第08話:楽しい旅行に出発だ(3)
マリエの言葉「シェリルお姉ちゃん」には、
最強魔族少女の精神的ダメージを回復させる効果がある。
底まで尽きかけたシェリルのヒットポイントも、
ようやく持ち直したところで、ほっと一息入れるソラ。
そこに――
ダンジョンで留守番をしているクロから、念話を使って連絡がはいる。
『もうすぐ挑戦者が最終ボス部屋に到着するよ』
念話とは――従者人形同士の特殊な連絡方法。
距離に関係なく、直接、意識上の会話ができるもの。
普段は三体一緒にいることが多いため、あまり使われることはないが、
今回のような旅行ともなると使用機会も多くなる。
「御主人様、今日のお役目の時間です」
「うん、わかった」
最終ボスの仕事の時間だ。
「悪いけど、挑戦者が来たみたいだから、シェリル様とダンジョンに戻るわね」
「行ってくるね、マリエちゃん」
「うん。シェリルお姉ちゃん、がんばって! あっ、お昼ご飯はどうするの?」
「それまでには戻って来るわ。ライルに用意してもらっているから」
「はい、皆様の分があります」
マリエの問いに答えたのは、従者のソラと、側近のレックス。
そのあとは主人同士が挨拶を交わす。
「お気をつけて……というのもシェリル様に対しては変ですか。
では、いってらっしゃいませ」
「うん、行ってくる。終わったら戻って来るからね」
シェリルとソラは一度馬車から降りて、
今日の挑戦者が待つダンジョンに、空間転移で帰っていった。
◇ ◆ ◇
最強魔族少女と従者人形を見送って、再び馬車は街道を進む。
となりを並んで歩くシオリとアカネ。
「なんだかんだ言っても、あの二人がいると安心してしまう自分がいるのよね」
「そうっすね。あたしも同じっすよ」
「だからといって、頼ったりするつもりはないけど」
「いや、まぁ、あの人の力を借りなきゃならない事態はそうそう起こらないっす」
「それも、そうねぇ」
「そっすよ」
「あとは……マリエがね、無理やり連れてくる形になっちゃったけど、
シェリル様がいてくれて、あの娘の気持ちもだいぶ楽になるでしょうし」
そこにノルンが、スタスタと寄ってきて口をはさむ。
「いきなり親から離れて、何十日も旅をすることになっちゃったからね。
わたしもちょっと心配だったけど、
シェリルがいれば賑やかだから、まぁ、何とかなるかな、とは思ってるんだ」
「やっぱりノルンも、シェリル様を認めてるっすね」
「それはまあね。ていうか、あの桁外れの強さは最初っから認めているわよ」
「そっちは話すまでもないでしょ」
と、その時――
アカネが片眉を上げ、街道から右、草深い森の中に視線を向ける。
ノルンも何かに気付いたようだが、言葉にしたのはアカネ。
「この先、魔物がいるみたいっす」
「わかった、調べてみる」
アカネに応えて、目を細めたシオリが小さく呪文のような言葉を発する。
彼女の能力のひとつ、周辺を探査する魔法。
見えない位置にいる魔物を捕捉することが出来る。
「そうね、三十体くらい……たぶん大ネズミかしら。といっても――
シェリル様のダンジョンにいる、ぬいぐるみの大ネズミじゃなくて、
普通の魔物の大ネズミよ。ランクはEかな」
「あのぬいぐるみがいたら逆に怖いっす」
「むこうの方が、ずっと強いしね」
「あいつらは私とアカネで倒してくるわ。ノルンは馬車を護ってて」
「うん、じゃあ、それでお願い……って、ちょっと待って」
「ん? どうしたっすか」
「大ネズミなら、マリエちゃんにも戦ってもらった方がいいと思う」
「そうね……マリエの実戦にはちょうどいいかも。
マリエの師匠の提案だし、そうしましょうか」
シオリが御者に話をして馬車を止めてもらう。
