第07話:楽しい旅行に出発だ(2)
領主からの直々の依頼で、なおかつ――
同行者は護衛対象外だと云われれば、断ることなど出来はしない。
それだけでなく、その同行者が最強魔族少女ともなれば、なおさらだ。
ダンジョンの最終ボスがダンジョンを離れて旅行に出かけるなんて、
決して褒められたものではないけれど、考え直してもらうなんて絶対無理。
シオリは、シェリルの顔を見た時から諦めていた。
これが「断っても、私からはペナルティなど無い」と、
自信ありげにタバサ組合長が言っていた理由か……。
それに、護衛対象にしなくて良いというけれど……、
シェリル様を護らなくちゃならないときって、
世界が滅びかけている時とか、そんな時しかないわよねぇ――と、
溜息交じりに考えていた。
その点、アカネは気楽なものだ。
シェリルともソラとも気兼ねなく付き合える彼女は、
楽しくなりそうっすねぇ――と、二人の同行を心から歓迎していた。
一方、ノルンは、まだ納得していない。
ダンジョンから抜け出して、領主に横やりを入れて、
無理やりついてくるなんて――と、そのちゃらんぽらんな態度に。
ただ、その一番の理由は、
彼女自身がシェリルの挑戦者を務めていることにある。
どれだけ他の挑戦者が、この最終ボスとの対戦を望み、
そのために、どれだけの努力を皆がしているのか、知っているからである。
やはり、ひとこと言っておかねば――と、口調をきつくする。
「最終ボスの役目はどうするのよ!」
「うん、その時はダンジョンに戻るから、大丈夫」
ノルンの指摘に、すました顔で答える三毛猫姿のシェリル。
となりの茶猫姿のソラが主の言葉を補足する。
「ノルン……、御主人様はどんな時でも、最終ボスの役目だけは優先させる。
それは曲がらないし、譲らないし、心配してもらう必要もない。
逆に言えば、勝手だと云われても、迷惑だと云われても、
午前中のその時間だけは、旅から抜けさせてもらう」
きりっとした顔でそこまでを言い切り、皆の前でスッと頭を下げるソラ。
「これは御主人様の我儘なのだろうけど、
みんなにお願いするわ……シェリル様の従者として」
茶猫姿なのが、緊張感の欠片もなくて残念な感じ。
隣りで顔だけ神妙にしているシェリルも、三毛猫姿だし。
但し、見た目は変でも、言ってることは至極真っ当。
ソラに頭まで下げられてしまったので、仕方なくノルンも怒りを納める。
……自由すぎる行動がまだ納得しかねるけど。
「そう、最終ボスはしっかりやるのね。
ソラの空間転移を使えば、一瞬でダンジョンまで戻れるってこと……か」
「まぁ、そういうこと。
とはいえ、この旅行で、アタシの転移に頼ろうなんて考えないでよね」
――今回の目的は、御主人様がマリエとの旅を楽しむことだから。
そうでなければ、全員まとめて目的地に転移してもいいんだけど、
やはりソラにとっては、主の喜ぶ顔が最優先。
この言葉に、ライルがゆっくりとうなずく。
「もちろんです。シェリル様もソラさんもこの旅のゲスト。
僕としては、この旅行を存分に楽しんで欲しいと考えているのですから」
「そう、ありがと」
「では、話も決まったようですし、
こうしている時間ももったいないので、さっそく出かけましょう」
「よーし、マリエちゃんと一緒に楽しい旅行に出発だー!」
満面の笑みで腕を振り上げ、号令を掛けるシェリル。
もう旅行の主役にでもなったような態度だ。
「もう……シェリルお姉ちゃんたら……」
マリエは困った顔をしつつも、この顔ぶれでの旅行を喜んでいた。
もちろん根が真面目な彼女は、これも仕事だということを忘れてはいない。
しっかりと気を引き締めて「よし、頑張ろう」と自分に言い聞かせている。
ちなみに――
誰も見ていないと思ったのか、シオリが唇だけで伝えた「行ってくる」に、
グレイも同じように「気をつけて」と、いかにも恋人同士のやり取りがあった。
それを横目に見ていたアカネとノルンの二人。
朝からの甘い雰囲気に、少し胸焼けを感じながらも、
先日のギスギスした雰囲気は大事に至らなかったようだ――と、
