第06話:楽しい旅行に出発だ(1)
紫紺の戦乙女への指名依頼「領主ライルの護衛」――その初日。
旅立ちに相応しい快晴の空が、東から明るくなっていく。
ヤトカイの町、北西の区画にある領主の館、大きな門の前。
そこにリーダーのシオリを先頭にして、
旅支度をした紫紺の戦乙女たちが到着する。
アカネとノルンの表情は普段通りだが、マリエは少し眠そうな顔をしている。
頭の上のポンタは、二本の触角も含めて、全く動かない。
帽子の擬態が完璧なのか、ただ熟睡しているのかは判別不能だ。
彼女たちを朝早くから迎えたのは、
対魔組合の組合長タバサと、部長代理のグレイ。
「おはようございます、組合長」
「うむ、おはよう……」
何か含みがあるような挨拶を返すタバサ。
その様子にシオリは、嫌な予感がしつつも問わずにいられない。
「どうしました?」
「少し、依頼内容に変更が出てな」
「それは……今更ここに来て、ですか」
「すまない。ライル様から直接頼まれてな。
もうすぐここに来るから、ライル様から皆に説明をしてもらう。
もしそれで、依頼を断るというのなら、それも致し方ない。
判断は任せるし、断っても『私からは』ペナルティなど一切ないと約束しよう」
「……わかりました」
そこまで言われれば納得せざるを得ない。
答えながらシオリは、タバサの「私からは」の単語に違和感を覚えていた。
その理由は、このあと思い知ることになるのだが、
やや騒がしい音が館の敷地のほうから聞こえてきて、思考を遮られる。
「タバサ組合長、ライル様がお見えになりました」
そう告げたグレイの視線の先――
館の前から門へと、一台の馬車が向かってきた。
黒いコートを着た御者に操られて、二頭の馬が箱型の客車を牽いている。
豪勢ではないが、しっかりした造りで、実用性を重視した上質な馬車。
門の前に集まっている全員の前で停止する。
「おはようございます、みなさん」
扉が開き、中から降りてきたのは、領主のライルだった。
見た目は子供でしかないのに、
ひとつひとつの仕草に、自信に裏打ちされた落ち着きがある。
「組合長からお聞きしたかと思いますが、
僕のわがままで、同行者を二人増やしてもらいたいのです」
年齢の平均よりも小柄なのは、成長期直前に病にあったからだろうか。
そのせいか子供の高い声でもなく、
かといって、成年男子の低い声でもない、中性的な聞きやすい声。
表情に優しい笑みを浮かべ、光の加減で濃い青に輝く髪が、軽く揺れている。
「ただし、その二人の護衛は不要です。
何かがあった場合、自分たちで身を護るとおっしゃっていますので。
それと、午前中のある時間帯だけ別行動をとるそうです」
ライルがそう言ってニコッと笑みを深めた時、
勢いよく、馬車の中から誰かが……もしくは何かが飛び出してきた。
それは――
「あたしたちは、さすらいの武闘家集団! その名もピンクキャット!
何故ピンクキャットなのか――それは! 肉球がピンクだから!」
顔の部分が丸見えの三毛猫の着ぐるみを着た少女。
立て続けに台詞を言って、猫の手を突き出して見せつける。
そこには綺麗なピンクの肉球。
「あたしはリーダーのキャリコ!」
威勢よく言い切った三毛猫少女の隣で、
二回りは小さい茶猫の着ぐるみが浮いている。
顔の部分はやっぱり丸見え、そこから覗く小さな人形の顔。
「アタシはブラウン。よろしくね」
最強魔族少女シェリルと従者人形ソラ、その変装した姿だった。
すでに事情を知っているタバサは「よろしくお願いします」と涼しい顔。
グレイは、両目と口を全て横線一本にして、無表情を決め込む。
一方、驚きで言葉を失っている紫紺の戦乙女たち。
その中で最初に反応したのは、やはりノルン。
ジト目になった彼女が何か言いかけたのを見て、ソラは機先を制する。
「ノルン……アタシもね、止めたのよ。
でもね、従者人形には出来ることと、出来ないことがあるの」
文句を言うタイミングを逃し、ノルンは「むう」と唇を尖らせ、お怒りの表情。
マリエはマルスライムのポンタを頭に乗せたまま「たはは」と困り顔。
アカネは「これはやられたっす」と笑顔を見せる。