次に、この場の責任者に報告。
「ライル様、この先、森の中に魔物の群れを見つけました。
このまま街道を進むと、襲われる危険がありますので、先に対処してきます。
ただ、強い魔物ではないので安心してください。
ここにはノルンを残していきます。終わるまで待機してもらえますか」
「わかりました」
安心だと云われたが、そこは厳しい表情で頷くライル。
シオリは表情を引き締め、マリエに声をかける。
「マリエ、あなたも一緒に来て」
「……は、はい!」
◇ ◆ ◇
シオリとアカネは、今でこそダンジョン探索者を名乗っているが、
魔物と戦ってきた時間の多くは魔物ハンターとしてである。
こうした自然環境での戦いは慣れたもの。
何の打ち合わせもなく「行ってくるっす」と、アカネが森の中を走っていく。
シオリは手ごろな木の下で足を止め、マリエに指示をする。
「マリエ、その先にアカネが魔物を追いやるから、それを倒しちゃってね」
「……はい、やってみます!」
「私は木の上で見張ってる。危なくなったら絶対に助けるから安心して」
「お願いします」
「まぁ、今のマリエなら、そんなに心配しなくても大丈夫だと思うけど」
シオリが「じゃ、がんばって」と残して、軽やかに木の上に登っていく。
マリエは腰の剣を抜き、左手の盾を構え、アカネが走っていった方角を睨む。
がんばろう――そう、自分に言い聞かせて。
一方のアカネは――
すでに三十体あまりの大ネズミの群れを捕らえていた。
「とりあえず、数を半分に減らしますか」
魔物の大ネズミは、呼び名の通り、大きなネズミと考えてそれほど違いはない。
大きさは、四足で立った状態で人間の膝上程度。
丸みを帯びた鼻先に、大きくはない口と、小さい耳。そして長い尻尾を持つ。
攻撃方法は尖った牙での噛み付きと、頭からの体当たりくらい。
最弱の魔物といえば、この大ネズミか、マルスライムのどちらか。
アカネにとっては容易い相手である。
「じゃ、いくっすよー」
気負いのない掛け声とともに、アカネが魔物のど真ん中に躍り出る。
慌てる大ネズミたち。
その中を、彼女の曲刀が、相手に反応させない速度で何度もきらめく。
少し呼吸を止めた程度の短い時間で、大ネズミの大半が光に還る。
そこで足を止め、アカネは左手の指を口に添えて、大きな音で口笛を吹く。
応えるように、遠くから口笛の音が返ってくる。
「はーい、じゃあ、お前たちはあっちに行くっす」
散り散りに逃げようとする残り十数体の大ネズミ。
その行く手を阻むようにアカネが移動する。
いくら最弱とはいえ、この数の大ネズミの動きを瞬時に見極めて、
余裕で頭を押さえる技量と素早さは、さすが探索者Bランクだけはある。
とはいえ、それも最初のほうだけ。
ある程度誘導できれば、
あとは背後からけしかけるだけで、勝手に望む方へ向かってくれる。
「さっさと行くっすぅ」
息切れひとつせずに、アカネは自分の仕事を終わらせる。
その様子をシオリは、離れた位置の木の上から眺めていた。
彼女の武器は弓。こうして木の上に陣取り、
アカネのフォローをするのが魔物ハンター時代の戦法だった。
「マリエ、もうすぐ来るわよ」
「はい!」
シオリがマリエの様子を上から窺う。
ちょっと肩に力が入り過ぎているようだけど、大丈夫かな――と、
そう考えた時、ポンタがプルプルとその身を震わせた。
黒髪おかっぱ少女の頭の上、帽子に擬態している紫色のマルスライム。
なんだか「俺に任せろ」と言っているようで、ふふっと笑みがこぼれる。
いざとなったらお願いするわね――と、心の中でシオリは呟く。
やがて、一体の大ネズミが草むらの中から姿を現した。
