呼べないのか、特別な贄が必要なのか、その辺りも異なり、マイナーな精霊になると、その呼び出し方すら不明で研究中だったりする。
難関大学の入試問題とかだと、名前しか知らない神様を羅列させたあげく、
次の神々の力を借りて、太郎くんがヤカンの水を沸かしてカップ麺を作る方法を500文字以内に説明しなさい。なお、水は詠唱により生成するものとする。
とかを論述形式で出されることになる。
……うるせぇ、ティファール買え太郎。
と、話がズレたが、要するに精霊の力を借りて発動するのが通常の魔法なのだ。
そして、憑依魔法の場合、この魔法の発動先が、他人ではなく自分になる。
(つまりは常時、魔法が使い放題の肉体になるってことか……)
お昼休み。
僕は教科書の憑依魔法についての記述を読んでいた。
ぶっちゃけ、教科書に書かれている内容は概論すぎて分かりにくい。
でもどーにかこーにか唸りながら読み解いていくと、だんだんと憑依魔法のことが理解できてきた。
憑依魔法っていうのは、召喚魔法の一歩手前の魔法だ。
召喚魔法――召喚術では、実際の精霊をこの世に顕現させる。
精霊は意志を持って行動し、顕現時には肉体を持つことになる。
一方の憑依魔法は、この世に顕現させた精霊を、自分の身体に取り付かせる。
つまり、肉体を用意するか、しないかの違いだ。
そもそも肉体を持たない神や精霊もいるため、喚び出す対象によっては憑依魔法と召喚魔法に違いはない。
(よーやくメフィストが『僕と逆』って言った意味が理解できたよ)
彼女は――ジブリルさんは天使を呼んだのだ。
それが具体的にどういうものかは分かっていないが、メフィストの言が本当だとしたらそれは何となく不思議な話だ。
彼女のしたことは僕の行いの対極をなす。
なんてのは現実をレトリックで彩ろうという奇妙な試みに過ぎないが。
……何となく、また出会いそうだな。
そんな予感がしていた。
「そういや花子、アンタ何で昨日ジャージで帰ってきたの? 池にでも落ちた?」
「リ、リアちゃん、それは事情があって……っ」
「花の服……男物だった」
「マジかーマジかー何そういう感じ? 朝帰りならぬ夕方帰りってやつ?」
と僕が一人で教科書を読んでいる隣で、お弁当タイムに花を咲かせている女子たちがいた。
時刻は十二時をまわったところ。
僕はぼっち特有の早弁(※説明しよう。友達のいない僕はお昼が始まるまでの休み時間にやることがなくて、三時間目くらいからお昼を食べはじめて時間を潰すのだ)をしているため、もう食事は済んでいる。
なのでこの場合は彼女たちが正しくて僕がおかしかった。
いつもなら相互不干渉で、僕は寝たふりをしたり、図書館に出かけたりするのだが、
「そんなんじゃないって。あと夕方帰るのは普通だからね」
「花の髪……いつもより乱れてた、肌も赤かった」
「だから違うって……よく見てるねキューちゃんっ!?」
「しかし花子にも春が来たか。うちらの女子寮にまさか彼氏持ちができるとは……」
「花を寝取るなんて……許すまじ」
「だから違うよ……目が怖いよキューちゃんッ!?」
だが。
「……」
「だから違うって二人とも、あれは秘密の任務で……」
「……」
「に、んむで……」
目が合った。
金色の艶やかな髪、肌は雪のように白く、サファイヤブルーの瞳は透き通っており。
今日はうちの制服を着て、それで――氷魔法でフリーズされたように凍りつく彼女。
……何となく、また出会いそうだな。(キリッ)
(……伏線回収早すぎだろう)
天坂・ジブリエル・花子が卵焼きを食べていた。
✞
「で、仲良く会話したのか」
「いや別に特に何もなく隣のクラスに帰っていったよ」
学校が終わって夕方。
僕はお水につけていたカレー鍋を洗いながら、メフィストに対してそう答えた。
「ふうむ、せっかく面白そうな話じゃったのに」
「実際問題話せないよ。向こうは友達いるんだし、僕にそんなコミュ力はない」
結局のところ、ジブリルさんは数秒間フリーズしたあと、すぐに友達との会話に戻った。
僕も教科書を読む作業に戻ったが、集中はできなかった。