シオリは目を伏せ、肩を落として「はー」と溜息をついた。
◇ ◆ ◇
どうしてこのようなことになったのか、
それを説明するには、もう一度、前日の話まで戻る必要がある。
午前中は、大地の勇者を含む中年男三人からの挑戦を楽しんだシェリル。
それから午後になって、おやつ時――
「あんみつ二つに、お土産にも二つ」
「あいよー」
いつもの注文に、今日もマリエの母親マイカが明るく答えた。
「マリエちゃん、今日もいない……」
二日連続ともなると、ソラも主の心配を無視はできない。
注文を受けて厨房に行こうとするマイカを呼び止める。
「マイカ、マリエに何かあったの?」
「すまないねぇ、シェリ……キャリコちゃんにブラウンちゃん。
マリエは明日っから、探索者の仕事でちょっと遠くに出掛けるんだよね。
で、昨日からなんだけど、その準備をしているみたいなんだ」
――そういえば、ノルンも今日、御主人様への挑戦を交替していたわね。
このためだったのか――と、ソラは納得する。
「遠くって……、それって、どこまで行く話なの?」
「それがねぇ、マリエが仕事の内容は話せないって一人前の口を聞いてねぇ。
まぁ、確かにちゃんとした探索者になったみたいだし、
応援もしているんだけど……、私も知らないんだよ、ごめんね。
それと心配してくれてありがとね」
「そう、それは仕方ないわね……御主人様、そういうわけですから」
しかし、シェリルのほうは「そういうわけ」だけじゃ終わらなかった。
表情を「むむむ」っとして、そこから首をかしげて、
椅子に座ったままの姿勢で両手を腰に当てる。
「ソラ、調べて!」
「……はいはい」
――でた……丸投げ、いや、無茶ぶり?
ソラとしては主の命令を遂行したいのはやまやまだが、その方法に頭を悩まる。
マリエに直接聞くわけにもいかない。
自分の母親にさえ仕事内容を隠しているのだから。
もしかしたら聞けば教えてくれるかもしれないけれど、
それはそれで、話してはいけないことを言わせてしまうことになる。
そうなるとマリエが罪悪感を抱くだろう。
それは御主人様の望みではない。
だからこそ「調べて」と言っているのだろうし。
そう言った意味でシオリたちに尋ねるのも、あまりよろしくはない。
――さて、どうしよう。
しかし、その答えはすぐ近くにあった。
◇ ◆ ◇
おやつの時間も終わり、ダンジョン管理室に戻った一人と一体。
そこで口を開いたのはシロ。
「ソラ、今日、ライルから聞いた話を伝えますわ。
おそらく、そのために話してくれたようですし」
変わった組み合わせではあるが、シロと、ヤトカイの町の領主ライルとは、
普段から世間話をする程度の交友関係にある。
きっかけは、ライルの病状を、シロが魔法で回復させたことから。
その後は、お互いに手作り品が好きだという共通点もあり、
ライルがリハビリのため、ここの回復の温泉を訪れる度に、
シロが出向いて、決まって会話をする仲なのである。
「んっ、何かあったの?」
「ライルが、しばらく旅行で町を空けるそうですわ。
数十日は戻ってこないと話していました。
あれでもライルはヤトカイの町の領主ですから、
交渉担当のソラなら、知っておいた方がいいかと思いましたので」
「うん、そうね。ありがと……って、ライルは旅行なんかして大丈夫なの?」
「えぇ、ライルの身体はすっかり治っています。
おそらく同じ年齢の人間より健康なくらいですわ」
「そっか」
すっかり健康になったというのに、わざわざこのダンジョンに来て、
いまだに回復の温泉を定期的に訪れる理由を、ソラは思い浮かべる。
――もしかして、ライルは……。
そしてシロの顔を見ると……。
ライルと暫く会えなくなることに、何か特別な感情があるようには見えない。
長い付き合いだから、はっきりと言い切れる。
――まっ、そうだよねぇ。
でも、仲がいいことには変わりはないのだから――と、
ソラはヤトカイの町の領主の心情を思いやる。
回復の温泉にライルが来ると、必ず会いに行くのも事実なんだし。
シロが胸にしている青いブローチは、ライルからのプレゼントだし。
――んっ……明日っから?