視界に入った少女が、組みし易い相手だと考えたのか、
自身が追われて逃げていたことも忘れて、体当たり攻撃をしかける。
だがマリエは慌てない。
大ネズミの突進を左手の盾で綺麗に受け流し、
斜めに向きを変えた腰のあたりに剣での一撃、
さらに追い打ちの一撃、足を止めた相手にトドメの一撃。
流れるような動作で「たぁ! たぁ! たぁ!」と、合計三撃を加える。
何もできず、ゆっくりと光に還る大ネズミ。
しかし、マリエの動きは、そこで終わらない。
油断せず、次に現れた魔物に視線を向ける。
左手の盾を使い、囲まれないよう足を使い、身体を捻り、右手の剣を振るう。
身体が軽い。
そのまま傷を負うこともなく、マリエは十体を超える大ネズミを倒す。
木の上のシオリも、追いついたアカネも、その雄姿に感心するばかり。
残り二体。
破れかぶれなのか、同時にマリエに襲いかかる。
とはいえ、シオリもアカネも、当事者のマリエでさえ危険を感じていなかった。
簡単に対処できる――そう、思っていた。
だが、その時動いたモノがいた。
ヒュンッ! ヒュンッ!
マリエが対処を後回しにしたほうの大ネズミ。
その眉間の二ヶ所を、鋭くとがった何かが貫く。
マリエはシオリが矢を放ったのだと思った。
しかし、シオリとアカネは違うものを見ていた。
大ネズミはその攻撃でゆっくりと光に消えていく。
シオリとアカネが見たモノとは――
マリエの頭上にいるポンタが、その天辺に備えた二本の触覚を一瞬で伸ばし、
続けざまに大ネズミの眉間に突き刺した光景だった。
驚きに息を呑む二人。
直後、もう片方の大ネズミ、最後の一体をマリエが斬撃で光に還す。
これで戦いは終わった。
魔石を集めながらアカネが近づき、シオリも木から降りる。
傷ひとつない身体で、一度「ふう」と息をついたマリエ。
「シオリさん、あの一匹、ありがとうございました」
「……いや、私じゃないよ」
「……そうっす。ポンタっす」
「ポンタ……?」
剣を納めたマリエが、頭の上のポンタを右手で撫でて、首をかしげる。
「マリエ……ちょっとポンタの能力を見せてもらって良いかな」
「どうぞ……?」
シオリがポンタに【能力感知】を使う。
「やっぱり強くなってる。ていうか……、
普通のマルスライムがさっきみたいな攻撃してきたら、
危なくってしょうがないよね」
「そっすよ。大ネズミの頭は体当たりで使うから、強度だけはあるっす。
そこに刺突で穴をあけるとなると、とても最弱だなんて言ってられないっす」
「それに……ちょっと知らないスキルもあるみたいなのよ」
シオリの【能力感知】は、
チート能力者が持つ非常識スキル【ステータス鑑定】のように、
相手の能力が文字と数値で見えるような、便利すぎる能力ではない。
色を見るような、音を聞くような、味を感じるような感覚で能力を感知する。
だから、初めて感知する能力は、その効果がわからない。
実際にその能力を目にして、
この感覚はこの能力なのか――と、判断できるようになるのだ。
「成長してるってことっすか……」
顔を見合わせるシオリとアカネ。
状況が少しつかめて、マリエは頭上のポンタを優しく撫でる。
「そっか、ポンタか……ありがと、ポンタ」
嬉しそうに紫の身体をプルプルさせるポンタ。
「それにしても……」
マリエの成長っぷりには驚かされる――と、シオリは考えていた。
使い魔は主と共に成長する場合があるとは聞いている。
逆に言えば、使い魔の成長は主の成長。
それにマリエ自身もそう。二戦目にしてあれだけ落ち着いて戦えるなんて。
仮に「普通の町」の「普通の人たち」が見たら、やはり異常と思うだろう。