むしろ、憑依魔法の勉強を必死でしているのを見られて、変な勘ぐりを入れらるんじゃないかとドキドキして、どうでもいいページを読んだり読まなかったりしていた。
「ヘタレじゃのう。あ、あの時の~~~っっ!? みたいに素敵なラブロマンスでも始めればよかろうものを」
「できないよそんなこと」
現実は漫画じゃないので、そんなことはあり得ない。
というか、そもそもこの街にエーテル魔導学園以外の学校はほぼない。
つまりは、明らかに同学年かその前後に見えたジブリルさんが別クラスの生徒である可能性は、十分にあり得たのだ。
「ダメじゃのう、ヤモリよ。このままじゃ灰色の青春生活まっしぐらじゃぞ」
「すでに灰色を超えて黒歴史化してるよ」
「うまいことを言ってもダメじゃ。妾もお主には世話になってるしのう。ヤモリの青春ポイント向上に協力するぞ」
「いいって別に」
ダメじゃ、とメフィストは駄々をこねる。
「ヤモリには幸せになってもらわんと困るのじゃ。メフィストフェレス一族は、契約者が人生を一番美しいと感じた瞬間の魂を奪い取ることを常々伝統にしておるのじゃ」
「いいのか悪いのかわからん伝統だな」
堕落させて奪うんじゃないのかよ。
「人間が一番美しい時に魂を狩る死神、格好いいのう」
そう目をキラキラさせているが、今だに僕の生活が彼女の言うような素晴らしいものになるとは思えなかった。
もちろん、メフィストとの二人暮らしは楽しい。
それは僕が望んだことであり、実際今の日々の糧になっている。
彼女のために献立を考えて、料理を振る舞って、それを美味しく食べてくれて。
風呂に入ったらドライヤーで髪をとかして。
寝るまで暇だったら一緒にゲームとかをして遊んで。
僕は先週初めてこいつのためにパーティゲームのソフトを買ったのだ。二人で協力プレイできるアクションも。
寂しい部屋を開いて、おかえりと言ってもらえる。
それだけで僕の人生は随分報われている。
そう思うのだが。
「青春ねぇ……そんなもん本当にあるのか疑わしいけど」
「とにかくヤモリの学校を生活を聞いてると、どの寝る姿勢が首がこらないとか、図書館で誰も座らないオススメスポットとか、そんなんばっかなのじゃ!」
「いいだろ、貴重な情報だぜ!?」
むしろリア充の奴は知らねえだろ。五階の哲学書コーナーの机が誰もいなくて好きなだけダラケられるスポットだって!
「よくないのじゃ! 妾はもっとこう。女子更衣室に間違って入ってしまって、あわててロッカーに隠れたとか。男湯と女湯の看板が変わっていて、お湯に浸かったら女子が皆入ってきたとか、そういうリア充生活を送ってほしいのじゃ!」
「お前のリア充のイメージも大分間違っているけどなっ!」
ちげぇよ、それは間違ったリア充像だ。
「ち、違うのかや……?」
「違うよ」
僕がつれなくそう言うと、メフィストは悲しそうに崩れ落ちた。
「な、なんということじゃ……ヤモリのためを思うて、あらゆる異世界の学園ラブコメを読み漁ったというのに」
「偏りが酷い気がするんだよなぁ」
よく知らないけど少女漫画とか読もうぜ。
あっちの方がまだリア充のイメージに近い気がする。
「少女漫画もちょびっと読んだのじゃ。アパート物で可愛らしい大家さんが出てくるのじゃ」
「それは良さそうだけど、学園関係ねぇよな」
もう普通に異世界の漫画楽しんでんじゃんこの悪魔。
「狭いアパートなんで、作りすぎた料理とか持ってきてくれたりするのじゃ」
「あーそれはいいな。僕も自炊するの面倒だって思うときもあるし」
「そうなのじゃ。例えばこういう夕暮れ時、ドアをノックして――」
ピンポーン。
と、チャイムの音が鳴らされる。
「そうそうこんな感じに……お客さん、じゃな?」
「みたいだね。ちょっと出てくるわ」
「どれ、新聞勧誘じゃったら、妾に任せろ。この千里眼ですべての天声人語を見通せるとな」
「何そのコアな特殊スキル」
何だよ天声人語って。
僕はそうツッコんで、ドアスコープから外の様子を覗き込んだ。
「あ」
「どうじゃ? 宗教勧誘か、それとも新聞か」
「……どっちかというと、宗教勧誘かな」
そう言って僕は扉を開けた。
そこには見覚えるのあるプリーストさんが制服姿で立っていた。