ほっと胸を撫で下ろしていたというのは、余談である。
そして――
タバサとグレイに見送られ、領主の館から出発する一行。
はてさて、この先どんなことが待ち受けているのやら……、
そんな常套句がピッタリの光景であった。
◇ ◆ ◇
朝早い人通りの少ない町の中を、ゆっくりと馬車は進む。
乗っているのは、後方の座席に領主のライルと、側近の男性がひとり。
反対側、向かい合わせの椅子に並んでマリエとシェリル。
ソラはシェリルの膝の上。
何故、マリエが馬車の中に座っているかというと――
建前は、ライルを直接警護するという理由から。
しかし実際は、外を歩かせるのが可哀想という他の三人の考えなのだが……、
さらに本音を言うと、シェリルの相手をしてもらいたいという打算であった。
その期待に率先して応えたのはシェリルのほう。
馬車の中、「マリエちゃんの店だ」「あれは武器屋」「この道はね」とか、
マリエにきゃっきゃと話しかけている。
旅は始まったばかり、町もまだ出ていないのに、すでに全開である。
相手をするマリエは、領主と一緒だからと、ちょっと緊張気味だったのだけど。
間もなく到着したのは、ヤトカイの町――正門。
過去に一度、キサルイ軍侵攻事件で跡形もなく破壊されてしまったが、
一から作り直され、この町の新しい顔として、その存在を示している。
まだ開門には早い時間、そこを警備していたのは人間ではなかった。
「領主サマ御一行デスネ。オ話ハ聞イテオリマス」
その硬質な声の持ち主は、全身が木で造られた命ある等身大人形。
腕と足は木の棒。関節部分は球形に削った木。
眼鼻口のない只の丸太の顔。そこからどうやってか声を出している。
全体的にスリムな造形で、胸に茶色の文字で「7」と番号が振られている。
その木人形にシオリが、まるで友人と話すようにねぎらいの言葉をかける。
「七号。朝早く、ご苦労さま」
町で治安維持を担当している組織は治安警備隊。
そこに所属する数百名の隊員とは別に、その任務に携わっている存在がある。
「西ヘ向カウ街道ハ、魔物ノ出現ガ、多クナッテイルトノ情報デス」
それがこの木人形。
シェリルから、町との友好のあかしとして贈られたもの。
現在、六十体がその任に着いていて、ここにいるのが、そのうちの一体。
警備用の武器として、先端に奇妙な文様の入った長い木の棒を持っている。
「御三方ナラ、心配イラナイト思イマスガ、念ノタメ。
オ気ヲツケテ、行ッテラッシャイマセ」
木人形の言う「御三方」とは、
馬車の外にいる警護役、シオリ、アカネ、ノルンのこと。
そんじょそこらの魔物相手なら何の心配もいらない。
「そう、わかったわ。情報ありがと」
木人形七号が開けた正門を通って、ライルたちの馬車が町の外へと出ていく。
いよいよ本格的な旅の始まりである。
「シェリル様、ここまで来れば、もう着ぐるみは脱いでも大丈夫ですよ。
ソラさんもどうぞ楽にしてください」
「そうね、そうさせてもらうわ……御主人様、着ぐるみを片付けますね」
「うん、いいよ」
シェリルの返事と同時に、
ひとりと一体が着ていた猫の着ぐるみが一瞬で消え、普段の服装になる。
ソラが空間転移を使って、大小二着の着ぐるみを収納空間に仕舞いこんだのだ。
その様子に、ライルの隣に座っていた側近の男性が目を丸くする。
ただし、それも僅かな時間だけ――すぐに座ったままスッと姿勢を正す。
「シェリル様、ソラ様、自己紹介遅れまして申し訳ございません。
わたくし、ライル様のお側仕えをしておりますレックスと申します。
以後、お見知りおきを」
ライルの側近――レックス。キッチリした服装と髪型、そして黒縁メガネ。
年齢は三十歳くらいか。いかにも仕事ができる感じの男性。
紫紺の戦乙女とは、すでに打ち合わせで面識があり、
着ぐるみを脱いだ魔族少女と従者人形に、このタイミングでの挨拶である。
「あたしはシェリル……人形使いのシェリル。よろしくね!」
それはレックスが自己紹介で「ライルの側仕え」と肩書きを口にしたので、
同じように答えようとしたけれど「最終ボス」とか「魔族」とかは、