自分やアカネが子供のころ、そう思われていたように。
そして、ノルンはそれ以上に……。
でも――
マリエには私たちがいるから大丈夫。
ヤトカイの町なら大丈夫……そう思うシオリだった。
「みんな、お疲れさま……戻ろっか」
「はいっ!」「そっすね」
ひと仕事を終え、
心配して待っているだろう皆のもとへと、森の中を足早に駆ける三人。
ポンタはマリエの頭の上で帽子のフリ。
時々、プルプル震えて自己主張をしている。
◇ ◆ ◇
「シェリルお姉ちゃん、ポンタがね……」
マリエが午前中の大ネズミ討伐の話をする。
いまは青空の下、みんなで昼食の真っ最中。
マリエにノルンにシオリにアカネ、ライルにレックスに御者の男。
街道沿いにあった日当たりの良い場所で、
広げたシートに、町から用意してきた弁当とシチューとデザート。
シェリルとソラもダンジョンでの役目を終えて、再びこちらに合流していた。
――へぇ、ポンタがねぇ……。
ソラが、マリエの話を聞いて、その使い魔の成長に驚いていると、
シェリルが唐揚げっぽい何かをごっくんと飲み込んで、首を傾ける。
「マリエちゃん、ポンタにさわっていい?」
「うん、いいよ……どうぞ」
マリエが頭をシェリルに近づける。
シェリルが、その上のポンタに触ろうと手を伸ばすと……。
ばばばっ。
いきなりポンタがマリエのお尻のあたりに逃げ出した。
ものすごい勢いだった。
手を伸ばした格好のまま固まるシェリル。
そのあと「あはははは……」と誤魔化すように力なく笑う。
マリエも目を丸くしたあと、すまなそうな表情で……。
「ご……ごめんね……シェリルお姉ちゃん……」
何故だか勝ち誇った顔のノルンが口をはさむ。
「マルスライムは気配に敏感だからね。
シェリルが怖いのよ。初心者の部屋の時も、そうだったじゃない」
口をへの字にして「ぐぬぬ」とシェリル。
マリエのお尻にいるポンタを見てから、斜め横にいるソラに視線を向ける。
その時、シェリルの瞳がショキーンと輝いたのを、ソラは見逃さなかった。
――御主人様、また良くないことを考えている気がする……。
さすが従者人形――その予感は見事に的中する。
「いいんだ、あたしにはソラがいるから……ソラ、こっち、お出で」
「えええぇ……?」
しかし予想の斜め上だった。
「ほらっ、ソラ。こっち!」
「……はいはい」
仕方なく主の指差すところに、とことこと歩いていくと、
抱き寄せられ、くるっと半回転、膝の上にちょこんと乗せられる。
そしてシェリルがソラの頭を優しく撫で始める、慈愛にあふれた表情で。
「…………」
何も言えず、されるがままのソラ。少し頬が赤い。
それを見たのか、ポンタも怯えるのをやめ、さささっとマリエの膝の上に乗る。
そんなポンタを、何とはなしに優しく撫でるマリエ。
期せずして「しもべを愛でる会」が開催された。
「…………」
ソラは見た目と違って、精神年齢はかなり高い。
理由はいろいろあるのだけれど、
少なくとも、二十代前半のシオリやアカネよりも上だ。
いま、その二人から、温かな眼差しを向けられている。
その隣りでノルンは笑っているし、男性陣三人も目を細めている。
――すごく……恥ずかしいんですけど……。
と思いつつ、主の愛を実感して、まんざらでもないソラだった。
天気は朝から変わらずに快晴。優しい風が静かに吹いている。
旅はまだ始まったばかりである。
第08話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回は「みんなでお泊り」
初日の旅程を終え、到着した村で宿をとる領主一行。
静かな夜になるはずが……です。
次回更新は2月21日の予定です。




