第十話:神様さんと遅めの自己紹介
「天坂・ジブリエル・花子です」
「花子さんか」
「はなちゃんじゃな」
「いえ、できれば気軽にジブリルとお呼びくださいです。お二方」
面倒くさかった。
花……ジブリルさんは、この国だと比較的メジャーなエリル教徒の方だった。
髪は前に行った通り金色、手入れの行き届いた髪は夕焼けに当たって鮮やかに光っていた。
肌は透き通るように白く、先刻まで黒焦げになっていた名残はすでに消えかかっていた。
初対面のメフィストに噛みつかれたり、服を溶かされたりする可哀想な印象ばかりあるが、こう改めて見ると可愛い女の子だった。
「それでジブリルさんは、どうして隠れて寮を見張っていたの?」
「ジブリルと呼んでくださるのですね!」
「は?」
「い、いえ……そのジブリルと……」
大声を出して恥ずかしかったのか、ジブリルさんはモジモジと頬を染める。
ワイシャツを着てるとはいえ半裸に近い格好もあってか、ちょっと扇情的だ。
「あ、あの、すみません……実はエリル教だと十五歳になった暁に神の子としての名前を頂くのですが……、友達からは皆花子、花子って呼ばれるばかりで……」
「なるほどね」
「ありがとうございます! 貴方がジブリル第一号です!」
なんだよ、ジブリル第一号って。
呆れつつも、ジブリル二号候補のメフィストに目を向ける。彼女は腕を組んで難しい顔をしている
「……それで、花子は我らの屋敷を何故覗いておったのじゃ?」
「もう!」
もう、もうっ!
さっきの話聞いてなかったんですか、とジブリルは怒り出した。
「い、いや妾は二号になんてなりたくないし……それにジブXXルは神に仕える天使の名じゃろう? そんなもの悪魔の妾が口にできるはずがなかろう」
とメフィストは伏せ字込みで喋った。
「言うこともできないんだ」
「神の名はそれだけで浄化作用があるからのう。言霊という考えがあると思うんじゃが、そもそも目に見えないものをこの世に顕現させたのが言葉じゃからのう。そこには神のパワーが宿る。妾が神様の彫像を彫ったらマズイじゃろ?」
「それは確かにそうだね」
「名前を言ってはいけないあの人じゃ」
メフィストはドヤ顔でそう言ったが、残念ながら僕には元ネタが分からなかった。
「じゃ、じゃあ、せめてジブちゃんでもいいです……」
「逆に何でハードルを上げたの!?」
「ふむぅ、それでジブちゃんはどうして妾たちの家を見ておったのじゃ?」
「いいんだ!?」
メフィスト曰く、ジブちゃんまで行くと天使としての意味を殆ど喪失してるから大丈夫とのことだった。
基準がよく分からない……。
「は、はいっ。それはこの辺りで悪い噂を聞いたのです……」
「悪いうわさ」
「そうなのです。黒い噂と言い換えてもいいですが……」
「どっちでもいいよ」
何で今言葉遊びする必要があるんだよ。
……しかし悪い噂か。なるほど。
アホっぽかったがさすがは教会の人間といった所か。
もちろん僕もこうした自体を想定してなかった訳ではない。
悪魔とは本来であれば人類を破滅へと導く存在であり、神々の遣いである教会の人間の敵である。
このエーテル魔導学園は魔法を学びにきた教会出身者も大勢おり、中にはメフィストの放つ邪気を感じ取るものがいてもおかしくはない。
できれば結界の勉強とかをして誤魔化したかったが、僕に残された時間は思ったより少なかったわけだ。
「それでジブよ――悪い噂とは何なのじゃ?」
メフィストも僕と同じことを思ったのか、シリアスな空気を醸し出してジブリルを睨みつける。
対する彼女は怖気づくかと思いきや、悪魔を前に戦う聖騎士の表情を浮かべ凛とこう答えた。
「この辺りで中学生を学生寮に連れ込んでいる不良学生の噂を聞いたのです」
「……」
「……」
「ロリコンは私たちの敵。先週、木島という方が中学生を連れ込んでいるニュースがありました。悪い虫は一匹だけとは限りません。そう思い私は活動をはじめたのです。第二、第三のロリコンは許さないと」
「……」
そっちかー……。
「ちなみに先ほどから気になっていたのですが、この子は何なんですか。自分のことを悪魔、悪魔だとおかしなことを言ってますが」
ダメだーこのプリーストだめだー。
「ふむぅ、子供に欲情するとは実に悪魔的じゃなぁ」
「あ、お前乗っちゃうんだ」
「なお、妾の名前はメフィスト・ヨハン・フェレス三世。どこにでもいる普通の中二病じゃ」
そしてナチュラルに誤魔化した。
「あっ、そうなんですねー。分かります。ダーティな格好って憧れる時ありますもんねー」
そしてナチュラルに納得した!?
