第九話:神様さんとお部屋連れ込み
「捨てておけばよかったのに、優しいのヤモリは」
「いやそうも言ってられないだろ、顔も見られてるし」
謎のプリーストをメフィストが電撃で焼き付かせてかその後。
僕とメフィストはひとまず彼女を寮の部屋まで運ぶことにした。
「これで、よし……と」
もちろんその場で救急車を呼ぶ選択肢もあった。
だが、メフィスト曰く、数十分もすれば彼女は目覚める。
ならばと、事情を聞く意味を込めて、こうして運んできたのだった。
(……というのは表向きの理由で、本当は救急車を呼んで面倒事に巻き込まれたくなかったからという意図もある)
そう考えると僕も十分に悪党だった。
「なるほど顔を見られたのは痛いの。して、ヤモリよ、どこの港にこいつを沈めようか?」
「いや沈めないからね! 話を聞くだけだから!」
「えー、コンクリは?」
「ダメ、ゼッタイ!」
物騒すぎる。
「むぅ、悔しいのお。せっかく神の子を海底に沈めるチャンスじゃったのに」
「お前のことだから嘘に聞こえないんだよ……、それでメフィスト? すでに30分くらい経ってるけど本当に目覚めるんだろうな」
「無論じゃ。妾は力の加減を知った悪魔なのじゃ。見ろ、実際にさっきより黒焦げ具合が薄くなってきておろう」
「確かにほんのり良い焼きかげんになってきている……」
運ぶ前は黒焦げの炭パンみたいだった少女は、今は美味しそうなロールパンぐらいの焼き加減に変わっていた。
「妾くらいのプロになると、あと十分ってところじゃな」
「嫌なプロだな……」
それから大体十分後。
僕はカレーの下ごしらえを終えて、鍋に具材を投入していたところ――。
「……!」
少女が目覚めた。
焼き加減はオーブンに入れたばかりの食パンみたいになっており、彼女が金髪の似合う美しい少女であることが気付かされた。
「あ、起きた」
「ここは、私はどうしたです……?」
「あ、ちょっと待ってね。今お鍋から目を離せないから」
「はいです……」
素直だな。
僕は軽く食材を炒めて、鍋に水を加えたら蓋をした。
さてと、僕は手を拭いてリビングに戻ると――メフィストが少女に噛みついていた。
「ぎゃ、ぎゃああ! な、なんですか、この人は!」
「ガブ、ガブガブガブ! 妾の必殺の一撃を食らうが良い! ガブガブガッ!」
わ、わぁ……犬みたい。
「ぎゃ、ぎゃあ! 痛い痛い痛い、あ、あの、助けてください! この人頭がおかしいです! いきなり噛みついてきて、てててっ!?」
「我が、暗黒魔法の! ガッ! 究極奥義を、ガブッ! 見るのじゃ!」
思いっきり物理だった。
✞
「うう……ベトベトします」
「大丈夫?」
「気持ち悪いですが、平気です……」
涙目を浮かべているがダメージはなさそうだった。
あらためて見ると、彼女はこの辺りにあるエリル教の修道服を着ていた。
先ほどまで焦げたロールパンだったので分からなかったが、歳は僕と同じくらいで、金髪碧眼の美しい少女だった。
きっと教会で出会ったら本当に神様の生まれ変わりだと勘違いしただろう。
手入れの行き届いていただろう金髪はメフィストの唾液でベタベタで、真っ白い粉雪みたいだっただろう肌はメフィストの電撃で焼けていたが、それでも彼女の内包された美しさは火を見るより明らかだった。
…………言葉にするとマジでロクなことしてねぇな、この悪魔。
「安心せい、妾の粘液は肌に触れても害はない。ただ服の繊維を溶かす効果があるだけじゃ」
「は?」
「えっ!」
そう言われて見ると、確かに先ほどよりもプリーストさんの修道服が溶けかけている印象を受けた。
「ぎゃ、きゃあ、何ですこれ!? 服がチョコレートみたいな溶けてくです!?」
「ばっかお前メフィスト! 何してくれてんだよ! というかいつ使うんだよその能力!」
「今使っておろう」
そうだけど! 確かに今有効に作用してるけど!
目の前のプリーストさんは最初はあわあわと恥ずかしがっていたが、やがて全部溶け始めると目をぐるぐると回しはじめて本気で焦りはじめて――。
「ぎゃぁあぁ! ぎゃぁぁあぁあっ!? ダメダメダメダメ、服は怒られる! 弁償させられちゃう! お小遣いが、今月のお金が!?」
リアルな心配が飛び出してきた!
「お、おいメフィスト元に戻す方法はないのか?」
「無理じゃ。こぼしたミルクを嘆いても無駄と諺にもあろう」
お前こういうときだけ博識だよな!
「あ、ああ……」
そうこうしてるうちに彼女はスカートを履いているはずが、何故か下着が見え隠れするようになり、上を必死に隠しても白い肌着が露わになってきた。
「ああ、もうしゃあない!」
僕はとっさにハンガーにかけていたワイシャツを彼女に投げつけた。
「あ、あ、……え?」
「せ、せめてそれを使ってくれ。服のお金は払うから」
「は、はい……ありがとう、ございます……」
と、僕が後ろを向く。
すすっ……、と布を脱ぐ音が聞こえる。
パチパチパチ、とワイシャツのボタンをつける音も聞こえる。
ってか、下もか。
僕はタンスから短パンも投げる。
布の擦れる音だけが室内に響く。
「…………大丈夫です」
「はい」
振り返ると、ワイシャツを着た美少女がいた。
「……あ、あの変じゃないでしょうか」
「ウ、ウン、ヘンジャナイヨ」
うわー……エロ。
だが僕は全力で平静を保つ。
たぶん、ここでエロい気持ちを出すのはマズイ気がする。
自分で服を渡してるって辺りが最高にマズイ気がする。
「のう、ヤモリよ。マッチポンプって言葉を知っておるか?」
「うるさいメフィスト!」
この結果は僕の意図したものじゃないから!
僕がいつこの子の服を脱がせと命じた!
「むう妾はモテないヤモリを思ってやったのに、忖度が過ぎたのう」
「責任を僕になすりつけるな! あと人はそれを妄想と呼ぶんだよ」
「あ、あの……」
「人の心は難しいのう。女心は秋の空と同じと言うが、人間等しく心の仕組みは紐解きにくいものじゃ。悪魔には度し難い」
「種族を言い訳にするな! 明日からデザート抜きだからな!」
「あ、あのぅですね……」
「な、なんと! デザート抜き! 明日はコンビニのクリームプリンを買ってくれる約束ではなかったか!」
「いいやダメだね。お前のデザート代をこの子の服代に補填するんだから」
「な、なんと……これだから人間は契約をすぐ破る……うう、煮え湯を飲ませられるのは、いつも我ら悪魔族じゃ……」
「あ、あのっ!」
と、僕とメフィストが言い争っていると、いきなり大声でプリーストさんが手を上げた。
な、なんだろう……?
僕たちは顔を見合わせて、彼女を見ると、プリーストさんは注目集めてしまい恥ずかしいのかなおずおずと手を下げて、それでも口を開いた。
「あ、あの……ここって、何処なんですか?」
至極最もな疑問だった。