ソラがそこに引っ掛かりを感じていると、シロが話を続ける。
「それで、護衛としてあの人間たち、
ノルンとマリエ、それにシオリとアカネの四人がついていくそうですわ。
これもソラが知っておいたほうが良いでしょう」
――これかぁ……。
ナゾの答えがここにあった。
と、同時に――
この話を横で聞いていたシェリルの決断は早かった。
何を思い立ったかは知らないけれど、面倒なことには違いない。
「シロ! ソラ! ライルの処に行くよ。着替えて! クロはお留守番!」
「はいはーい」留守番だからと気楽に答えるクロ。
「かしこまりました」疑問を抱かないシロ。
「……はいはい」ひとり気が重いソラだった。
◇ ◆ ◇
突然の押し掛けにもかかわらず、
こころよく面会に応じてくれたヤトカイの町の領主ライル。
シェリルたちの姿は、もちろん、さすらいの武闘家集団ピンクキャット。
付き添いのメイドにも退席してもらい、内緒話をする準備が整う。
「キャリコ様、今日はどのようなご用件でしょうか」
「今日は、ライルと友だちになりに来たんだよ」
「キャリコ様とはイベントとかでお会いして、
親しくお話しするくらいには、友誼を結んでいると思っているのですが……。
それともシェリ……」
ライルの言葉を、ピンクの肉球を突き出して、無言で遮る三毛猫姿のシェリル。
続けてバッと立ち上がり「んしょ、んしょ」と着ぐるみを脱ぎだす。
ソラですら、その意味がわからない。
しかし、ひとつはっきりわかることがある。
――でた……。御主人様の段取り好き。
ソラの主は面倒なことは丸投げするし、無茶ぶりするけれど、
やることが決まった途端、段取りをつけて実行するのが大好きなのだ。
すっかり三毛猫の着ぐるみを脱ぎ終わって、素の姿でライルの正面に立つ。
「じゃーん、あたしはシェリルでしたぁ!」
「はぁ……」
「あたしの秘密を教えたから、ライルとあたしは友だちだね!」
「シェリル様と、このヤトカイの町とは以前から友好関係ですよね……?」
ライルが助けを求めるように、
ちょこんと座っている、茶猫姿のソラと、白猫姿のシロの顔を見る。
一方、ソラは――
主の「秘密を教えたから友だち」の言葉で、およその状況を理解していた。
しかしライルに助け舟は出せない。
これはもう主が決めた戦い(?)なのだから。
だが、ライルも伊達に領主なんて立場にいるわけではない。
ソラとシロが口を出さないという状況を逆にヒントにして、
シェリルの発したナゾの答えに迫ろうとする。
そこで「ふむ」と一言。
要件をはっきりと言わないのは、こちらから言い出すのを待っているから。
二体の従者人形の態度からそれは間違いない。
ならば、その理由は予想がつく。
おそらく、あちら側から言い出すと強制になってしまうからだろう。
いくら対等といっても、力関係はシェリル側が圧倒的に上。
だからこそ、そうはしたくないという優しさと考えた方がいい。
目の前の魔族少女が「友だち」を強調している理由もそこにあるはず。
「そういえば、明日から僕は遠方へ出かけるのですが……」
まずは思い当たることを……とライル。
その言葉に、期待に満ちた笑みを浮かべるシェリル。
やはり明日からの旅行に関する件だ。
護衛に頼んだ『紫紺の戦乙女』とシェリルが懇意にしているのは知っている。
そう考えて、問題が起きないようにと、情報をシロに伝えたのだから。
だとすると考えられる答えは二つ。
あの四人を連れて行かせないためか、もしくは……。
「友だちとして、僕と一緒に旅行に行きませんか?」
「うん!」
ライルはやはり大物の器を持っていた。
◇ ◆ ◇
これが「シェリル、初めての旅行」の発端である。
ちなみに――
ライルとの会談を終え、ダンジョンの管理室に戻ってから。
「一緒に行くのはソラ。シロとクロはお留守番。ごめんね、シロ」
渉外担当のソラと違い、シロとクロはダンジョンで担当する仕事が多い。
そして、空間転移を持つソラは、シェリルと共に行動した方が都合が良い。
そのくらい三体の従者人形はすぐに理解できる。
「はいはい」とソラ。
「はーい」とクロ。
「……? かしこまりました」
何故謝られたのかわからない――と、首をかしげてから返事をしたシロ。
ライルとの旅行に連れて行けないからという主の気持ちを、
本当にわからないといった顔でいる。
――シロ……ライルのこと、本当に微塵も気にかけてないのかしらねぇ?
だとすると、ちょっと可哀想な気もするわね――と、町の領主に同情するソラ。
そしてもうひとつ。
お気づきだろうか……ソラはシェリルのことを、一度も止めていないのを。
ノルンに言った「アタシもね、止めたのよ」が全くの嘘だったということを。
第06話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回は「楽しい旅行に出発だ(2)」
はてさて、この先どんなことが待ち受けているのやら……です。
次回更新は2月14日の予定です。