「偉大なる祖先、メフィストフェレスの名を讃えてメフィストさんとでも呼んでくれ」
「讃えることはできないけど分かりました。メフィストさんですね」
「分かっちゃった!?」
な、なんだよ、もっとこう、悪魔信仰は許さないとか思想対決が始まるかと思ったのに……。
「いえ、信仰は個人の自由ですよ?」
「プリーストが言うと説得力があるなぁ!」
まあ、そうだけど、正論としてはそうだけど!
「エリル教も細かい宗派ごとに教えの解釈が違いますからね。ラファエルは受けもいけるとか、ウリエルは好きだけどリバにしちゃうと地雷も踏みやすいとか」
「聞きたくなかったなぁ!」
「空を飛行機が飛ぶ時代ですからね。聖職者も現代風にオミットされていきますよ」
「そうか、そんなもんなのか……」
何だかプリーストに対する夢が壊れていくなぁ。
そう凹んでいると、ジブリルさんは改めて本題について話し始めた。
「それで、すみません話が横道にそれましたがここは一体……?」
「ああ、それはだね――」
と、ここに来てようやく僕はジブリルさんに、ここは僕の部屋で、こっそり学生寮を覗いていた彼女を怪しいと思って撃ち落とした旨を告げた。
……すげぇようやく本題に戻ったなおい。
「それで、僕の名前は夜森明人」
「メフィストじゃ」
「ヤモリさんにメフィストさん……あのお二人のご関係は……?」
と、ジブリルさんは不思議そうに尋ねた。
……そうか、そりゃそうだよな。
ここは魔導エーテル学園の学生寮であり、寮は原則一人暮らしだ。
さらに言えば昨日えーっと木島くんだっけ? 彼が家出中の中学生を匿っていたニュースが流れたばかりだ。
僕も木島くんと同じなんじゃないか。
メフィストを誘拐した犯人なんじゃないか。
そう見られても仕方ない。
(……しまったな、メフィストと口裏を合わせておけばよかったな)
同居の申請自体は僕の妹として出しているが、メフィストにその話をしていなかった。
変にこじれても嫌なので口火を切ろうとすると、メフィストに片手で静止させられた。
…………妾にまかせておれ。
目でそう言ってるのが伝わってきた。
僕は大丈夫か、そう思ったがメフィストは喋りはじめた。
「妾とヤモリの関係……それは兄弟じゃ!」
「あ、あーそうなんですね」
おお!
やるじゃないか、メフィスト!
お前ほど空気の読める悪魔はいないぞ! 流石は高貴な悪魔!
「ということは、メフィストさんはヤモリさんの……」
「うむ、姉じゃ」
「……姉?」
ん、んんっ?