ちょっと違うかな……と、シェリルが悩んだ結果でしかなかったが。
――御主人様、自分のこと、人形使いって……。
ソラは感動していた。
やっぱり御主人様、アタシたち人形のこと大切に思ってくれているんだ……と。
シェリルは以前にも、自分のことを人形使いだとソラに話したことがある。
だが、それは十年以上も前のこと。
今も変わらずそう思っていると知り、
喜びと感動で涙が出そうになるのを、ソラはぐっとこらえる。
「……アタシはシェリル様の従者人形、ソラ。よろしくお願いするわ」
レックスへの自己紹介の前にあった短い間は、そんな意味があったのだ。
まぁ、そんなことはどうでもいいのだけれど。
さすがのライルでも、そんなことに気づくはずもなかったし。
「そういえば、町の正門にいた木人形の七号なんですが、
このところ一段と人間っぽくなってきましたね。
以前から洞察力に優れていたようですが、個体差というものがあるんですか」
押し寄せる感動から立ち直ったソラが、ライルの質問に答える。
「そうね、御主人様が人形に入れる魂は全て別だからね。
アタシとか、シロとクロを見ればわかるでしょ。
木人形も程度の差はあれ、個別の魂が入っている以上は、
その違いは時間と共に大きくなるわね」
「そうですね、わかりました。それと、もうひとつ聞きたかったことが……」
「なに?」
「この旅の目的地、学術都市クリアトルにも同じような木人形がいますが、
そのことは、ご存知ですか」
「えぇ、知っているわ。別に隠す必要もないから言っちゃうけど、
あっちの木人形から思いついたのよね。だからある意味、向こうがオリジナル」
「やはりそうでしたか……とはいえ、出来は町の木人形のほうが数段上ですよ。
クリアトルの木人形は何度も見ましたけど、
あれでは、シェリル様からいただいた木人形の足元にも及びません。
それは町の領主として、自信を持って断言できます。
デザインも向こうは武骨で威圧感があって、いつも偉そうにしていますし」
「それは用途が少し違うからね。あっちは治安維持が最優先。
こっちは治安維持はもちろんだけど、
それ以上に、町に溶け込むっていうのが大事だったからね」
――本当の理由は、ちょっと違うんだけど。
町の治安維持のために木人形を贈る。
その最初のきっかけは――マリエが危険な目に遭わないように。
そして、御主人様がマリエに気に入られたい一心から。
だから見た目を怖そうにできなかった……ってのは内緒の話。
◇ ◆ ◇
マリエは馬車の中で、ライルとソラの会話を黙って聞いていた。
隣りのシェリルもニコニコ笑っているだけで、この時は口を挟まなかった。
その顔を見て、マリエは別のことを考えていた。
それは――町の領主でさえ、シェリルのことを「様」をつけて呼んでいる事。
ダンジョンの主で、最終ボスで、最強魔族少女のことを。
同じように、シオリもアカネも「シェリル様」と呼ぶ。
けれども、マリエは普段から「シェリルお姉ちゃん」と呼んでいる。
そう呼ぶと、いつも優しく笑ってくれるから。
それに、ノルンお姉ちゃんは「シェリル」って呼び捨てだし。
だから、これまでは「まぁ、いっか」と思っていた。
だけど――
今日はお仕事だから、ちゃんとした方がいいかも――と、マリエは考えた。
お仕事と言えば、店での手伝いも仕事だけど、
やっぱり『紫紺の戦乙女』で受けた今度の依頼は別だよね。
目の前で領主さまも見ているしね。
だから――
「……シェ、シェリル様……も、その、学術都市に行ったことがあるんですか?」
マリエの攻撃『他人行儀』
シェリルにクリティカルヒット。三億四千万ポイントのダメージ。
その後、馬車の中で――
魂の抜けたシェリルと、慌てるだけで何もできないソラと、
ワタワタしながら「シェリルお姉ちゃんは!」と繰り返すマリエの姿があった。
第07話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回は「楽しい旅行に出発だ(3)」
魔物の群れとの遭遇、旅の一行の運命や如何に……です。
次回更新は2月18日の予定です。