僕は驚いた表情を……出さないよう努めながら内心バクバクでメフィストの顔を見た。
「うむ、姉じゃ。今はふりーたーの身の上故、稼ぎが足りず弟の寮に居候させて貰っておるのじゃ」
「お、お姉さんだったんですか……!?」
ジブリルさんは驚きを隠せない様子で、確認を取ろうと僕の顔を見た。
僕はどうにか無表情を貫いて「それがどうかしました?」といった雰囲気を醸し出した。
だが心の中では、無理すぎるだろ馬鹿悪魔! と怒っていた。
「え、え……でも、さっきは中二病って……」
「なんじゃ、主は年上の女性が中二病であることに文句があるのか? 悪魔信仰をしているパンキッシュなバンギャなど、そこら中いっぱいおろうに」
バンギャとかいうな。
「そ、そうだったんですね……失礼しました、お姉ちゃんだったんですね」
「うむそうじゃ。姉じゃ。中二病のお姉ちゃんじゃ。お姉ちゃんは中二病なのじゃ」
そう言ってメフィストは再びドヤ顔を見せてくるが、今度は本気で触れちゃいけない気がするので僕は無視をした。
「だ、だとしたら、どうしてメフィストさんはヤモリさんのことを苗字で呼んでいるんですかっ?」
「!?」
お、おお……鋭い。
これには僕は少しだけ動揺してしまった。
確かに姉にせよ、妹にせよ、兄弟のことを苗字で呼ぶのは不自然だ。
どう答えたもんか戸惑っていると、メフィストは一切動じずに少しばかり寂しげな表情を作った。
「そうじゃのう……それは妾とヤモリが本当の兄弟じゃないからかもしれんのう」
「えっ」
「そ、それって……」
僕らが聞き返すと、メフィストは遠い目をして。
「妾は連れ子だったんじゃ、本当の父と母は幼い頃になくしてのう……母方の妹夫婦に引き取られて、その時の二人の間にいた子供がヤモリじゃった」
「そんな……」
「ヤモリも当時は幼かったからのう、もしかしたら覚えておらんかも知らんが、妾たちは本当の兄弟ではなく、実は従兄弟なのじゃ……」
「……」
「ははっ、驚いて声も出んか。でも構いはせん。お前がどう思っているか知らんが妾たちは家族じゃ。少なくとも妾はそう思うとおる」
そう言って熱い瞳をメフィストは僕に向けてきた。
「……」
…………えーっと、これは乗ったほうがいいのか?
気づけばジブリルさんは嗚咽を漏らして泣いていた。
「わっ! じ、ジブリルさんっ!?」
「う、ううっ……ふたりに、ぐすっ……、そんなごどが、ぐすっ、あっだんでずね……」
「めっちゃ泣いてる!? え、ええと、泣かないで、僕とメフィストはこう仲良く過ごしてるだけだから」
「ゔぁーっ、がぞぐってごうできるんでずねー!」
もはやオークの叫びみたいになっているジブリルさんをどうにか宥めて僕は落ち着かせる。
その日は泣きべそのまま家にお帰りいただいた。
服は後日弁償することを約束し、ひとまずは僕の持ってた新しめのジャージを着て帰ってもらうことにした。
「……なあ、ヤモリよ」
「なんだよ、ジブリルさんのことならこれ以上詮索しないぞ」
「ジャージがあるなら、最初からそれを着せればよかったのではないか?」
「そっちかよっ!?」
仕方ないじゃん! 途中で思い出したんだから!
「しかしヤモリよ。詮索するなと言われても気になるのじゃ」
「何だよ、僕も自己紹介のくだり辺りでジャージのこと思い出したよ、でも言い出すタイミングがなかったんだよ!」
「そっちじゃのうて、花子自身のことじゃ」
花子? ……あ、ああジブリルさんのことか。
僕が納得してると、メフィストは立て続けに言った。
「あやつの使っていた認識阻害の魔法、本来であれば神々にしか使えぬ代物のはずじゃ」
「そうなのか? 前に僕、図書館で似た魔法陣を見た記憶があるけど」
「その時の本がなんだったか探してほしいのう……。ヤモリよ、結論から言ってしまえば、あやつは脳みそはアホじゃが強力なプリーストじゃ、きっとおそらく天使の力を身に着けている」
「天使の力? そりゃプリーストなんだからそういうスキルを持っててもおかしくないだろ」
そう発言したらメフィストは首を横に振り、決定的な言葉を投げかけた。
「――――“憑依魔法”じゃ」
……憑依魔法。
「あやつは主と反対に天使を召喚し、その力を身体に埋め込んでおるのじゃ」




